第16話 ~部活動~
<沙紀>視点
それからは、順調に自己紹介が進んで行った。皆、面白い自己紹介をするもので、教室が笑いに包まれる事が多々あった。私の前の彼女…安倍野は、感情が豊かなようで、結構大笑いしていた。関西人の特性なのだろうか?…性格は全く私と似ていないな。
「はーい、自己紹介終わったなー。じゃあ、配り物するわー。あ、それから……と……」
私のクラスには、新しく増えていた…正確に言うと、3年後までに消え去った、かもしれないが…が、6人ともいた。彼らが自己紹介している時も皆普通にしていたので、恐らく何かがおかしいと感じているのは私達…私、柊人、昇、雪菜だろう。中神は…大方、全員に記憶を植え付けているのだろうな。『自分は始めからこの学校の生徒だ』と。記憶の操作って便利だな。私も現在、研究中だ。
「ところでさあ、沙紀は部活何してるん?」
色々と話しかけてくる彼女のペースについて行けない…。だが、彼女には何かしらありそうなので、親交を深めて損はないだろう。それに、何故だかわからないが、妙な親近感が彼女にはある。
確か、部活は…。…私、帰宅部だったな。入学して、どの部活に入ろうかと悩んだが、結局どこにも入っていないのだった。候補としては、空手部は筆頭に来て、剣道部、柔道部、バスケ部辺りは入部を考えていた。何故入らなかったのかと?…何故だろうな。気分が乗らなかったのかも知れない。時系列的には今から1年前の事なのだが、精神は3年後から来ているので、実質4年前の事だ。あまり鮮明に覚えていなくても当然だろう。
「いや…迷っていたのだが、結局どこにも入っていない。帰宅部だ。」
「そうなんや~、じゃあ囲碁部入らへん?」
「唐突だな!?」
突然の勧誘。まだ中2なので、今から入っても遅くはない。寧ろ、1年間部活をやってきて、違う部活をしたい、と感じる人も結構出てくる時期だろう。だが、席が前後になった縁だけで、イキナリ勧誘して来る人はなかなかいないぞ…。
で、何だったか?囲碁部か。私達の学校の囲碁部は、中学・高校共に全国大会で何度も優勝している強豪校らしい。そんな部活に初心者の私が入っても、何も出来ないだろうと思っていた記憶がある。というより、文化部は全て強豪らしいので、私のような器用貧乏は何をやってもどこかで頭打ちになり、活躍なんて出来ないだろう。柊人に同じ様な事を言った覚えがあるが、その時は『沙紀の器用貧乏は少し格が違うからな?』と言われたが。妙な誤解を受けている気がする。
「ウチの考えやけど、将棋より囲碁の方が簡単やで?将棋の方が人気あるけど。」
それは同意する。将棋は駒の動き等もあるが、囲碁は石を交互に置くだけだ。
「…一つ聞くが、安倍野はどのくらい強いんだ?」
「えっとな、去年、中学女子個人戦で準優勝?あと、メイでええで。」
強すぎる。…だが、何にせよ、今の私はそういった勝負事は、する気が起きない。恐らく、勝とうと思えば、勝てるだろう。私には呪文という最強にして最恐の武器があるからな…。
「…そうだな。見学だけでもしてみるか。」
興味はあるからな。齧っても損はないだろう。それに、学校生活を楽しむ事にしているからな。もうすぐ来る文化祭も充実させたいものだ。その為には、何かしらの部活動には入っておかないといけないからな…。
「一応言っておくが、私は初心者だぞ?」
「ウチの勘やと、沙紀はすぐ伸びるでぇ。去年一年間、テストでも満点以外取ってへんやんか。結構有名なんやで?私も頑張ったんやけど、いつも1点落とすねん…」
私達の学校では、中1から期末試験は15教科存在する。満点は、全て100点だ。私は1500点満点中、1500点を取り続けている。勉強すると取れるテストだ。何の不思議もない。…会話から判断すると、安倍野…メイは1499点らしい。心を少し読んだが、嘘をついていない。それでも十分凄いのだと思うが、私が生きている限り安倍野が学年トップを取る事はないだろうな。
生きている限り。
「…変な事聞くが。メイは、誰かに恨みを持たれている事はないのか?」
少し考えてから、メイは口を開く。
「多分、ないと思うけどな。何かあんのか?」
生きている…と考えた所で思い浮かんだのだが、"消えた人は殺された…或いは、それに準ずる事になったのでは?"という考えが脳裏を過ぎった。それが普通なのだが。理由なしで突然消える筈がない。ならば、安倍野は誰に殺されたのか?何故殺されたのか?そして、何時、何処で?
…推測に過ぎないが。考えすぎの可能性もあるが。それでも、可能性は可能性だ。
ならば、他の人は?安倍野以外の人も殺されたのか?何故私達のクラスに固まっている?そして…
中神は、私達に、3年前の事で最初に何を聞いてきた?
…杞憂だと良いがな。
......
...
「…こんな感じでええか?」
「うむ、大丈夫だ。感謝する。」
放課後。部室で囲碁について色々とレクチャーして貰った後、メイから消えた人の事について詳しく聞いていた。勿論、メイの事は聞いていないが。何時かは知ることになるだろうから。
「…!」
何かの気配。コレは…
「誰かが私の事を悪く思ったような気がした。」
「エスパーか?」
いや、恐らく間違いない。私の勘は良く当たるからな。
話を戻すが、まず消えた人に、コレといった共通点はなかった。つまり、狙われて消された、といった訳ではないようだ。消えた人を今から1年間監禁しておけば消えることはないだろが、そんな事をすると歴史が変わり、私達が消えかねない。それに、何故消えたのか、という根本的な原因がわからない以上、何時、どのように消えたのかもわからない。監禁していても、運命の強い流れに抗えず、結局消えてしまう事もあり得る。何にせよ、今のままで十分だ。…目の前のメイも消えてしまうと考えると、心が痛むが。
一応、消えた人の名前は心に留めておくが、それ以外はどうでも良さそうだ。
…待てよ、一つだけ心当たりがある。
「メイ、ソイツらの成績はわかるか?」
成績。今の意識の私にとって、全てが始まった、あの異空間での中神の言葉。『こんなのはあなたが初めて』のような事を言っていなかったか?そして、中神の目的は天才の厳選だった。ならば…
「言われてみれば、全員成績良いな。木村先生なんて、天才科学者なんて言われてたからなぁ。」
やはりか…。だが、それでも少し矛盾する。中神の意識がこちらに来ている以上、この時間の中神の意識はなく、記憶に残っていない筈だ。ならば、仮に消えた人も私達と同じ様な目にあっていたとすると、消えた時期と中神の言葉は矛盾する。何故なら、あの頃の中神はこの時間の記憶を持っていないから。
中神が手記か何かを残しているならば話は別だし、そもそも彼女の記憶も消えるのか、という点の疑問も残るので、矛盾しているとは言い切れないが。
どちらにせよ、優秀な人が消えている事になる。それならば、私は何故消えなかったのだろうな。
話は変わるが、メイの言葉に出てきた通り、私達の担任で、『消えた人』の一人でもある木村準平は天才科学者らしい。ある時、何故か研究から手を引き、学校の教師になったのだとか。その話は、本人から詳しく訊こう。大丈夫だ。彼は…
「おー、元気にやっとるか?」
「あ、木村先生。こんにちは。」
…囲碁部の顧問だ。そういった観点でも、囲碁部の入部は考えていた。彼の事は詳しく知る必要がある。何故なら、彼は生徒以外で唯一消えた人物。…他にもいる可能性はあるが、少なくともこの学校ではそうだ。
…一つだけ説明し忘れていた事があったな。私達4人…3年後の私達は、中学1年について、どのような記憶を持っているか、だ。生徒が消えている以上、正しい記憶は、現在の、3年前の人物。…時間が絡むと説明が難しいな。簡単に言うと、安倍野鳴が持っている記憶。私の記憶は、恐らく中神によって改変されている。それについて少しだけ話す。
まず、例年は210名程度が私の中学の受験で合格する。しかし、私達の学年は同率で30人存在した。全員を通すと、人数が一杯になり、教室に入り切らない。かといって、抽選するのは不公平だ。という事で、例年よりも少ない合格者だった…というモノが私の記憶。
次は担任の人数について、だな。本来は1学年に6人の担任がいるが、私達の学年は、諸事情で5人。それが何なのかは、知らなかった。実際は木村先生を含めて、6人いたのだな。囲碁部の顧問も、1人という記憶だったが、木村先生含めて2人…。それはあまり関係がない。顧問が2人の部活もあれば、顧問が1人の部活もあるので、おかしな点はなかった。
最後は、中学1年のクラスか。色々な人に訊ねたが、私の記憶とほぼ一致したので、大きな改変はされていないだろう。中学2年の記憶は、自然には思い出せないようになっているのではないか?
そうさせているのは、恐らく中神の呪文。解析して解こうと思えば出来ると思うのだが、どのような呪文かさえ知らないのだから、そんな事出来る筈がない。
「…っと、新入部員かー?お前は…えーっと、朱山か。これから宜しくなー。」
何か私の知らない所で新入部員になっていた。…入ろうと思っていたので、丁度良かったのだが。それにしても、やけにのんびりしている人だ。
「宜しくお願いします。…ところで、一つだけお話を伺っても宜しいですか?」
メイと木村先生は不思議そうな顔をしているが、構わずに質問内容を告げる。
「貴方は…」
......
...
<柊人>視点
身長が縮んでいたな。3年前なんだし、当たり前か。自己紹介で沙紀が噛まないかなぁと密かに期待していたのだが、何事もなく、特にインパクトもなく、手短かに終わらせやがった。面白くない。といっても、沙紀の容姿だけで十分インパクトはあるのだが。
周りを見ると、良く見知った友達もいれば、あまり仲良くない友達、それに見たこともない人がいた。…当たり前だな。皆顔が幼いので、注意しないと、誰かわからないのだ。
それにしても、俺達4人が全員一緒のクラスなのは偶然なのだろうか。答えは、ノーだな。99%中神の仕業だ。言われなくとも沙紀は気付いているのだろうな。奴は記憶も自由に改竄出来る。俺が知らない間に、俺たちに何か変なことをしている可能性も否定出来ない。
しかし、沙紀の前のあの…安倍野鳴?が沙紀に滅茶苦茶似ていたので、びっくりした。眼の色と形が違うので判別はつくが、2人が目を閉じて髪型も同じにすると、顔では判別出来る自信がない。胸で一発で判別出来るが。
そんな事を言うと沙紀に殺されかねないので、心の中で留めておくようにした。あの、ブルータスの一件で沙紀の怖さを存分に思い知ったからな。利益の為なら笑顔で人を殺す奴だとは思わなかったぜ。しかも、アレはほぼ暗殺だ。警察が100年調べても、誰も犯人に気付かないだろう。
まあ、そんなこんなで沙紀には、もう一生逆らえない気がする。…ってなことを考えてる事まで沙紀に勘付かれているかもしれないがな。まさかな、ハハッ。
話が大分変な方向に向かってしまったが、今俺が何をしているかというと、空手部の部室の前にいる。
実は、俺達4人は、全員帰宅部だ。だが、沙紀から存分に学校生活を楽しめ、という命令を受けたので、とりあえず部活に入ることにしたのだ。
「ん?何だお前、入部希望か?」
俺から話しかけなくとも、向こうから話しかけて来た。
「そうだが。…えっと、お前は乙部か?」
俺の記憶が正しければ、彼は消えた6人の生徒の中の1人、乙部 尚孝 だった筈だ。木村先生を除けば、唯一の男子生徒。比率はおかしいのだが、恐らく偶然だろう。恐らく、な。
因みに、残りの消えた人の名前も一応確認すると、
安倍野 鳴
岡田 知香
新条 優希
田村 久美
中神 都
だ。中神は放って置くとして、残りの4人はどんな人なのか、全く知らない。そりゃあそうか。乙部は、まあ自然に判るだろう。
「よく覚えているな。クラス同じだったか?」
「俺は、上武 柊人だ。以後宜しく。」
「ああ、自己紹介で滑ってた奴か。」
その話をしないでくれ。もう思い出したくもない。自己紹介で、実は未来から来たんだぜ!って言ったら多少は笑って貰えるだろうと思ったのだが。…本当なんだがなぁ。皆、俺を可哀想な人を見るような暖かい目で微笑んで来たのが心に直接響いた。
沙紀は無関心で、雪菜は苦笑い、昇は真顔だったのが唯一の救いだ。自己紹介の時、沙紀はずっと何かを考えていたようだが、何を考えていたのだろうか。大方、これからどう動くか、だろうけどな。
「そんな事はどうでも良いんだ。とにかく入部希望だが、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だぞ。」
乙部は、何か不気味な笑みを浮かべて、部室へと入っていった。
不気味だと感じたのは、俺の本能だろうか。一見すると、普通の笑顔のように思えたのだが、何か心の奥底で蠢くモノが一瞬だけ垣間見えた気がした。それもこれも、俺の幻想だと良いのだが。
俺は、この、目の前の乙部尚孝という人物に、恐怖心を抱いた。沙紀なら、どう思うだろうか。彼について、何を感じ取るのか。
…結局、俺は沙紀に頼るしかないのか。
ごめんなさい。
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