第15話 ~似た人~
<沙紀>視点
身体が勝手に動いた。避けるのではなく、"ブルータスの右手に握られている拳銃を奪おうと"。本能か、はたまた別の意識が働いたのか。私にはわからない。だが、これだけは言える。私のその行動は、間違いなく"私自身が望んだ行動ではない"ということだ。…意味がわからないのなら、それで良い。最初から摩訶不思議な現象を理解出来る人間は少ないからな。
勿論、私は拳銃を奪おうと直進した為、弾丸は変わらず私の心臓を貫く軌道だ。コンマ1秒も経たない内に、私は致死レベルの傷を受けるだろう。そう思っていた。
しかし、弾丸は私の心臓を貫かなかった。何の衝撃も、何の痛みも感じることなく、一瞬後には私はブルータスの拳銃を奪っていた。…意味がわからない。要約すると、私は生き残ったということだ。私は何の傷も負わずに。
「さてと、何だかよくわからないが、お前の方が危険だぞ?どうする?」
奪った拳銃の銃口をブルータスの額に当てる。重さから判断すると、弾丸は残り2発。何故わかるのかと?殺した奴が持っていた拳銃と同じだからだ。判別は可能だ。
「くそっどうなってやがる…」
「私に言われてもな。私もわからないんだ。それで、どうするのだ?命を差し出すか、命を投げ捨てるかどちらか選べ。」
「…遠回しに死ねと言っているよな、それ。…まあいい。好きにしろ。」
後ろで柊人が『これ以上残酷な悪役の台詞を聞いたことがあるだろうか。』と言い、皆が青ざめた顔で頷いている気がするが、気にしない。コイツを生かしておくと、また私達の前に立ち塞がってきそうで、面倒なのだ。反逆の芽は早めに摘み取る、これが常識だ。1180年程度だったか…。かの、平清盛は、源頼朝は温情で殺さなかった。結果、頼朝に反逆され、平家の天下は途絶えてしまった。逆に、1600年程度だったか?徳川家康は、豊臣秀頼を殺害。反逆の芽を確実に摘み取り、長い間、天下を維持している。今は少し状況が違うが、反逆の芽は摘み取っておくに越したことはない、ということだ。負ける事はないだろうが、面倒臭い事に変わりはない。
「死ぬ前に何か言うことはあるか?」
何らかの情報を漏らしては困るので、出来るだけ搾り取る。コイツにも利用価値はありそうなので、出来れば生かしておきたいのだが。
「…そうだな。恐らくお前も、俺も考えていることは一緒だ。俺達が争っているのも、誰かの掌の上だ。だが、運命には俺たちの協力、という言葉がなかった。それだけの話だ。…気をつけろよ。今のままだと、確実に全員死ぬぞ。」
私には、彼の言葉がよくわかる。結局は皆被害者。だが、目の前のコイツは一つ大きな誤解をしている。それが何かは…まあ、何でもいいだろう。今は重要ではない。どうせ、1年間一緒なのだから。その間は皆死なない。生きている事が確定しているからな。少なくとも、この世界では。
「そうか。お前はよく頑張った。ただ一つ…私が敵となったことが運の尽きだな。ゆっくり休め。」
再び1発の銃声が鳴り響いた。出来るだけ苦しまないように、一発で仕留めておいた。ラスボス感が出てたのに一瞬で仕留めるのって、何か違う気がするが。どちらかと言うと、私が悪役だな。まあいい、最終的に勝った方が正義だ。
…その後、しばらくの間静寂が辺りを包む。緩やかに、朝日も昇り始めたようだ。空が少しずつ明るくなり始めた。良い忘れていたが、ここまで来る時は途中まで懐中電灯を使い、途中からは光を消して私と中神が先導して歩いていた。月明かりもないのに、どうやって歩いていたのかと?中神は呪文を使って、私は感覚と物の気配だけを頼りに進んでいた。途中からは慣れて、暗視出来ていたが。柊人も同じ様にしていたらしい。
永久に続くかのような静寂を打ち破ったのは、雪菜だった。
「…あの。沙紀ちゃん、怖すぎます。」
その言葉を口火に、次々と皆が声を上げた。
「沙紀が敵じゃなくて本当に良かったよ。冗談抜きで。」
「私、こんなバケモンの敵なのね…」
「笑顔で人を殺すのだけはやめてくれ。怖すぎる。」
…次いで、昇、中神、柊人の順番に私のことを怖いと言った。褒め言葉として受け取っておこう。それにしても、弾丸が私の胸を貫かなかった謎がわからないのだが、時間が解決するだろう。恐らく、な。もしかして、と思い、着用していた胸アーマーも確認したが、やはり傷1つない。…いや、服には穴が開いている。
…む?私が弾丸を受けた所に、弾丸が落ちている…。空が明るくなり始めて、初めて見えた。…ますます良くわからなくなってきた。つまり、弾丸は私の身体に到達する前に、何らかの理由で勢いを失い、落ちた…?それだけで超常現象な気もするが、超能力という概念が存在するので、別段不思議な話でもないだろう。
「…で、中神。お前の目的は達成したぞ。さっさと3年前に飛ばしてくれ。」
「…え?3年前?」
昇の疑問。…そうだった。皆には詳しく説明していないのだった。
......
...
「…という訳で、今から3年前の世界に行く。帰ってきたらこの場所に戻るのだろうから、心配はないぞ。」
詳しくは私も知らない。そもそも、時間を移動出来る能力を持っているのは中神だけらしい上に、呪文でそれをしようと思うと、途轍もない体力が必要なのだとか。精神だけが移動する、ということは、精神は、肉体と分離させて考えることが出来るのだろう。つまり、幽霊なんてモノも存在する、という事だろうな。理論上は肉体が消滅しても、精神は残しておく事が出来る。幽霊のようなモノが見える事は謎だが、恐らく強い精神が、他の精神に『そう見えさせて』いるのだろう。…全ての物質に精神、意識が宿っているならば、怪奇現象…例えば、ポルターガイストなども説明出来るのだが、そんな話は誰も信じないだろうな。まだまだ世の中は科学絶対主義だ。
っと、話が逸れてしまったな。
「なる程。つまり、3年前に何かがあったから、私達がソレを解決しに行くと。そういうことですね?」
「正確に言うと少し違うが、まあそんな所だ。…私は学校生活も楽しむけどな。1年間暮らすのだろう?」
卵が先か、ニワトリが先か、というのと似たような現象だ。この場合は、中神がある時、ある世界で私達を3年前に飛ばしたせいで歴史が変わり、独立した一つの世界となっているから、…原因はどちらだ?根本的な原因を探ると、やはり3年前に何かがあったからだな。そこで世界が分岐しているのだろう。
どちらにしろ、原因は中神だ。
「わかりましたか?私は何時でも大丈夫ですが、貴方達が準備出来たら、3年前に飛びますよ。…と言っても、持ち出せるモノは何もないですけどね。」
心の準備、か?時間を移動することで精神に起こり得る問題は良くわからないが、恐らく大丈夫だろう。数々の『私達』が同じ様に3年前に飛び立っている筈だ。
「私は大丈夫だぞ。お前達は大丈夫か?」
全員、頷いた。
「大丈夫のようですね。それでは、今から簡単な説明をしますので、よく聞いて下さい。今から私達は3年前に向かいますが、それは精神だけの話です。つまり、身体は3年前のモノ。最初は慣れないかもしれませんが、頑張って下さい。次に、目覚める日時。貴方達は、学校の始業式の日に飛びます。中学2年としての、始めての登校日ですね。その日の朝6時。目覚める頃でしょう。つまり、貴方達は自分達の家で気がつきます。しっかりと登校して下さいね。いいですか?」
頷く。まあ、出来事は向こうの方から起きるのだろう。私達が動かなくとも、いずれ事態は起こるのだろう。それまでは、出来るだけ平穏な学校生活を送りたいものだ。
…そして、この身体を無傷のままでいさせる為に、全力で立ち向かわないと。
(では、行きますよ?)
中神の声が聞こえたが、心に直接言われているような感覚がした。
私の意識は、そこで途切れた。
......
...
<雪菜>視点
…ここはどこでしょう?自室?…ああ、そっか。3年前に行ったんだった…というか、3年前に来た?よくわかりませんが。
「…何やってんですか。私は。」
成り行きで3年前に行くとか、もう普通の人間じゃないですね。超能力を使える時点で普通ではないと思いますが、それは沙紀ちゃん以外全員が持っている力みたいで。潜在能力がどうたらこうたら。要は、超能力は誰でも使えるのです。
「…そうだ。超能力…使えるかな。」
試しに少しだけ部屋の温度を上げようとします。…普通に使えた。鏡があったから気付きましたけど、私も超能力を使う時、目の色が変わるんですね。私も、というのは柊人君も昇君も変わるからです。試しに、今度は部屋の温度を下げてみます。
…実験結果。私は温度を上げると若干目が赤くなり、温度を下げると若干青くなる。わあ、不思議。って、そんなことはどうでもいいんです。
枕元に置いてあった電波時計を確認すると、…やっぱり3年前の、今日は始業式。嘘じゃなかったんですね。鏡を見て気付きましたけど、少し身長も縮んでますね。でも、あまり変わってない…。まあいいです。私は今から成長するんです。…3年後からか。
......
...
さっさと朝食を済ませ、適当にニュースを見、もうすぐ登校です。…そうだ。沙紀ちゃんの様子を見て来よう。
私の家と沙紀ちゃんの家はすぐ近くにあります。沙紀ちゃんはずっと一人暮らしで、私の親がよく面倒を見ていました。理由は知りません。ある日突然引っ越して来て、親の事を尋ねると
『わからないけど、ここに引っ越すように言われたことは覚えている。それ以外は覚えていない』
と言ったらしいです。今から約9年前になるのかな?…違う。『今から』だと6年前ね。混乱しそう。
話を戻しますが、沙紀ちゃんに幼少期の記憶がないことは話しましたっけ。…これも中神さんから聞いたのですけど。あの日家に帰ってからお母さんに話を聞くと、親の事も、どこに住んでいたのかも、わからないらしいです。市役所で調べて貰っても、わからない。本当に謎なのです。お金は、沙紀ちゃんの口座に4億円程度貯まっていたらしいです。…だから一人で暮らせるのだと。それでも沙紀ちゃんは質素な生活をしていますけどね。偉いと思います。
沙紀ちゃんの過去に何があったのか。親は誰なのか。そして、何故大量のお金があるのか。中神さんに聞いたらわかりますかね。流石にそれはないかな。
そんなこんなで、登校の準備を済ませ、家を飛び出して沙紀ちゃんの家に辿り着きました。インターホンを鳴らします。
「元気ですかー?」
『雪菜か。待っててくれ。私ももうすぐ準備出来る。』
眠そうな声が聞こえてきました。声が、ほんの少しだけ子供っぽい気がします。私も、沙紀ちゃんも。3年前だから当たり前かな。
......
...
<沙紀>視点
結論から言おう。私、3年間全く成長しなかったのか…!朝に目が覚めても、身体に何の変化も感じる事が出来なかったので、身長を測ってみると、案の定159㎝のまま。確かに、今から1年後の記憶では159㎝だったから、嫌な予感がしていたのだ。と言っても、今から1年前の記憶では私は154㎝程度だった気がするが。
雪菜に呼ばれたので、すぐに準備をして家を出る。…髪は少しだけ短くなっている。
「悪い。待ったか?」
「全然待ってないですよ。行きましょうか。」
登校中は何の変哲もない、いつも通りの会話をしていた。3年前に来た、という実感が全くない。風景は変わっているので、3年前である事は間違いないのだろうが。…しかし、この国は本当に平和だな。一応、世界大戦が勃発しているのだが。この国の軍隊が途轍もなく強いのか。はたまた、防御に専念しているのか。どちらかはわからない。詳しいことは国民に全く知らされていない。
…早めに家を出たので、学校に来てもほとんど誰もいなかった。クラス分けの紙が貼られていたので、確認する。
「おお、私と沙紀ちゃん、昇君も柊人君も、全員一緒のクラスですよ!」
「…うむ。そうだな。」
それは嬉しい。嬉しいのだが。
…どうして、私達の学年の人数が増えている?
私達の学年は201人だったはずだ。4クラスあり、1クラス50人程度。…どうして、学年で207人いるのだ?
私は、私達のクラスに、こんな名前を発見した。
『中神 都』
......
...
「…何故お前がここにいる。」
「私の勝手じゃないですか。」
始業式が終わり、教室に戻って中神と会話している。彼女も外見は殆ど変わっていない。
「…人数が増えている理由は?」
「いずれわかります。」
中神の笑顔が気持ち悪い。まあ、今は何もする事がないので、中神を問い詰めても何もないだろうが。そんな感じで教室がざわざわとしえいると。
「はーい、お前ら席につけー。クラス担任の木村準平だ。早速だが出席番号1番から順に自己紹介しろー。」
こんな先生も私の記憶では、いなかった。…どういう事だ。
「朱山、お前からだー。早くしろー。」
そういえば、私は出席番号1番だったな。教室の席順は、今は出席番号順だ。
「…1番、朱山 沙紀だ。何かと1が絡むことが多いな。1年間宜しく頼む。」
こんな程度でいいだろう。
「2番、安倍野 鳴や。関西弁やけど、宜しくな。」
私の目の前に座っていた人物。彼女は、私の記憶にない人物の1人でもあった。彼女はクラスメートがいる全方向を見渡し、一礼した。
彼女の声に、聞き覚えがある。…何だったか。
しかし、それ以上に気になる事があった。彼女は、長い黒髪で…その顔は、私によく似ていた。偶然顔が似ていることは、良くある事だろう。…しかし、コレはその比ではない。顔のパーツの殆どが私と一致していた。唯一違っている点といえば、彼女の目は金色で、私よりも少し垂れている事、そして巨乳である事だろうか。私はポニーテールで纏めているが、彼女は纏めていない事。あと、声程度だろう。
「沙紀、やったか?ウチと似とるなぁ、これから宜しくな?」
彼女に笑顔で声をかけられて。私は、何の反応も示す事が出来なかった。
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