第9話 ~胸装甲~
胸の話が多い気がした。
<沙紀>視点
「あれ、どこに行くんですか?」
問いかけたのは雪菜。疑問を感じるのも当然だ。なぜなら、私は途中で伝えていたビルの方向とは真逆の方向へ進み始めたからだ。
「そっちは…沙紀ちゃんの家だと思いますが…」
「…いや、何か忘れている気がしてな。準備は怠らない方が良いからな。お前達も何か要る物があれば私の家から取っていって良いぞ。」
本当に、何か忘れている気がしたのだ。まるで、ソレが訴えかけるような…私を持って行けと…いや、実際にはそんなことはないだろうから気のせいだとは思うのだが、それで死んでしまったら洒落では済まないからな。
「そういう時の沙紀の勘は大体当たるから、僕らも何か借りて行くよ。」
昇の言うとおり、こういう時の私の勘は良く当たる。何か科学的な根拠がある訳ではないのだが、何故か私の勘は良く当たる。大事なことだ。これは推測だが、私だけ超能力を持たない事が、何か関係するのかもしれない。若しくは、中神でさえも気付かない程度の小さな超能力は持っているか…。超能力に大小があるのかは知らないが、強弱はあるだろう。
なんて事をぼんやりと考えながら歩いていると、すぐに私の家に着いた。
「なんだろう…女の子の家なのに、沙紀だからなあ…」
どうしてこう、柊人は学習ということをしないのだろうか。天性の馬鹿なのか。そんなことは知っていた。今更何か言うつもりはない。だが、私も最近は少し楽しくなってきたので、敢えて突っ込む。
「…それは、どういうことだ?」
「いや、だからさ、沙紀が女の子らしくないから…」
…私の被害妄想という線も考えられるから、これ以上は追及しないでおこう。私は確かに女の子らしくない。主に性格から容易に想像出来るだろう。それ以外からは決して想像してはいけない。いいな?
家に入ると、3人はゆっくりと休んでいた。特に使う物もなかったのだろう。さて…私が自分の家に帰ってきた理由は、何かを取りに戻った。それだけだな。
…そういえば。ふっと、何かを思い出して立ち上がる。正確に言うと、私の身体が勝手に動いた。深層意識…というモノか?
浮かび上がっては消える記憶を頼りに、色々突っ込んでいる押入れの奥を覗いてみる。
「…うむ。なぜこのような代物が我が家の押入れにあるのか物凄く疑問ではあるが。」
胸アーマーが特に無残でもない姿で発見されました。いや、埃を被っていただけだ。押入れの奥底に長年放置されていたように見えるが、それにしては傷が少ないように感じる。
というより、一つ突っ込んでおきたい。
「なぜこのような代物が我が家の押入れにあるのか物凄く疑問ではあるが。」
物凄く不思議な事なので2回言った。さて、問題はコレが使えるかどうかだ。
が、その問題はすぐに解決した。
「…何故、私に丁度サイズが合うのだ…!」
胸アーマーだ。サイズが合わなければ勿論使えないし、古そうな胸アーマーであり、私の家の押入れから発見されたのだから、恐らく昔の私のサイズに合わせているのだろう。つまり…
「つまり、私は昔から全く成長していないのか!?」
衝撃の事実…!だが、今その事を嘆いても仕方がない。使える物は使わないと。素早く胸アーマーを着用して、パーカーを羽織る。…外から見てもわからないはずだ。
「…皆、準備出来たか?そろそろ行くぞ。」
「何か胸大きくない?」
…昇よ。少し待って欲しい。この胸アーマー、厚さ1㎝もないのだが。1㎝も大きく見えないはずなのだが。自分で言っていて悲しくなる。
「き、気にするな。問題はなさそうだな。では行くぞ!」
この流れも2回目だ。
着用した時に、こんな声が聞こえた気がした。
―久しぶり…やね―
何故関西弁。
......
...
徒歩で中神が監禁されているらしいビルに向かう。
…そして、中神の『車を使え』という言葉の意味がよくわかった。歩いている途中、数々の災難が降りかかった。
突然の火事。
突然の雷雨。
突然の倒壊事故。
突然の交通事故。
突然の強盗殺人。
突然の痴漢。
恐らく、ブスの呪文だろう。こんな事まで出来るとは思っていなかったが、大体私が片付けた。雷雨だけはどうしようもなかったが、雷雨が止むと同時に倒壊事故が起きた事から推測すると、どうやら呪文は同時に複数は使用出来ないらしい。最後のだけは呪文の影響ではないだろうが。強盗殺人は…例えば、意識をコントロールすれば出来ない話ではないな。取り押さえた瞬間、何をしていたのかわからない、といった表情をしていたから、恐らくそうなのだろう。哀れな人だ。
「ふう…ようやくビルについたな。もうびしょ濡れだ。」
「全く…異常にも程がありますよ…」
男性陣は特に気にしている様子もない。柊人は『水も滴るいい男になれたぜ!』のようなバカみたいな事を言って、昇がやんわりと突っ込んでいた。柊人のバカは呪文で治らないのだろうかと最近、主に昨日から真剣に考え始めている。
「俺からすれば、何でそんなに気にするのかがわからないんだが?」
この馬鹿は…私の口から説明させる気か。
「女の子はね、結構大変なんですよ。雨とかに濡れると、透けちゃうんですよ。」
雪菜が神々しい…。私でもそれだけは一応気にする。気にしない人はいないと思う。今の私はパーカー (着替え済み)だし、下はアーマーなので問題はないのだが。雪菜は薄いシャツしか着ていなかった為、大変な事になっている。私がパーカーを3着持ってきていなければ即死だった。
今更だが、必要になるかもしれないと判断した物は、完全防水のリュックサックに詰め込んできた。
因みに、雪菜の能力は、正確には『空気の温度』しか操れないらしく、シャツ自体の温度を上げて乾かす、といった芸当は不可能らしい。仮に出来たとしても寿命の無駄遣いになるので、しなかっただろう。
「いや、透けるって…沙紀は透けるも何も、してr」
「…ほう、いい度胸だな。私が貧乳だから問題ないだと?よし、標的変更だ。総員、柊人の皮を被った馬鹿を殺せ。あと、そのまま透けた方がマズい事に気付け。」
すぐに2人に止められた。馬鹿は土下座した。…雪菜に止められたのなら仕方がない。柊人のSGポイントを1増やそう。
SGポイントとは、昇がネーミングした。通称、『SakiのGekirinnポイント』、略してSGポイントらしい。因みに現在の柊人のSGポイントは333だ。中1からつけ始めて、これだけ貯まったのだ。もう一つ説明すると、SGポイント1000で一回殺害だ。
…待てよ?…まあ、今はいいか。
話は戻るが…確かに、着用する意味を感じない。だからと言って、何もしていない訳がない。一応、サラシは巻いているぞ?
…む?そっちの話ではない?確かに、私の胸の話なんてどうでも良いことだな。失礼した。
本題だが、中神が捕らわれているというビルは、特に何の異常も感じられない普通の、9階建てのようだ。強いて言うならば、妙にひっそりとしている事。外から確認出来る範囲では、どの部屋の電気も点いていない。
「…このビル、全部探すの?」
昇の質問。9階、全てを探すのは大変な時間になるだろう。それに、あの時と同じように、何も地上階だけだという保障はどこにもない。…いや、ほぼ確実に地下があるだろう。しかし、探すべき場所は1箇所だ。
「地下に行くぞ。恐らく行けるはずだ。そして、中神はそこにいる。」
「毎度毎度、なんでわかるんだよ…」
理由?簡単だ。中神からの電話はかなりノイズが混じっていた。地上階ならば、よっぽど特殊でもない限り、電話で多量のノイズが混じることはない。敵は呪文を使えるから、その特殊な境遇なんじゃ…と考える事もあるだろう。だが。それも有り得ない。なぜなら、電波を妨害するなら完全に届かないようにさせるから。少なくとも、私なら徹底的に妨害する。そして、案外監視が緩いこともわかった。素人が監禁しているのだろうか。ブスもそうだが、色々と抜けている連中だ。だが、呪文は侮ってはいけない。雪菜、昇の能力がなければ、無傷とはいかなかったかもしれない。柊人の能力は燃費が悪いようで、能力の多用は特に控えて貰っている。一回発動で2ヶ月程度縮むらしい。発動時間は、集中力が切れたら。つまり、2分で切れることもあれば、2時間経っても切れないこともあるのだろう。減る寿命は発動時間には関係がないらしいので、出来るだけ長い間集中して欲しいのだが。
「とにかく見てろ。正面突破するぞ。」
ビルの入り口はいたって普通の自動ドア。中に入ると、人は一人もいなかった。…まあ、順当に考えればそうなるな。一つ心配な事があるが、そこは中神を信用しても良いだろう。今から行動しても間に合わないからな。
「なんで誰もいないんだ?敵がわざわざ呼び寄せたのだから、滅茶苦茶な人数で待ち伏せとかを考えてたが…」
柊人の考えは正しい。敵が呼び寄せる所には大抵、敵の罠が仕掛けられている。中神の異空間も例外ではなかった。
今回の場合、ブスが私達を呼び寄せたわけではない。あくまでも、中神が呼び寄せた。だからブスは罠を仕掛ける時間がなかった。そして、すぐに攻撃を仕掛けてきた程の奴が待ち伏せをしていないという事は…
「ブスは戦いたくなかったのだろうな。普通の人間なら特に何の問題もなく戦えるが、昇と柊人は超能力を使えると事前に知られているからな。少しでも自分達の戦力を削りたくなかったのだろう。」
と同時に、その事実からもう一つ、敵方の状況が推測できる。それは…
「なら、罠はないのか?」
柊人が私の思考を遮って質問してきた。その質問に対する答えは一つ。
「あるに決まっているだろう。だが、そこまで大規模な罠は用意出来ていないはずだ。異空間のような罠はないと考えて良いぞ。では、そこのエレベーターで早速地下に向かうぞ。…この状況は2度目だな。」
大規模ではない…と言えば嘘になるな。少し訂正しておこう。手のかかった罠は、ない。逆に言うと、今仕掛けられている罠は大規模だ。恐らくこのビルが吹っ飛ぶ。だが、このビルの…そうだな。最低でも36箇所を探して回らないと、その罠は解除出来ないはずだ。そんな時間はない。
エレベーターに乗りこみ、『B1』のボタンを押す。昨日は3人だったが、今日は4人だ。さらに戦闘力も大幅に上昇している。不測の事態に陥ることは、恐らくない。そして、ここからも推測だが、中神もある程度協力してくれるだろう。ならば実質、こちら側は5人だ。
「そういえば、さ。中神とブルータスの目的は、なんだろうね。僕達から見ると2人とも敵だけど、なんでブルータスは中神と敵対してるんだろうね?」
昇の一言で、私を除く3人が簡単な議論を繰り広げる。
…そうだな、大体の所までしかわからないが、恐らく中神が原因、だろうな。私達と中神は敵対している。中神とブルータスが敵対している。ならば、敵の敵は味方?いや、そんなことはないだろう。だが…ブルータスの目的がよくわからない、というのも事実だ。彼は何か誤解しているのではないか…というのが、私の見解だ。
僅かな時間が過ぎ、扉が開く。どうやら地下に到着したようだ。やはり…誰もいない。地下1階は大きな、エントランスホールのような感じだ。用途は不明。
「…誰もいないが?中神はどこだよ。」
「焦るな、柊人。よく見ろ。あの…奥の方に階段があるだろう?あれを降りるぞ。」
地下…階段…。嫌な事しか思い出せないが、なんだかんだで生き残っているのだ。それに、あの階段を使わないと中神と合流さえ出来ない。
「沙紀ちゃん、怖くないんですか?話は昇君から聞きましたが…」
「…怖くないとでも思っているのか?怖いに決まっているだろう。命の危機だったんだ、トラウマになっていても何も不思議な事ではないだろう。…それとも、私がよっぽど強い精神を持っていて、どんな事にも動じない、とでも思っていたか?」
トラウマ。そうだな、例え話をしよう。
ある少年が夜に自転車を運転していたとしよう。そして、彼は、地面に黒く見える丸い物を見つけたとしよう。彼はそれを水溜りだと思い込み、遊び心でその水溜りの上を自転車で通ろうとした。だが…その黒い物は水溜りなんかではなく、工事中の、深い穴だったのだ。彼は勿論、その穴に真っ逆さまに落ちる。彼は幸いにも一命を取り留めたが、次から自転車を運転する時に、大きな黒く見える物の上を通ろうと…水の上を通ろうとは思うまい。無意識に身体が避けるだろう。トラウマとはそういうものだ。私の場合、下に行く階段を見ると無意識に強張ってしまうようになった。…制御は出来るから問題はないのだが。
「ああ、確かにビビッてたか何かで、あの部屋でボーッとしてたからね。まあ沙紀も普通の人間だと思うから、怖がったり混乱することもあるだろ。」
「…出来ればアレは忘れて欲しいのだが、そういうことだ。」
あと、何故疑問系。私は普通の人間…のはずだ。確かに超能力を私のみ持たないというのは不思議なことだが、そんなこともあるのだろう。確か中神は、雪菜の記憶通りに話していたのなら、『現在生存している中では』といったニュアンスで言っていたらしい。ならば、超能力を持たない人間が過去にもいたのだろう。私は特例ではないはずだ。
何にせよ、超能力を持たないならば、私が元から持っているモノだけで戦わなければならない。
「沙紀は完璧超人だと思ってたんだがな。確かに、"女の子としては"全く完璧じゃないんだよな。残念だし。その他の部分は嫁にしたい人ナンバーワンに輝けるけど。」
柊人が私の体の一点を見つめていた。私は柊人に向けて、素晴らしい笑顔を作って、こう宣言する。
「SGポイント、+1な。」
合計、334。
柊人の命が3分の2未満になった、歴史的瞬間だな。
次→10%




