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ツイッター

作者: KAME

 あるところにとても性根の悪い男がいた。

 男はけっこう暇な人間で、おまけに携帯中毒だったので、なにかあってはツイッターにいろいろ呟くのが趣味だった。

 おかげでフォロワーはたくさんいたけれど、なにしろ性格が曲がっているものだから、あさはかで中身のない話を人目だけは惹くようにまくしたてたり、有名な人の名前をわざわざ出して悪口を言ったりしていた。さらにはちょっと良い絵なんかを見つけると、すかさずさぞかし自分が描きましたとばかりにパクツイするので、しょっちゅう炎上しては垢変えするなんてことを繰り返していた。

 さて男は今日も今日とて携帯中毒なので、最近電池の減り方が早くなってきた気のするスマフォを取り出して、適当なことを適当に呟こうとした。けれど今日に限っては、それらしい文言を何も思いつかない。残念なことにネタ切れというヤツだった。なにしろ思いついた端から垂れ流すように呟くのが日課なので、そもそもストックなんてありはしないのだ。

 とはいえ、だったら今日はツイッターをやめておこう、なんて思わないのがこの男である。―――いやさ、携帯中毒者にしてツイッタラーである。隠しコマンドでくるくる回る青い鳩から逃れるなんて、まず思いもしないのがこの類の人間である。


 なんといっても、人生において退屈というものは、恐ろしく厄介な敵なのだ。

 人間とて産まれて死ぬだけの生物ではあるけれど、生きることに余裕を持ってしまった以上は暇と戦わねばならない。そしてこの相手は別段強敵というわけではないが、潰しても潰しても湧いて出るあぶくのようなものであるため、近寄ってきたら付き合うしかないのである。

 結局のところホモサピエンスの歴史を経て繁栄した人類は、余暇という権利を得たことで、暇つぶしという義務を負わされたのだろう。包装材のプチプチをプチプチと一つずつ丁寧にプチプチしていくことが、逃れられない責務となったに違いないのだ。


 さてさて。そんな倒したところでスライムよりも経験値が入らない敵をあしらってしまうため、男は書き込みの窓を閉じて、今度は#の扉を開いた。トップニュースにはきれいな金髪の外人と蝶ネクタイの紳士が笑顔で座っていて、今いっとうアツい話題をピックアップして教えてくれるのだ。

「やあやあ、懲りずにやってきたね有名人。今日もまたヘイト集めのネタ探しかな?」

「みんなの嫌われ者の暇人さんね。ええ、ええ。あなたが誰でもかまわないわ。だってわたしたちは平等に教えるだけだもの」

 そんな末期の幻聴を聞きながら、男はネタ探しのためにトレンドのページを開く。

 はたして、そこにはろくな話題がなかった。

 なにしろ一番上が『#もし女子高生になったら』で、二番目が『#結婚からの予測変換を見守る』である。その下にだって、びびっと興味を引く言葉なんか一つもありはしなかった。この国としては幸いなことに、平和すぎてみんながみんな暇だったのだ。

「おいおいどうなってるんだこれは! 今のこの国はこんなに退屈なのか? 面白味が全然無いじゃないか! この国のヤツら、なんの益体のない、こんなハナクソのような話しかしていないなんて。だいいち、こんな話題のどこに一番になる理由があるってんだ?」

 男はあまりの惨状にたまらず文句を言った。だってこんな酷いトレンドはなかなかない。

 もし女子高生になったら、だって? 女子高生になったらどうなんだ。身体が女になって、若くなっても、それから何をすりゃいいのだ。それっぽくカラオケか? 歌なんてアニソンしか歌えやしない!

 結婚からの予測変換を見守るはさらに酷い! まるでそびえ立つクソのようだ! やってみて見守ってみたら『結婚しましたー羨ましいー。』で終わったぞ。結婚してないし文脈おかしいし何が楽しいんだ!


「こんなんじゃダメだ。こんなんじゃちっともリツイートなんて稼げない。まったくなんて役に立たないんだ」

 そんなふうに勝手な罵声を浴びせていると、末期の幻聴が、もしかしたらなけなしの良心的な何かが囁いた。

「たしかに、君にこれはくだらなく見えるかも知れないね。けれど、自分で何かを創りだして、誰かに娯楽を提供するってのはそりゃあ尊いことなんだ。こういうみんなの暇を潰してくれるタグを創った人ってのは、それだけですばらしいんだよ」

 なけなしの良心はなるほどとても良いことを言ったのだけれど、男はそれが普通に煩わしかったので、うるさい黙れ、と頭を壁に打ち付けてなけなしの良心を追い出してしまった。

「ああ、ああ。なにかネタはないのか。みんなが飛びついてリツイートするような、そしてひょっとしたら『いいね』だって押してくれるような、とびっきりのネタはないのか。……いや、このさい『いいね』なんて要りはしない。リツイートだけ集められれば、正義漢ぶった頭の悪いヤツが勘違いした罵詈雑言を飛ばしてくるような、そんなクズいのでかまわない。どうせインターネットは匿名なんだ。リアルに影響を及ぼさないならやったもん勝ちに違いない。ああ、なにかネタはないのか! もうこうなったら、またパクツイでもしようか。今度はバレないように、フォロワーの少ないヤツところから探して拾ってこれば……」

 そんな最低なことを考えていると、隠しコマンドでくるくる回る青い鳩が見かねて囀った。

「いやいやいや、そういうことはやめたほうがいいんじゃないかな? また炎上するよ? 垢変えだって面倒でしょう? フォロワーさんだってまた集めるのは大変だろうに」

「黙れよこの駄鳩。偉そうな説教なんて望んじゃいない。そもそも、お前のトレンド機能が全然役立たずなのがいけないんじゃないか」

「ボクの機能は正常なんだけどね。でも仕方ないにゃー。そこまで言うんなら、君にネタをあげるのもやぶさかではないYO」

「なんだと。それなら自分のキャラの模索なんて置いといて、さっさと教えろこのクソ鳩め。どうせ一発キャラのくせに!」

「酷いなぁ。まあいいや。あと数分後のトレンド一位を教えてあげよう。特別だよ? ネットの世界では過去も現在も同列だけど、未来だけはリアルと同じ、Unknownだって相場が決まってるんだからね!」

 青い鳩はチャーミングにウインクを一つして、それからきっぱりと言った。


「震度5弱」


「……は?」

 男が間抜けな顔で聞き返すと、青い鳩は首をかしげて不思議そうにした。

「何やってるのさ? ネタが欲しかったんでしょ? 今すぐみんなに呟いて、注意喚起をすればいい。ああでも、もしかしたら君自身が危険かも知れないから、その何一つ耐震措置をしていない危険な部屋から避難するのが先かもね。ああ、こんなことを言っている間にもう時間のようだ。まあ震度5弱じゃそうそう死にはしないよ。でも君のコレクションはお陀仏だろうね。あーあ。これじゃ結局、棚いっぱいに飾ったフィギュアたちと、ふたの開いたペットボトルの末路が次のツイートになりそうだ」


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