飴
私が小学生だった頃。
弟が遅くまで帰って来なかったことがある。
両親は働きに出ており、私は一人で弟を探しに行くことにした。
家を出て近所の公園に行くと、滑り台の上から弟が誰かに手を振っている。
私が呼ぶと、弟は滑り降りてこちらへ来た。
私は弟が飴を舐めていることに気付いた。
誰にその飴を貰ったのか尋ねると、あのおばあちゃんに貰った、と言って滑り台の向こうを指差した。
私には逆光のせいか姿は見えなかったが、礼は言ったのか、と訊くと、忘れてた、と走って向こうに行き、暗闇に向かって頭を下げている。
寒気がして鳥肌の立った腕を擦っていると、弟が走って戻って来た。
私に飴玉を差し出す。
私の分もくれた、と言った。
受け取った途端、目眩がしてしゃがみこんだ。
急に冷たくなった空気に目を開けると、白い足袋と女物の草履を履いた足があった。
着物の裾、帯。
顔がなく、その部分は真っ黒に塗り潰されていた。
私は悲鳴を上げ、黒い顔に向かって飴玉を投げ付けた。
「飴食べたろ?」と老婆の声がして、着物から出た皺だらけの手が弟を手招きした。
私は弟の手を引いて走り出した。
弟が転び、その拍子に口から飴玉が転がり出た。
弟を立たせようと立ち止まった私の顔を、黒い顔が覗き込んだ。
気付くと家の布団に寝かされていた。
家の前で寄り添って倒れていたのを帰宅した母親が見つけたそうだ。
弟は高熱で3日寝込んだ。
今ではすっかり元気になったが、あの老婆のことは覚えていない。
ただ、それまでは好きだった飴が大嫌いになったらしい。