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第8話 殺しが音をたててやってくる

「さてさてこちらにお出でいただいたのは、はるばる海を越えて日本からやってきたサムライボーイ」

到着してから少しあけた日の昼、ショウは始まった。

 ステージに立っているのは、俺だ。

 捨てるに捨てられなかった着物を着て、伸びていた髪の毛をマゲっぽく頭の上で結んだ。

「日本の妙技を見ていただきましょう。まずはご覧下さい、ただの一枚の紙です」

 俺はテーブルに見立てた酒樽を前に立ち、樽の上には何枚かの紙を載せてある。

 そのうち一枚を手にとってお客さんに見せた。

「手元にご注目ください。この紙があるものに変わります」

 俺は紙に折り目をつけはじめた。日本の紙とは違って少し固い。

「紙というものは中国人が開発したと言われています」

 四角い紙を平たい錐状に折り曲げていく。

「西洋では羊皮紙のようなものが中心でしたが、日本では植物から作った紙が古くから使われ、今では家の扉にも紙が使われるほど紙に親しんでいます」

 喋る内容はどうでもいいのだが、手元で小さな動きばかりやっているので、喋りながらじゃないと、すごく地味になる。

「こどもの遊びにもこうやって紙が使われているんです。さて」

 俺は手のひらにそれを乗せた。

 いわゆる折り紙の鶴だ。

「ただの紙が鳩になりました」

 鶴はアメリカでは一般的ではないので、鳩と呼んでみせた。

 観客の中からまばらな拍手が起きる。ううむ、他の演目に比べるとやっぱり地味か。

「それでは先頭のお客さん。そう、そちらのお子さん」

 アイシスが突然割って入ってきた。

 えっ、おい、段取りにないぞ。

 このあとは俺が折れる限りのいろんな折り紙を作るって話じゃないか。

「このサムライボーイに、紙で作ってもらいたいものはありますか?」

 な、なんて無茶な! 俺だって折れるものと折れないものがあるんだ。

 しかし演目としてはそれくらいやらなきゃいけないのかもしれない。

 よし……腹を決めるか。

「ピストル作って」

「おおっと、ピストル! サムライボーイの国では刀が武器。アメリカで使われるピストルが、サムライボーイに作れるでしょうか」

 こどももこどもならアイシスもアイシスだ。

 しかし要望があるからには作らない訳にはいかない。

「……出来ます」

 俺は言った。

「ええとですね。鉄砲に使われる火薬も、中国で作られたと言われています」

 俺は比較的大きな、長方形の紙をとって言った。

「日本と中国がむかーしむかし戦争をした時、火薬は音を鳴らしてびっくりさせるだけの道具でした。今は火薬の音くらいじゃ馬も驚きません」

 俺は、最終的に正方形を二つ折りにしたような三角形になった紙をみんなに見せた。

「これが日本の拳銃です」

 ややあって、観客からブーブーと言う不満の声が起きた。ブーイングと言うコールらしい。

 そりゃそうだ。この三角形はどうみても拳銃には見えない。

「おおっと、サムライボーイ。それが日本の拳銃? しかしどう見ても拳銃には――」

 パン!

 すぐ近くにいたアイシスだけではなく、観客全員の驚きが俺に伝わってきた。

 俺が手首を捻って紙を振り回すだけで、袋状になった紙に空気が入って一気に膨れ上がる。その音がこれだ。ちょっとした拳銃くらいの音がする。

「びっくりしたでしょう? 中国人はこうやって音で日本に勝とうとしたんです」

 俺はちょっとだけ嘘を交えて言った。元寇で中国人が使ったと言われる鉄砲は、多分もっとすごい音がしたに違いない。

 さっきよりすごい拍手が俺を迎えた。

 ああ……これが欲しかったんだ。

 俺はその後も、うさぎやリス、馬やインディアンと言ったものを作ってはお客さんにプレゼントしていった。ちなみにインディアンは、やっこ(・・・)を作ってごまかした。

 そのたびに起こる拍手が俺の気持ちを高揚させる。

 最後に俺は、こどもたちに手裏剣の作り方を教えて、締めにした。

 自分の分をしゅっと投げると思ったよりよく飛んだので、こどもたちも真似して俺に向けて投げてくる。

「さあ、ショウが終わったらこれで遊んでね」

 俺は投げられた手裏剣をこどもたちに返すと、紙束を抱えて一礼した。

「ありがとうございました」

「サムライボーイによる紙の魔法でした。ありがとうございました!」

 俺は拍手に見送られ、テントに戻ってきた。

「上手いものだな。感心したぞ」

 いんちき衣装で飾り立てたミストが俺を迎えてくれた。この次は俺が初めて見たときのインディアンショウだ。

 ちなみにミストの胸には赤い色水の入った革袋が隠れるようにぶら下がっている。

 シャインがミストを撃ったように見せかけた時は、空中の的に観客の目が向いている隙に空砲を装填し、ミストがそれにあわせて革袋を割ると言う仕掛けだった。

 言われてみればなんてことのない仕掛けだ。俺の折り紙もまあ似たようなものだけど。


 ショウが終わり、人がいなくなると辺りはだんだん閑散としてきた。

 まだまばらに人がいて、興奮冷めやらぬようで座員に話しかけていたりする人間もいる。こどもはこどもでさっきの手裏剣を投げ合って遊んでいたりもしているようだ。

 ああ、ショウっていいもんだな。

 俺は後片付けをしながらその様子を眺めていた。

 すると、その一角が騒がしくなる。

 ウィンチェスターで武装した連中が数名、駆け足でやってきたのだ。俺は思わず腰に手をやるが、ショウの衣装の時は銃をぶら下げていないのを忘れていた。

「ショウの連中は動くな。保安官だ」

 先頭の男が銀バッジを見せてくる。なるほど、後ろの連中は補佐か。

 俺たちは銃をつきつけられたまま、言われたとおり訳もわからないままテントの近くに集まった。

 いや、考えればすぐわかることだったのだ。

「ジェーン・カナリー軍曹。間違いないな」

 手配書をもった保安官が、アイシスの顔を確認した。

「人違いよ」

「と、言ってますがどうですか。軍曹」

 保安官が後ろを振り向くと、一人の軍人が前へ歩み出た。

「おいおい、ジェーン。とぼけたってわかるぞ」

銀朱の雀(バーミリオンスパロウ)!」

 その顔を見たアイシスが驚愕の声をあげる。

 名前と顔からするとインディアンだろうか? 年齢はミストと同じくらいだろう。

 いや、それよりもインディアンなのにアメリカ軍の軍曹? 女軍人ジェーンよりも、そっちの方が驚きだ。

「俺は運がいいなあ、ジェーン」

 バーミリオンスパロウと呼ばれた男はにいっと笑って言った。

「アイシス・スプリング。似てると思って来てみたが、やはりおまえだったか」

「来るのが遅すぎるんじゃなくて?」

 アイシスは両手を上げたまま強気で答える。

「手配書が出回ってる奴が、写真付きの貼り紙までして、こんなに目立つことをしてるとは思わなかったんだろうな。誰も」

 そしてバーミリオンスパロウはアイシスを拳銃で小突くと、急に語調を荒げた。

「なんでこんなふざけた真似をした?」

「あなたに会いたかったから、じゃあ理由にならないかしら?」

 ガッ。

 それを聞いたバーミリオンスパロウは、無抵抗のアイシスの胸ぐらを掴むと、そのまま地面に引き倒して踏みつけた。

「ふざけるな賞金首! 『|生死を問わず《DEAD OR ALIVE NO ASK》』なら誰かが貴様を殺してくれたかもしれんのに! 何が『生け捕りに限る(ALIVE ONLY)』だ!」

「アイシス! ……っ」

 思わず声を上げる俺をミストが制する。

「んん? 誰かと思えばフォックスグローブとトワイライトミストじゃないか。おかしな仮装をしやがって」

 バーミリオンスパロウはアイシスから目を放し、こちらを見た。

「……いや? 違うな、フォックスグローブは俺が殺したんだった。それじゃあこのガキは誰だ?」

「俺は――」

「待て、今なんと言った?」

 ミストが急に怒気をはらんだ声を上げる。

「フォックスグローブをおまえが殺しただと?」

「なんだ、おい。知らなかったのか?」

 ミストとは逆に、バーミリオンスパロウはさも愉快そうに笑い出した。

「おまえの婚約者を殺したのは、この俺だ。トワイライトミスト」

「このッ……!」

「おっと、動くなよ。まだ銃が狙ってるんだぞ」

 その言葉に、警告するように兵隊が銃を突き出してくる。

「くっ…… どういうことだ、アイシス!」

「……」

 ミストの怒りはアイシスに向けられた。しかしアイシスは何も答えなかった。

 アイシスが婚約者を殺したとミストは信じていた。だが、バーミリオンスパロウは自分が彼を殺したと言い切ったのだ。

「答えろ、アイシス!」

「あとでゆっくり聞け。おい、おまえら。この女を保安官事務所にぶち込んどけ」

「しかし軍曹。保安官事務所にはいま酔っ払って人に怪我をさせた男たちが……」

「じゃあそいつらはジェーン・カナリー逮捕記念で恩赦だ。とにかくこいつをぶち込め」

 保安官の言葉を遮ってバーミリオンスパロウが指示を出す。

「あのお、すみませんけどお」

 場にそぐわない声が、おずおずとあがった。

「実はあたし、賞金稼ぎ(バウンティハンター)やってまして……。あたしがジェーン・カナリーをここまで連れてきたんですけども、その場合、賞金はちゃんといただけるんでしょうか?」

「アロマ!」

 シャインが大声でたしなめるが、アロマも引かない。

「だって、『生け捕りに限る(ALIVE ONLY)』賞金首を、殺そうとするミストやコーディから守って連れてきたんだよ。全額じゃなくても、何割かはもらっていいと思わない?」

「がははは。勇気あるお嬢ちゃんだ。確かに一理あるな」

 バーミリオンスパロウは、快活に笑いながらアロマの頭を撫でた。

「それじゃあ……!」

「共犯の疑いでこいつらもぶち込め」

 手下の軍人たちがてきぱきと俺たちを拘束していく。

「ちょ、そんなのあり?」

 当然だがアロマの抗議など届きはしない。俺たちはあっという間に地面に引き倒されてしまった。

「バーミリオンスパロウ!」

 ミストが叫ぶ。

「この、ラクヨウ族の、いや、全てのインディアンの裏切り者め!」

 その言葉に、立ち去ろうとしていたバーミリオンスパロウの足が止まる。

「誰がインディアンだと? おい、そいつを立たせろ」

 バーミリオンスパロウはミストの元に戻ると、その顔をじろりと見つめた。

「いいか、俺はインディアンじゃねえ。名誉白人だ。名前もバーミリオンスパロウじゃねえ。ジャック・インスと言う名があるんだ」

 バーミリオンスパロウ――ジャックはミストの頬を撫で回しながら言った。

「だがおまえは特別だ。おまえには、バーミリオンスパロウと昔の名で呼ぶことを許してやる。ありがたく思えよ?」

「ペッ」

 ミストがジャックの顔につばを吐きかけた。

「……」

 ジャックは濡れた頬を指でなぞると、ミストの頭を乱暴につかむ。

 そして、自分の唇をミストの唇に押し付けた。

「――!」

「つばを吐きかけたいならこれくらいしてもらわなきゃな。おまえのならいつでも歓迎だぜ」

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