第7話 バッド・ガールズ
ニューメキシコ州、ユニコーンシティに到着したときはもう日はすっかり沈んでいた。
俺たちは馬車を町の外に置くと、近くの宿屋に部屋を取る。
「まあ、まあ。遠いところをはるばるお越しくださいました。火を落としてしまったので残り物しかありませんが」
宿屋の女将はショウの連中を興味深げに眺めていたが、インディアンや日本人と言った変わり者の集まりを快く迎えてくれた。
宿の食堂にはすでに他の泊まり客の姿はなく、ぬるくなった豆のスープや硬くなりつつあるパンが残されているだけだった。
「もう少し早く着けばよかったのに」
アロマが不満の声をあげるが、それをシャインがたしなめる。
「仕方がないさ。野盗に遭っちゃったのが不運だね」
「あら、野盗にお遭いになったんですか!」
女将が水差しを持ってきて、話に加わる。
「まあまあ、それは大変でした。……それでそんなに少ない人数なので?」
残りの連中は野盗に殺されたのか、と聞いてきたのだろう。どうやらこの女将は多少無神経なところがあるらしい。
「いえいえ。わたしたちは全員、誰一人欠けることなくここに到着できたんですよ」
「それでは、馬車で一気に振り切って?」
「全員やっつけたんだよ! あたしの四丁拳銃は飾りじゃないんだから」
アロマが干し肉をぱくつきながら自慢げに胸を張る。
「お嬢ちゃんが? あらあらまあまあ、それは勇敢なことで」
女将はそう言うと他の皿を探しに厨房へ行ってしまった。
「むー。あのおばさん、絶対信じてないよ」
「別に自慢するようなことじゃないだろう。僕たちはただ生き延びた、それでいいじゃないか」
「でも…… あたし、敵を倒したよ。コーディなんか一人倒して固まっちゃったじゃないか」
「アロマ」
シャインが強い口調でアロマをたしなめる。
「コーディも気にしないでくれ。アロマに悪気はないんだ」
「ああ、わかってる」
俺はなるべく平静を装って、答えた。
アロマは人を殺すことに抵抗がなさすぎる。俺は人を殺すことに抵抗がありすぎる。
どちらもこの西部では異常なのだ。
ミストだってアイシスを殺すことには躊躇しているように見える。
シャインもああは言っているが、どこまで本気なんだかわからない。
そしてアイシスは――
そうだ、アイシスがいたじゃないか。
船員を皆殺しにした大悪党であるばかりでなく、ミストの婚約者を後ろから撃った卑怯者。
そして今はその過去をすっかり忘れたふりをして、ショウの座長に収まってるアイシスが。
「どうしたの、コーディ? わたしの顔に何かついてる?」
「……別に」
知らずうちに、俺はアイシスを睨みつけていたようだ。
人を殺せもしないくせに殺気ばかり漂わせている俺は、アイシスから見ればさぞ小物なんだろうな。
その点はミストを見習ったほうがいい。黙々と机の上にあるものを口に運びつつ、何か思案を巡らせているようだが、それを外に漏らそうとしない。
「まさかアイシスに惚れたわけじゃないよね、コーディ」
シャインが笑顔で俺に問いかけてきた。
「そんなわけないだろ」
「よかった。アイシスを愛してるのは僕だけでいいんだよ。アイシスを殺そうとするのは構わないけど、惚れたっていうなら僕は君を始末しなきゃいけなくなる」
ぞくり。
そのシャインの顔は笑っているが、目は細く閉じられていて、笑っているのか怒っているのかもわからない。
この人は、どこまで本気なのだろう。
「ええっ? コーディ、アイシスに惚れたの?」
「惚れてないっての」
アロマが横から割り込んできた。
「それはあれ? 鉄の拳銃じゃ殺せないから自前の拳銃でもってベッドで……」
そこまで言って、アロマは周りを見回す。
渾身の下品なジョークが無視されたのに気づくと、大人しく食事に戻った。
「どーせ、あたしは処女ですよ」
「げほっ」
俺は飲みかけていたスープを思わず吹き出した。
「うわっ、すまん」
幸いスープの飛距離はそれほどでもなかったので被害は少なかったが、みっともないところを見られてしまった。
「なんだよ、あたしが処女だとなんか文句あるのかよ! 処女で悪かったな処女で!」
「処女処女言うなよ、いい年した女が男の前で!」
「女が処女ですって言っちゃいけないっての? こちとら女ばっかりの環境にいるからそういうのどうでもいいんだよ」
「アロマ。今は男のコーディがいるんだからそれなりに考えて発言するんだ」
シャインが再び強い口調でアロマをたしなめる。
「まあ、かく言う僕も処女なんだけど」
「シャインは男性恐怖症だから仕方がないだろう。処女を捨てたいとすら思っていないんじゃないか?」
意外にこの話に乗ってきたのはミストだった。
「僕が処女を捨てる相手は決まってるんだ。アイシスしかいないってね」
「あら、お世辞にしてもお上手ね」
アイシスはアイシスで、すでに食後の一服をふかしている。
「僕は本気で口説いてるつもりなのになあ」
「ありがとう。ふふふ」
「それよりミストはどうなのさ。ミストは婚約者いたんでしょう?」
アロマが今度はミストに水を向ける。
「あたしとフォックスグローブの間にそういうのはなかったよ。残念だけどね」
ミストは軽い口調で答えた。もう、過去の話なのだろうか?
「でも、キスくらいはし――」
「なかった」
アロマに最後まで言わせる前に、ミストは先ほどとは裏腹に強い口調で答えた。
「フォックスグローブの話はもういいだろう。それ以上この話をすると、またアイシスを殺したくなるからな」
「だめだよ、アイシスの賞金はあたしのものだよ!」
「あたしが殺す」
「あたしが賞金を貰う」
しばらくの静寂の後、撃鉄の起きる音が二つ。
アロマとミストが互いの額に拳銃を突きつけ合ってた。
「オーケイ、今日もこの話は保留だ」
シャインが仲裁に入って、二人は撃鉄を下ろして銃を戻した。
このやりとりを見るのは初めてではない。
アロマとミストにとっては、延々と議論を続けるよりも手っ取り早いのだ。
だが、どちらかが先に本当に発砲しないとも限らない。俺はこのやりとりが好きではなかった。
「大丈夫よ」
そんな俺に気づいてか、アイシスが俺に優しく話しかけてくる。
「あれは二人にとって、儀式みたいなものなんだから」
「儀式?」
「アロマは身の回りの誰かが死ぬことを恐れているのよ」
「アロマが?」
そういえば、さっき野盗を埋めながらそんな話をしていたような気がする。
「殺すことは躊躇しない。けれども殺されることは極度に恐れている。それがアロマと言う少女なのよ。聞いたでしょう、アロマの師匠の話」
もしかして、アイシスは野盗を埋めるときの俺達の話を聞いていたのだろうか。
「ま、話は終わりって言う合図ってところだな」
ミストはそれを聞いて言った。
「こういう終わりの合図を決めておかないと、いつまでも延々と口げんかをしかねない。そういう不毛なことを避けるためにこういう合図を決めてあるんだ」
「そういうこと。で、さ。話は戻るけど……」
アロマはいたずらっぽく笑って俺の顔をみつめた。
「コーディは童貞なの?」
「ごほっごほごほごほっ」
俺は飲み込みかけていたパンを喉につまらせ、激しく咳き込む。
「アロマ!」
シャインが三度たしなめるが、アロマは食い下がる。
「だってあたしたちにだけ言わせといて、自分は言わないなんてずるいでしょ」
「いいじゃない、それ。わたしも気になるわ」
アイシスものってきた。どうやら座長権限が飛び出してしまったようだ。
「……うるさいな。童貞だよ。それで満足したか?」
「あー、やっぱり!」
「なにがやっぱりなんだよ!」
「だってほら、これ」
アロマがポーチから折りたたんだ紙を取り出す。
……そのたたみ方には見覚えがある。アメリカの紙ではなく日本の紙だ。
「こんなエロい絵持ち歩いててさ。びっくりしちゃった」
アロマが紙を開くと、シャインとミストがそれを覗きこみ、顔を真赤に染めた。
「な、なんだこの絵は!」
「うわあっ、ダメダメ。僕見てらんない」
「か、返せ」
と言ってしまってから気づく。それでは他の女性陣にも、それが俺のものだということを告白してしまったようなものだ。
「どれ」
アイシスがアロマからその紙をつまみ上げる。
「あら、日本人の拳銃は随分大きいのね。的の方もすごいからちょうどいいのかしら」
描かれていたのは、春画だ。いわゆる男女の営みを描いた、男子の夜のお友達である。
「そ、それは……俺のじゃない。親父の形見なんだ」
「あら、お父さんもこういうの使ってたの? お盛んだこと」
「親父がいつも首から下げてたお守り袋に入ってたんだ、それは…… だからそれは断じて俺のじゃない」
「でも捨てないでとっておいたのよね」
「うっ……」
「恥ずかしがることないわよ。男の子だもん」
言ってアイシスは、描かれたものではなく、絵そのものをしげしげと眺めた。
「でも、すごい絵ね。高いんじゃないの?」
「そんなことないよ。日本じゃあ、百年以上前から色つき印刷やってるからな」
「えっ、これ印刷なの?」
アイシスが驚きの声を上げる。印刷だと知った他の連中も、もう一度とばかりに絵を見るが、シャインは再び顔を真っ青にして離れていった。
「すごいじゃない。こういうの、コーディにも作れるならショウに出してあげてもいいわよ」
「俺には無理。技術がいるだけじゃなくて、印刷には時間がかかるからショウにも向かないしな」
「そう……使えないわねえ」
無茶を言うな。アメリカ人のおまえらだって、印刷ができるわけじゃないだろ。
……待てよ?
「もしかして、あれは日本ならではのものかな?」
「なに、何か思いついた?」
「ちょっと古新聞もらってくる」
俺は初めて、ショウで使えそうなものを思いついた。