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第6話 真昼の決闘

 翌日、俺達はトゥームストーンをあとにした。

 次の目的地はニューメキシコ州。州境近くのユニコーンという街でショウを開く。

 屋根付きの箱馬車の御者はシャインが担当し、他の女性連中が乗る。荷物が多いので決して快適とは言いがたいだろう。俺は乗ってきた馬でそのまま馬車と並走する。

「君のライフル、よく見たら古いウィンチェスターなんだね」

 何気なくといった口調でシャインが聞いてきた。

「ああ、M1866だ。一度日本に輸入されたものを持ってきた」

「知ってるかい? 今のはウィンチェスターとシングル・アクション・アーミーで、同じ・44―40弾を使えるんだよ」

「知ってる。シングル・アクション・アーミーを買うときに勧められたからな」

「けど古いウィンチェスターではそれができない。弾丸を別々に管理するよりも、新しいウィンチェスターを買いなおした方が、長い目で見れば安くすんだんじゃないかい?」

「……別に、ただの親父の形見だよ」

 俺が答えると、馬車の中からアイシスがぬっと顔を出した。

「そういう感傷に浸るのはおすすめできないわね。銃選びは自分の命選びに関わるのよ。どうせ古い銃を使うならパーカッションが一番よ」

 アイシスが飲んでいたウィスキーの瓶を、高く放り投げた。そして腰にぶら下げたホルスターから無造作に銃を抜いてそれを撃つ。揺れる馬車の上から撃ったにもかかわらず見事に命中して粉々に砕ける。

 アイシスの使っているレミントン・ニューモデル・アーミーは、親父の形見のネービーと同じパーカッション式という旧式拳銃だ。『ニューモデル』だった時からすでに三〇年は経ってるだろう。

 パーカッション式はシリンダーに直に火薬を詰めて、その上に弾丸を入れて封印をする。とっくに時代遅れの品だ。だが、アイシスはそれがいいと言う。

「わたしに言わせれば、弾丸を人任せにするなんて怖くてできないわね」

「カートリッジだって自分で作れるのに」

 アロマがさらに割り込んできた。

「あたし、空薬莢もったいないから、火薬つめて自分で弾丸作ってるんだよ」

「アロマはそうだろうな」

 ミストが皮肉げに言った。

「なーに? どういう意味?」

「弾丸を買ってたら、弾丸代だけで破産しちゃうってことさ」

「うっ……まあ、それは否定できないなあ……」

「アロマはどうして四丁も拳銃をぶら下げてるんだい? そもそもジャグリングするのが目的じゃなかったんだろ?」

 アロマがかわいそうになったので、俺はちょっと話題を逸らしてやった。

「え、だっていっぱい持ってたほうがいっぱい撃てるじゃん」

 当然のような顔をして返してくるアロマ。

「だから弾丸代がかさむんだよ」

「そのぶんショウで稼いでるからいいんだもん! ショウだけじゃなくて、山賊だってなんだってあたしに任せてくれればオールオッケー!」

「なら、さっそくコーディの前でそれを披露できるかもね」

 アイシスがいくぶんか尖った口調で言った。

「囲まれてるわ」

 一同に緊張が走る。

 街道で、『囲まれてる』。それが何を表すのかわからない俺ではない。

 アイシスは撃ったばかりの銃のシリンダーを、六発入りのものと交換した。ミストとアロマもそれぞれ暴発防止の為に抜いておいた六発目を装填する。

「これは使ってもいい?」

「ダメ。今からじゃ間に合わないでしょう」

「ちぇー」

 アロマがうきうきした声で箱の一つを指したが、アイシスがそれを止める。俺はその中身は知らない。アロマがこういう時によろこぶ何かが入っているのだろう。

「右に三人、左に二人。前と後ろにも何人か隠れてるわ」

「じゃあ、近い奴はあたしがやるよ」

 アロマが荷物の中から一丁の長銃を取り出す。

 うわっ……ショットガンだ。一発で細かい弾丸を広範囲にばら撒く狩猟用の銃。本来なら人に向けて撃つようなものじゃない。

「右はあたしがやる。コーディ、おまえは左だ」

 ミストがウィンチェスターを取り出した。イエローボーイではない新型だ。

「……わかった」

 左側を任された俺も、持っていたイエローボーイのレバーを動かす。

さあ(It's)ショウの開幕よ(show time)

 アイシスが小声でつぶやき、レミントンを撃った。狙い違わず、正面の物陰に隠れていた男がうっとうめいて倒れる。

 同時にミストとシャインがウィンチェスターを連射した。遠くの岩場からライフルで狙いをつけていた男たちに次々命中する。

 音を聞きつけて二人の男が後ろの物陰から飛び出してきた。そちらはアロマがうれしそうにショットガンを発砲する。水兵二連式をきっちり二射。銃身を折って弾丸を装填、すぐにまた二射。当たらなかった男たちも警戒して撃ってこなくなる。

 そして左は川だ。隠れるところは限られている。

 俺はイエローボーイで左の木に狙いをつけた。いつ飛び出してきてもいいようにだ。

「何してる、先に撃て」

 ミストの怒鳴り声が聞こえて、俺は反射的に引き金を引く。だが弾丸は木に命中して、弾痕を刻む。

 その瞬間、俺の視界の端で何かが動いた。

 木の陰ではなく河原に伏せていた男が起き上がり、こちらに狙いをつけた。

 撃たれる。そう思った瞬間銃声が響く。

 弾丸は俺の帽子を吹き飛ばした。命拾いしたのだが、俺はパニックに陥る。

「うわああっ!」

 俺はレバーを動かして、同時に撃つ。

 相手は半ば伏せた姿勢なので、銃下部のレバーを動かそうとするも、地面に当たってリロードが出来ない。

 その隙に一発二発三発四発……数えきれないくらいの弾丸をぶち込んだ。

 瞬間、俺の目に血しぶきが飛び込んできた。

 実際に遠くにいる相手の血しぶきがここまで届くわけではない。俺の弾丸が相手の頭に命中したのだ。液体が岩に飛び散る。

 男はびくんっ、と跳ね上がって、倒れ、動かなくなる。

「ああ……っ」

 俺はそれを見て動けなくなった。

 アイシスだと思って空のベッドを撃った時とは違う。

 撃たれた男が血を吹き出して死ぬところを見てしまった。

 男はもうぴくりとも動かない。

 さっきまで生きていたのに。

 俺が殺したんだ。

 呆然とする俺の横を、銃弾がかすめた。

馬車の左側、木の陰にもちゃんと一人いたのだ。

 だが俺はもう動けなかった。

「何やってんだ!」

 ミストが拳銃に持ち替えてそいつを狙っていた。シングルアクションの撃鉄を起こして、撃つ。ミストの拳銃はスコフィールドという中折れ式リボルバーなので、銃を折り曲げて薬莢を引っ張りだす。

「くそ、仕留め損なったか」

 素早く空になったシリンダーに弾丸を詰めて、ミストが再び木の陰に隠れた男に銃を向けた。

 音は六連発。先に、アロマの六連発が男をとらえた。

 ショウで使った弾丸は火薬を減らしてあったが、これはきっちり定量まで詰めた38口径弾だ。脚と胸に命中して男は倒れる。

「いひひ、あたしの勝ち!」

 見れば、アロマの正面、つまり後ろ側には三人の男が無残な姿で倒れていた。

 銃声はすでに止んでいた。

「ミスト、シャイン。一回り哨戒してきて」

「わかった」

 新しいタバコに火をつけて、アイシスが指示を出した。煙を深く吸い込んで、吐き出す。

 ……親の仇に弱点を見られてしまった。

 人を撃ったことがないのが知られてしまった。

「アロマとコーディはゴミ掃除」

「あいさ。行くよ、コーディ」

 アロマが銃を置いて、スコップを二つ持っていた。一つを俺に差し出す。

 俺はスコップを受け取った。ゴミ掃除とは、この盗賊どもをそこら辺に埋めろと言うことだ。

 ……吐き気がする。でもここで吐くわけにいかない。堪えろ。

 盗賊を埋葬してやる義理なんかないが、街道に死体が放置されてたら他の人に迷惑になる。

 特にここは川のそばだ。死体から発生した変な病気が川に流れ込めば、下流の人間が迷惑するかもしれない。

 人を殺したら相手がたとえ盗賊でも埋葬する。それが西部の掟だ。

 俺とアロマは川から離れた方に穴を掘った。盗賊の人数はまだ数えていないが、掘ってるうちにミストとシャインが数えてくれるだろう。

「人を撃ったの、初めて?」

 穴を掘りながらアロマが、何気ない口調で聞いてきた。

「関係無いだろ」

「あっきれた。それでよくアイシスを殺す気になったなあ」

 アロマは楽しそうな口調で続ける。

「仕方がないだろ。機会がなかったんだ」

「平和な暮らしをしてきたってことでしょ。いいんじゃない?」

 確かに、俺がこれまで住んでいた開拓村では、撃つ相手はリスやシカがせいぜいだった。銃を持ちながら、平和な暮らしをしてきたんだ。

「あたしはそうじゃなかったんだ。撃たなきゃ撃たれて死ぬ。そんな暮らしをしてきたんだよ」

 アロマはなんでもないと言ったように、そんなことを言った。

「そんな……まだ小さいのに?」

「小さいって言うな!」

 そんなアロマを激昂させたのは、『小さい』の一言だった。

「ご、ごめん……」

「あんた何歳?」

「十七だけど……」

「あたしと同い年じゃん!」

「嘘だろ!?」

 俺はアロマをまじまじと見つめた。俺はこの国では決して身長が高い方ではないが、アロマは更に頭一つ分小さい。そこら辺にいる他のアメリカ人女性と比べるとかなり小さいほうだ。

 十二、三くらいだと思ってた……。

「間違いないよ。1862年春生まれ。あんたは?」

「文久元年だから……ええと、1862年の夏だ……ほんとに同い年なのか?」

「あたしのほうが先に生まれてるじゃんか!」

「わかった、わかった。悪かった……」

「……あたしね、孤児だったんだ。親は小さい頃に流行病で死んじゃった」

 アロマは穴掘りを再開しながらつぶやきはじめた。

「お金さえあれば治らない病気じゃなかったらしいんだ。けれど、うちには食べていくだけで精一杯のお金しかなかった」

「それで賞金稼ぎ(バウンティハンター)に?」

「そんなすぐなれるわけないじゃん」

 俺が口を挟むと、アロマはすぐにそれを否定した。

「小さい頃の話だよ。……今でも小さいけどさ」

 小さいと言われたことは、どうやら根に持っているようだ。

「村の人達があたしの面倒を見てくれたけど、厄介者扱いされてるのはなんとなくわかってた。洗濯くらいしか出来る事もなかったし。そんな時にやってきたのが、巡回牧師やってた師匠」

 巡回牧師というのは聞いたことがある。複数の村を巡回しながら仕事をする牧師さんのことだ。俺の開拓村にも来たことがある。

「普通の巡回牧師と違って、師匠はアメリカ全体を旅しながら救済をしてたんだ。それが何を血迷ったか、村の厄介者だったあたしを連れだしてくれたってわけ」

 俺は黙って聞いていた。アロマは気にせず続ける。

「そりゃ、あたしもバカじゃないから少しは怖かったよ。たとえこどもでも、あたしは女で師匠は男で。そういう目的があるんじゃないかと思ったこともあった。けど、そうじゃなかった。師匠は……賞金稼ぎ(バウンティハンター)でもあったんだ」

 賞金稼ぎ(バウンティハンター)とは、読んで字の如し、犯罪者を捕まえて、その首にかかった賞金を糧にする人間のことだ。

「あたしは師匠から、銃の撃ち方をおそわった。それだけじゃない。西部で生きる全てを教わったと言ってもいい。……師匠は相棒を欲しがってたのかもしれないね」

「その人は……今どうしてるんだ?」

「死んだ」

アロマはあっさり言った。

「最後に教えてくれたのは、埋葬の方法だったよ。祈りの言葉も教えてくれた」

「……」

 アロマがあんまりにもあっさりと言ったので、俺は何も言えなかった。

「師匠を撃った賞金首もあたしが撃った。もらった賞金はたった百ドル。師匠の命と引き換えじゃ、安すぎるよな」

 百ドルと言えばいい馬が鞍つきで買えるくらいの値段だ。決して安い金額ではないが、命と引き換えにするくらいではない。

「あたしはこどもの頃にはじめて人を殺した。だから、殺すってことにあんまり抵抗がないまま育ってきた……けど、あたしもそれで怖かったことがあったんだよ。なんでだかわかる?」

「……いいや」

「ナイフで人を殺したことがあるんだ」

 アロマは冷たい声で言った。

「引き金を引けば自動的に人が死んでくれるってことに慣れてたから、相手の肉にナイフが食い込む感触は怖かった。今でもまだ手にその時の感触が残っているような気がするくらいだよ」

 なるほど。相手に触れずに殺せる銃は確かに人を殺すと言う感覚が薄れるかもしれない。

 俺だってベッドに銃弾を叩き込んだ時、あのとき持っていたのが刀だったら……もっと迷っていただろう。

「だからさ、コーディ。人殺しに慣れろとは言わない。けども撃たなきゃ殺されるんだ。先に抜かせて、先に殺す。それができれば正当防衛になる。それだけ覚えておいて欲しいんだ」

「……どうしてだ?」

「もう、誰にも死んでほしくないんだ。あたしの周りではね」

 そしてアロマはにっこりと笑った。

「アイシスの賞金が『生け捕りに限る(ALIVE ONLY)』でよかったよ」

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