第5話 夕陽の歌劇団
「つまり、ショウに出たいってこと?」
宿屋の一室。
アイシスが俺の言葉をまとめて言った。
「ああ、そうだ。もちろん、今までどおり的も雑用もやる。けれども俺も、それ以外に何かしたいんだ」
「拍手中毒にかかったね。僕にもそれ、わかるよ」
横からシャインも言葉をかけてくれる。
拍手中毒。言い得て妙だ。俺は今日初めて舞台に立ち、たくさんの拍手と歓声を浴びた。それが忘れられないのだ。
「そうは言っても、あなた何かできるの?」
言われて俺は気づいた。
何もできることはなかったのだ。銃の腕は人並みだし、カードやロープが使いこなせるかというとそういうわけでもない。
「……それは」
俺の気持ちはすっかり萎えてしまった。
そうだ。何も出来ない俺には、的と雑用がお似合いだ。
「でも、コーディって日本人でしょ?」
それまで黙って金を数えていたアロマが、俺に向かって言う。
「日本人なら誰でもできるけど、アメリカ人は誰もできないこととかあるんじゃない? ミストのインディアンショウみたいにさ」
「ああ、それがいい。きみ、何かそういうのは思いつかないかい?」
急に言われても、すぐには思いつかない。
日本人なら誰でもできて、アメリカ人が知らないこと……か。
「お話中、悪いんだが」
ミストが部屋に入ってきた。
「荷車を借りてきた。撤収作業を手伝って欲しい」
「あ、じゃあ僕が」
「待って」
立ち上がりかけたシャインを、アイシスが制する。
「男手の方がいいでしょう。コーディ、頼むわ。シャインには会計を頼みたいのよ。アロマは金勘定が早いのはいいんだけど、手癖が悪いから」
「あたしそんなことしないよ!」
「右の袖」
「う……バレてたか」
アイシスの指摘に、アロマが観念したように袖から一ドル紙幣を数枚取り出した。
会計なら元商人の俺の得意分野だと名乗ろうと思ったが、俺はそれを飲み込んだ。目利きや接客には自信があるが、計算は実は苦手なのだ。
「手が止まってるぞ」
ミストの指摘に俺ははっと我に返った。
日本人にできて、アメリカ人に出来ないこと。そればっかり考えていた。
今、俺がやっているのはミストが昨日作った即席の踏み台をばらす作業だ。地面に埋められた杭の部分をかなてこで引きぬいてから、結わえられた紐を切る。これがなかなか深く埋まっていて、引きぬくのは一苦労。集中しなければ。
だがミストはと言えば、自分で埋め込んだ杭は自分で引き抜くとばかりに、いとも容易く引き抜いている。変な抜き方だ。杭に紐を通して背を向け、その紐を肩にかけてえいやっと引きぬいている。
「ミスト、おまえって力持ちなんだな」
「そうかな。こういうのはコツさえつかめば簡単だぞ」
ミストはそう言い返してきた。
「力比べなら、たぶんおまえと同じくらいだ」
俺がこの一年の開拓村生活で、どれだけ鍛えられたと思ってるんだ。一年前の俺とくらべられたらミストはかなり力持ちの部類に入る。
「インディアンってのは、男も女もみんな力持ちなのか?」
「いいや、おまえたちと同じで強い者も弱い者もいる。おまえたちと同じで女は男より弱いことが多い。戦うのは強い者だから、白人の前によく姿を見せるのは強い者ばかりだ」
「なるほど、それでインディアンは強くて乱暴者ってイメージなんだな」
「あたしの部族では女も戦う。ラクヨウ族と言うのは、他の部族の言葉で、『強い女』を意味するんだ」
俺は力仕事を喋りながらも淡々とこなすミストをまじまじと見つめた。
ミストの手足はすらっとしていて、とても『強い女』のイメージとは程遠い。固くはなさそうだし、筋肉質というわけでもなさそうだ。
でも、胸が大きくて形がいいのは、その下にしっかり筋肉がついている証だろう。インディアンの装束ではなく、洋服を着ているとそれがよくわかる。
「……どこを見ている?」
「あ、いや……その。普段はインディアンの服を着ないんだなって」
俺は慌てて取りつくろった。しかし、それを疑問に思っていたことも事実だ。
「あれは白人のイメージに合わせて作った衣装だ。ラクヨウ族にも伝統の衣服はあるが、ああいう飾りだらけの服は儀式の時以外は着ない」
「そうなのか」
「おまえの国も、じきにそうなるさ」
たしかにそうかもしれない。俺がこどもの頃は、街を歩く男の頭にはマゲが乗っかっていた。祖父の祖父のそのまた祖父の時代からずっと伝わる髪型らしい。
だが、天皇陛下がマゲを切ってからはもうマゲはほとんど見なくなった。着る物もそうだ。昔ながらの日本の服はだんだん廃れ、洋服ばかりが売れている。軍隊だって具足に槍の時代は終わった。今では黒い洋服にライフルを持つ時代だ。
「よし、これで終わりだな。じゃあ荷車に積み込んでくれ」
「ミストはどうしてアイシスを狙ってるんだ?」
俺はなんとなく聞いてしまって、そして後悔した。
「いや、人に話すようなことじゃないよな。悪い。忘れてくれ」
「おまえと同じだ」
「えっ……」
「復讐だよ。あたしは婚約者を殺された。……聞きながらでいい、そっちを持ってくれ」
俺はミストに言われるまま、長い板の片方を持ち上げた。荷車に積みこみながらミストは続ける。
「今から三年前、グリージーグラス川の戦い……いや、リトルビッグホーンの戦いを知っているか?」
「いいや。大きな戦いだったのか?」
「サンダンスの儀式を兼ねた、インディアンの部族を超えた集会があった」
「サンダンス?」
「おまえたちにわかりやすいよう言うと、精霊の加護を感謝する儀式だ。三年前のときは、部族を超えた大集会を行い、白人とこれからどう接していくかという話し合いをした。もちろん和平派や穏健派も多かったが、その最中に白人が攻めてきたんだ。インディアンが戦いの準備をしていると言う名目でな」
なるほど。インディアンを弾圧するのが当たり前の白人からすれば、部族を超えて集まっているとくれば、勝手にそういう誤解をするのもうなずける。
「戦い自体にはインディアンが勝った。だが、その時あたしの婚約者は、死んだ。見逃した相手に後ろから撃たれたんだ」
「その見逃した相手と言うのが……」
「アイシス・スプリングと名乗っているあの女だ」
ドサリ。心なしか荷車に板を置くミストの手が乱暴に見える。
「狐の手は逃亡しようとするアイシスを見逃したんだ! なのに、アイシスはその後ろからフォックスグローブを撃った!」
「……」
「フォックスグローブとあたしと……あともう一人男がいた。三人は小さい頃から一緒に過ごした仲だった。酋長が決めた相手だったし、いつも三人だったから、男女の関係だったかというと、そういう自覚はなかったがな……。だが、婚約者だったことは間違いない。卑怯な手で婚約者を目の前で殺されたんだ。仇討ちをするのが当たり前だろう?」
「ああ……そうだな」
「だから言っておく。あいつはあたしがこの手で殺す。充分に命乞いをさせてからだ」
ミストはまっすぐに、アイシスたちが泊まっている宿の方を見つめて言った。大通りの先のそちらの方向は、夕日がまだ高い位置でさんさんと輝いていた。日没までにはまだ時間がある。
「……命乞いなんか、するのかな」
「なんだと?」
俺は、兼ねてからの疑問を口にした。
「賞金首のくせに、座長だなんてこんな目立つことしてさ。手配書の隣に貼り紙したり……。あいつ、死に場所を探してるんじゃないかな。そんな気がしたんだ」
「……」
「だから俺はあいつに切腹するよう提案した。その時のあいつの顔、確かにちょっと乗り気だったように感じたんだ」
賞金首は常に死と隣り合わせにある。『生け捕りに限る』とは言え、やったことを考えれば裁判にかけても縛り首は間違い無いだろう。
だったらなぜわざわざ目立つような仕事を選ぶ? もっとひっそり暮らすこともできるんじゃないだろうか。
もっとも、開拓村の男が言っていたように、堂々としすぎて賞金首とは思われない、と言うことなのかもしれない。事実、昨夜押しかけてきたアープとか言う保安官は何も言わなかった。
「そういえば昨日、初めて会った時も言ってたよな。フォックスグローブって」
「あっ……」
昨日、踏み台を作っているミストが俺の顔を見た時、確かにそう言っていた。『フォックスグローブ』と。
その時はなんのことだかわからなかったが、そうか。婚約者の名前だったのか。
「なんで俺をフォックスグローブだと思ったんだ?」
「……似ているんだよ。昔のフォックスグローブに」
ミストは荷車に乗せた板を縛りながら言った。
「おまえ、歳は幾つだ?」
「十七になったばかりだ」
「わたしは三年前は十五歳だった。その頃のフォックスグローブがいまのおまえと同い年だ。いつの間にか、追い抜いてしまったな……」
俺は黙って紐を引きながら、ミストの言葉を聞く。
「おまえを見た時、フォックスグローブが生き返ったのだとおもった。だがよく見たら全然違ったよ。人種も言葉も違うし、なにより……」
そこで、ミストははじめてにこりと笑った。
「おまえのほうが弱そうだ」
「……一言余計だぞ」
「気にするな。さあ、木材はこれで全部だな。積んだら木材店に返しに行く」
「えっ、これ次の街へ持っていくわけじゃないのか?」
「積める荷物には限りがあるからな。こうやってその都度、薪にする木を木材店から借りて使うんだ」
「ふうん……」
「もちろん、薪割りをすることで値段を引いてもらってる。おまえもやるんだぞ」