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第4話 西部に賭ける女

「今日は早速あなたにもショウに出てもらうわ」

 翌朝、言われたとおり町外れのテントに行くと、アイシスに突然そう言われた。

「俺、人に見せて金になるような特技なんか持ちあわせてないぜ」

「なあに、別に難しいことを頼むつもりはないわ。立ってるだけでいいのよ」

「あたしの手伝いだよ。二日目の演目を手伝ってくれればいい」

 ミストが横から割り込んできた。

「的をな」


 数時間後、俺はショウの中心に文字通り立っていた。

「さて、スイカに深々とささったこのインディアン・カード投げの威力はご覧のとおり。ではコントロールの方はどうなんでしょう」

 アイシスが口上を述べ、ミストがカードの束を両手でもてあそぶ。

「こちらにお手伝いに出てきてくれたのは、海を越えてやってきたサムライボーイ」

 俺は商人だ。侍じゃない。

 アメリカ人にはそんなことどうでもいいのだろうけど。

「彼が口にくわえたバナナはさっきのスイカの半分もありません。さて、インディアンは見事サムライボーイに当たらないようにバナナを両断できるでしょうか」

 俺はただ立たされていただけではない。皮を半分まで剥いたバナナの、下の方をくわえさせられている。その上、それを受け止めるためのボウルを持たされている。

 俺の口からバナナが生えているような間抜けな絵面だ。正直、長時間は苦しい。

 それよりもまた恐ろしいのは、ミストの持っているカードだ。ポーカーなど様々な遊び方ができる五十二枚組のカードなのだが、そのうち四枚がすでに、近くに置かれたスイカに深々と刺さっていた。

 そのカードが飛んできて、俺の顔に当たったらどうなることだろう。そりゃもう、ヒゲが綺麗に剃れるどころの騒ぎじゃない。

「バナナの輪切りができたら拍手をお願いします!」

 そしてアイシスはギターを構え、例のギター・ドラムロールを鳴らし始めた。

 絶対に動くなと俺は言われているが、気が気じゃない。避けようとすれば余計危険だし、目を閉じてもいけないらしい。そうすると体が揺れてやはり危険なのだそうだ。

 ドラムロールが止まった。瞬間、俺の目の前を、ひゅんという音を立ててカードが横切った。

 手に持ったボウルにバナナの切れ端が落ちる。それでも俺はくわえたバナナのしっぽを離さなかったのだから褒めて欲しい。

 観客から拍手があがった。昨日のインディアンショウほどじゃないが。

 おいおい……俺、命張ってるんだぞ。

 ミストが俺の方までよってきて、バナナのしっぽをもぎ取り、高く掲げる。拍手がまた湧き上がる。

 これで俺の大きな仕事がひとつ終わった。あとは雑用が続くだけだ。

「ありがとうございます。大きな拍手ありがとうございます。勇敢なサムライボーイにも拍手を」

 俺はひきつった笑みを浮かべて手を振り、テントに戻る。

「大役だったね」

 シャインがニヤニヤ笑いながら声をかけてきた。

「ただ立ってればいいからな」

 俺はにこりともせず答える。

「さあ、次はお待ちかね、ガンスリンガー・ガールによる射撃ショウを御覧いただきましょう」

「はーい! みんな、おまたせしました! アロマです! 昨日来てくれたひともいるかな? 今日はまた違うことやるよー」

 そんなアロマの口上を尻目に、俺は瓶に水を入れる。弾丸の貫通防止のためだ。水があまり潤沢ではない街では砂を入れるが、水の方が見た目にも派手で喜ばれる。

 昨日アロマがやった目隠し早撃ちは確かに正確だった。的になる瓶の位置を覚えてから目隠しをし、タタタタタタンの六連射。割れる瓶も六本。正確なだけではなく早さも一流だった。

 音からしてタタタタタタンである。引き金を引くだけで撃てるダブルアクション・リボルバーだから出来る芸当だろう。スプリングも軽くしてあるのかもしれない。

 それだけではない。クライマックスには目隠しはしないものの、四丁の拳銃でタタタタタタンタタタタタタン。両手の二十四連射を二秒で全部撃ち切るのだ。分厚い木の板に弾痕の縦線が二本走る。

 今日やるのはガン・ジャグリング。俺は指示通り、水入り瓶を五本並べた。

「みんな、ジャグリングって知ってる? 普通はボールやバトンでやるんだけどね」

 アロマが両手で銃を引きぬいた。

「今回はこれ、コルト社が満を持して発売した38口径ダブルアクション拳銃、コルト・ライトニングを使ってやります。ライトニングはこの街ではグラント銃砲店とネルソン狩猟店で扱ってますから、是非買ってあげてね」

 いまアロマが言った店は、ここで宣伝することでショウにいくらかお金をくれる契約になっている。英語ではスポンサーというらしい。

 アロマは二丁のライトニングを空中に放り投げる。目の高さくらいまで飛んだそれらをもう片方の手で受け止めて、それを繰り返す。右回り、左回り、交差。素早く回すと独特のリズムもあいまって、まるで複雑な機械の中身を覗いているような不思議な気分になってくる。

「これでキャッチしたとき暴発しないのか、ってみんな思うよね」

 リボルバーはその仕組の都合上、撃鉄がちょっとひっかかると暴発することがある。ダブルアクションで、しかもスプリングを弱めてあるアロマのライトニングなら尚更危険だ。

 だからアメリカでリボルバーを腰にぶら下げた連中は、普段は撃鉄に触れている弾丸をひとつ抜いて置くことが多い。

「大丈夫、めったに暴発しないから。増えますよっと」

 腰のホルスターに手をやって三丁目の銃を引きぬいた。銃三丁に対して手は二つ。つまり一丁は常に空中に浮かんでなければならない。

「つまりたまに暴発するってことなんだけどね」

 観客から若干不安そうな笑い声があがった。

「サクラメントにいた時、運悪く保安官に当たっちゃったんだ。その時は三日くらいブタ箱に放り込まれたけどね。もうあそこじゃ商売できないかな。はいまた増えます」

 四丁目の銃が空を舞う。

「おおっと、前のお客さん疑ってるね。どうせ弾丸抜きなんでしょうって顔してる」

 アロマはいたずらっぽく笑った。

「それじゃ証拠を見せようかっ!」

 銃の高さが徐々に上がる。身長の倍くらいの高さから降りてきた銃を、キャッチと同時に撃つ。タン! そしてホルスターへ収めると次の銃をキャッチ、タン! ホルスターへ。キャッチ、タン! しまう。キャッチ、タン! 最後の一丁は、右手の中でクルクルと回す。ひねりをくわえたり、足の下を通したりして、また投げてタン! クルクルともう一度回して、ホルスターへ。もちろん全弾、水入り瓶を割っている。

「はい、この通り! 暴発しなくてよかったって人は拍手ーっ!」

 両手を上げて、アロマは一礼した。割れんばかりの拍手と歓声、口笛が四方八方から聞こえてきた。

 冷静に考えればわかる。暴発するわけないのだ。

 シリンダーからは弾丸がちゃんと一発抜いてある。引き金を引けば、シリンダーが回転して弾丸の入ったところを撃鉄が叩く。

 いちいち撃鉄を起こさないダブルアクションだからこそ、ごまかせるテクニックだ。

「ありがとう、ありがとう! それじゃみんな、今日もショウのクライマックスは、人間ガトリングやるよー! 六発入りリボルバー四丁による、二秒間二十四連射!」

 アロマは弾丸を込め直しながら言った。

「弾丸代がかさんじゃうから、すごいと思ったらお代はずんでね」

 その間に俺とミストで的になる分厚い木の板を立てる。両面一回ずつ使って終わりという、ちょっともったいない板だ。

 板を置いて俺がテントに戻ろうとすると、ミストが俺を板の前に立たせ、ささやいた。

「動くな」

「えっ?」

 そこにアイシスが代わって声を張り上げる。

「今日は昨日よりはるかに危険でエキサイティングな人間ガトリングをご覧に入れましょう。さっきのカード投げのように、銃弾はサムライボーイをうまくよけてくれますでしょうか?」

「ちょっと待て、聞いてないぞ」

「言ってないわよ」

 抗議の声は一蹴された。

「いくらなんでも銃の的は無茶だろ!」

「でも、言っちゃったからお客さん、期待しちゃってるわよ」

 それを聞いた観客から拍手とヤジが起こる。くそ、いま拍手した奴ら覚えてろよ。

「いいから動くな」

 ミストが俺の肩を押さえつけた。ミストの体格は俺とほぼ同じくらいなので、振りほどけないことはないだろう。けれども、これ以上人前でみっともないところを見せられない。

 俺が大人しくなると、シャインがロープで俺を板ごとぐるぐる巻きにしていった。

 アロマが腰のあたりに手をぶら下げる。ええい、こうなったら覚悟を決めろ! アイシスのギター・ドラムロールがいっそう激しくかき鳴らされる。

 そこからの二秒は俺にとっては永遠にも等しかった。

 すべてがゆっくりに見える。

 ドラムロールが止まった。

 アロマの手がコルトを抜く。

 二丁の拳銃がまっすぐこっちを狙う。

 タタン! タタン! タタン! タタン! タタン! タタン!

 重なっているはずの音がバラバラに聞こえたような気がした。

 半球形の弾丸が十二発、並んで飛んでくるのが見えるような気がした。

 腰よりわずかに下のあたりから、少しずつ上に向けて着弾していく。

 ほとんど俺をかすめている。いや、当たっているかもしれない。

 アロマの手がホルスターへ戻り、同時に三、四丁目のコルトを抜いた。

 タタン! タタン!

 ショウ用に火薬量を減らしているとは言え、アロマの細腕は銃の反動を受け止め切れるのだろうか。

 タタン! タタン!

 下から上へ弾痕が流れているということは、つまり反動で跳ね上がってるということだ。

 タタン!

 反動に耐えられない腕で撃った弾丸は、果たしてどの程度正確なのだろうか。

 タタン!

 最後の二発が俺の両耳のあたりに着弾した。

 クルクルクルクル、アロマが両手で銃を回して、ホルスターへ戻す。

「はい拍手ーっ!」

 アロマが両手を上げると同時に、俺の体内時計も元通りの流れに追いついた。

 俺を縛るロープは銃弾によって千切れ飛んでいる。腰が抜けた俺は、へなへなとその場に座り込んでしまった。

 っと、勘違いした観客が悲鳴を上げている。

「い、生きてまーす。腰が抜けただけでーす」

 俺は精一杯明るい声で、アピールした。

 ミストが俺を担いでテントへ戻してくれる。

「こんなことができるのもあたしの腕だけじゃなくって、ダブルアクションのコルト・ライトニングならでは! 欲しい人はグラント銃砲店かネルソン狩猟店へどうぞ! ショウを見たと言えばおまけ付き!」

 テントの外では、アロマがまたしても宣伝を繰り返していた。ショウを見たと言うお客さんがお店へいけば、そのぶん広告料も色がつく。

「ありがとうございます! ありがとうございます! 本日のスプリングス・スペシャル・ショウ、これにてお開きでございます! ですがその前に…… いま的になりましたこの板。御覧ください!」

 締めの挨拶をすると思いきや、アイシスが板に観客の注目を集めた。

「昨日と今日、弾丸を受け止めて一発も貫通しなかったこの板! そして今日は手前の人間に一発も当たらないという奇跡! なんとなんと、じつは弾丸除けのおまじないがかかっているんです!」

 ミストがすっと外へ出て、片手を上げた。

「ハオ、白人。今日はショウを見てくれた、ありがとう」

 そして派手な飾りのついた杖で板をつつく。

「ワタシの部族、シャーマンいる。精霊、弾丸弾く。インディアン、弾丸じゃ死なない。この板、精霊宿ってる、弾丸弾く」

「おわかりいただけましたでしょうか! この板はそもそもテーブルやドアなどにも使われる頑丈なオーク材を分厚く切り出しています。そのまま切り出して防弾ドアを作るもよし、テーブルにして家内安全を願うもよし。もし加工するならブルックス木材店が持ち込み加工を受け付けております。さて、このインディアンの弾丸除け木材。只今よりオークションを開始します!」

 早速、観客の中からただの板につける値段とは思えない金額が提示されてゆく。あっという間にその金額はかなり跳ね上がっていった。

 最終的に落札したのは、裕福そうに太った老夫婦だった。板のそのものの金額だけじゃなく、これから加工費用も払うだろうに。まったく金持ちはどこにでもいるもんだ。

「なるほどな、こうやって稼いでるわけか」

「観覧代だけでも僕達が食べてくだけなら困らないんだけどね。なにせ実費だけじゃなく練習に使う弾丸や的代だってかかるし、旅費も必要だからね」

 テントに残っていたシャインが説明してくれた。確かにこのあと観覧代を要求すれば、かなりの金額が集まる。俺も昨日、少なくないと思う金額をはずんだ。

「それでは改めましてわがショウが誇る団員を紹介します」

「おっと、カーテンコールだ。行こう」

 ようやく立ち直った俺は、アロマに手を引かれて飛び出した。

「ステージ向かって右から順に、インディアンのトワイライトミスト!」

「ありがとう、白人」

「ガンスリンガー・ガール、アロマ」

「昨日と今日はみんなありがとう!」

「ライフルならお任せ、シャイン・ストーン」

「みなさん、ありがとうございます。また来るとき、お会いしましょう」

「そして今日からショウに加わった新人、サムライボーイ。コーディ・ウジハラ」

「えっ、あ、はい。ありがとうございます」

 俺はみんなに倣って礼をした。

「さて、ここからは生々しいお話。今日のショウが面白かったと思った方は、私たちのこれからの活動のため、観覧料を頂きたく存じます。金額はお気持ちで結構。是非、私たちに『またこの街に来たい』と思わせてください!」

 観客から盛大な拍手が起こった。

 シャインとアロマが空っぽの酒樽を転がしてきている。この中にお金を入れてくれと言うことだ。

 観客がロープで仕切られた舞台の中に入ってくる。シャインやアロマ、ミストにも話しかけながら、樽に紙幣やコインが投げ込まれていった。

「ナイスガッツだぜ、サムライボーイ!」

「アメリカはいいところでしょう?」

 俺も様々な人達に話しかけられて、決して悪い気分ではなかった。

 ああ、これが――ショウなのか。

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