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第3話 善玉、悪玉、偏愛狂

 話は冒頭に戻る。

 俺はベッドに横たわっている座長を撃ち殺した。

 そこでようやく思い出す。そういえばこいつは、『生け捕りに限る(ALIVE ONLY)』賞金首だったな。

 けれどももう関係ない。殺してしまったのだ。

 それに向き合った瞬間、どっと汗が出てきた。そうだ、俺は人を殺してしまったのだ。

 呼吸が荒くなる。この後どうなるのだろうか。俺はお尋ね者だろうか。

 それにもし、この座長があの軍曹と別人だったらどうなる?

 昼間、ショウで笑顔を振りまき、村人からも笑顔で迎えられたこいつをみて、俺は自然と顔をほころばせた。それは本当にあの皆殺し軍曹だったのだろうか?

 ……いまさら遅い。

 俺は改めて顔を拝もうと、布団に手をかけた。

 すると、撃鉄が起きる音が四方から聞こえた。

「そのまま動くな、銃を下に落として両手を上げろ」

 俺は振り向かなかったが、声でわかる。トワイライトミスト――昼間のインディアンが、流暢な英語でそう言ってきた。

 言うとおりにするしかない。仇を打ってすぐ死ぬんじゃあ、三文芝居にもなりゃしない。

「夜這いにしては、早漏すぎるんじゃないかな? 顔も見ないで撃つなんて」

 シャイン――レモネードの女が皮肉げな言葉をかけてくる。俺が落とした銃をすぐに軽く蹴飛ばして部屋の隅へ追いやると、俺の腰からガンベルトを外した。

「無防備な人間を、迷わないで撃てるっていうのは、尊敬に価するけどね」

 曲打ちの少女が二丁の銃をこちらに向けているのがわかった。だから、人数三に対して撃鉄の音が四。いや、五つ聞こえた。もう一人いるのか?

「ショウが終わってからずっとわたしのこと、ギラギラした目で見てたでしょう? 用心するに越したことはないと思ってたけど…… 思ったより勇気あるのね」

 そして四人目の声を聞いて、俺は愕然とした。思わず振り返る。

「動くなと言っただろう!」

「まあまあ。彼だって自分が殺した女の顔くらい、見たいでしょう?」

 スミス・アンド・ウエッソンの中折れ式拳銃を持ったミストの隣に立っていたのは、レミントンの旧式拳銃を持ったカナリー軍曹本人だった。

「狐につままれたような顔をしてるわね。自分が何を撃ったのか確認してみる?」

 カナリー軍曹は、つかつかと俺の横に歩み寄ってくると、自分が寝ているはずの布団をめくり上げた。

「――毛布!?」

 そこには丸めた毛布が詰め込まれていた。

「宿屋に弁償しなきゃねえ」

 そんな、それじゃあ俺は……負けたのか。

 俺が愕然としていると、階下が急に騒がしくなり、階段を駆け上がってくる音が聞こえて来た。そしてそれはすぐこの部屋に飛び込んできた。

「全員動くな、保安官だ」

 その保安官は冗談のように銃身が長いシングル・アクション・アーミーを持っていた。

「銃声が聞こえたが、何人死んだ? 誰が殺した?」

「誰も死んでないわ。ごめんなさいね、中国人から買った花火が爆発しちゃったのよ」

 全員があっという間に銃を隠し、何くわぬ顔でカナリー軍曹がそう答える。

「……本当か?」

「ええ、本当」

 保安官、気づいてくれ。こいつは指名手配犯のジェーン・カナリー軍曹だ。

「ならいいが、このワイアット・アープはよその保安官のように甘くはないぞ。何か起こせばすぐブタ箱にぶち込んでやるから覚えておけ」

 残念ながら、俺の念はアープ保安官には届かなかったようだ。保安官はさっさと立ち去ってしまった。

「さて……ミスト、まずは彼を縛ってくれるかしら?」

「わかった」

 トワイライトミストは銃を下ろすと、荷物の中からロープを取り出して俺をグルグル巻きにする。

「悪いがアイシスを殺させる訳にはいかないんだ」

「おまえ、本当は英語ペラペラなんだな」

「インディアンが英語を喋れないと思うのは白人の偏見だ。だが、その方がショウでは受けがいい」

「それはおまえが守るべき、カナリー軍曹、いや、アイシスの入れ知恵か?」

 そう軽口を叩くと、トワイライトミストは俺を軽くこづいた。

「あたしはアイシスを守りたいわけじゃない。あいつを殺すのは、このあたしの手でなきゃならないんだよ」

「えっ……?」

「違うよ、ミスト」

 俺が口を挟む前に、銃を向けたままの曲撃ち少女が割り込んできた。

「アイシスは『生け捕りに限る(ALIVE ONLY)』んだから、生かしてサンフランシスコまで連れて行かなきゃ賞金がもらえないんだよ」

「アロマ。何度も言わせるな。アイシスはあたしが殺す」

「いーや、あたしが賞金を貰うんだい」

 二人が一見低レベルで物騒な言い争いを始めてしまったので、俺は転がされたままアイシスに尋ねた。

「なあ、あれってどういうことなんだ?」

「簡単な話よ。ミストは自分の手でわたしを殺したい。アロマはわたしの首にかかった賞金を狙っているからそれを阻止したい。つまりどっちも何らかの形でわたしが死ぬことを望んでる。だけどその方法は矛盾してるから、二人の願いは同時には叶えられないの」

 アイシスはそこで、紙巻タバコを作り始めた。

「だから二人は、お互い抜け駆けしないようにしつつ、わたしの首を狙ってるわけ」

「複雑な人間関係なんだな……」

 三人のうち二人にまで命を狙われて、その上、俺みたいなのが来て……仇ながら同情する。

「あんたもこいつの命が目的なのか?」

 俺は最後に残った一人、レモネードのシャインに聞いた

「僕はそうは思ってない。アイシスと一緒に死にたいだけだ」

「え……」

 予想外の答えに俺は絶句する。

「確かに僕はアイシスを殺したいほど愛している。だから、アイシスが死ぬときは、僕が殺して僕も死ぬ。そうじゃなきゃならないんだ」

 恍惚とした目で、シャインはそう力説した。

「ま、つまり三人ともわたしの命が狙いってわけ」

 言ってアイシスは壁でマッチを擦り、タバコに火をつける。

「名前は?」

「光次郎、コウジロウ・ウジハラだ」

「長いわ。コーディでいいわね」

「それでいい」

「で、コーディ坊や。あんたはどうしてわたしの命が欲しいの? いきなり撃ったんだから、アロマみたいに賞金が目当てってわけじゃなさそうね」

「今から一年前。俺の親父を殺したのを覚えているか?」

「忘れたわ。軍人やってると、いちいち誰を殺したかなんて覚えてられないのよ」

 アイシスは口から煙を吐き出した。

「覚えていたら、それこそ罪の意識で潰れちゃうから」

「だったら、自分が軍隊で最後にやったことくらい覚えているだろう」

 俺は転がされたまま、声をはりあげた。あの日のことがまだまぶたに焼き付いている。

「過激派のおまえたちが、貿易条約を改正しようとやってきた、日本の船を皆殺しにしたことを!」

 ぽとり、アイシスの口からタバコが落ちた。慌ててアイシスはそれを拾い上げる。

「……覚えているわ」

「あの時おまえが殺した日本人の一人が、俺の親父だったんだ! おまえが直接手を下したわけじゃなくても、俺の親父はおまえの作戦で、おまえの軍隊に殺されたんだ!」

「…………」

 アイシスは拾ったタバコにもう一度火をつけると、ゆっくりと煙を吸い込み、吐き出して、言った。

「で?」

「で? って…… だから俺はおまえを殺そうと……」

「殺して満足なの? じゃ、いいわ。殺して」

 アイシスが俺の前に俺の銃を差し出す。それに伴って、誰かが縄をほどいてくれた。

 だが、俺は素直にその銃を拾うことができない。何がなんだかわからなかった。

「殺せないの?」

 そう言ってアイシスは再び紫煙をくゆらせる。

「あなたはわたしにどうして欲しいの? 謝罪? それとも死?」

 俺がアイシスにどうして欲しいか。

 そんなこと、真剣に考えていなかった。

 なんとなく父の仇だから。なんとなく賞金があるから。なんとなく、座長としてちやほやされているのが気に食わなかったから……。

 俺は部屋に居る女たちの顔を順に見た。トワイライトミスト、アロマ、シャイン、そしてアイシス。

 自分の手でアイシスを殺したい女、アイシスを生け捕りにしたい少女、アイシスと共に死にたい女。そして俺は……俺はどうしたいんだ?

「謝罪が欲しいならするわ。ごめんなさい。死ねというならそれは今はまだ無理」

 よく見れば、アイシスは片手に銃を隠し持っていた。

 危ないところだった、俺が銃を手に取れば、殺されていた。

「罪を償うって、大変なことなのよ。償わせる方もそうでしょう?」

 罪を、償わせる……そうか、それだ。

 それは死ぬだけでは足りないし、謝るだけでも足りない。

「そうだ、切腹だ」

 俺は急に思いついて、日本語で言った。

「セックス? 身体で払えっていうの?」

「違う。日本語だ。俺はおまえに、切腹をしてもらう。日本人の誇りある死に方だ。不始末をした時に、腹を切って自殺する」

「へえ」

 アイシスは興味深そうに話に乗ってきた。

「俺はおまえが自分の罪を認め、俺の親父に謝りながら自害するのを見届ける。だからその時まで、こいつらからおまえを守る」

「へえ、面白いじゃないコーディ。セップクねえ。その気になるまで待てるなら、いいわよ」

「アイシス!」

 ミストがアイシスをたしなめるように怒鳴った。

「いいじゃない。みんながみんなわたしの命を狙っている。こんな楽しそうなこと、ないわよ。ミスト、縄をほどいてあげて。銃も返してあげて」

「……後悔するぞ」

 束縛から自由になった俺は、アイシスを睨みつけた。

「白人は嘘をつく。インディアンは嘘をつかない。日本人はどうなの?」

「約束は守る」

「それなら、交渉成立ね。あなたはこれからわたしのショウの一員よ。いつかわたしに、わたしの罪を認めさせるその日までね」

 そうして、アイシスはタバコをぎゅっともみ消し、俺に手を差し出した。

「握手よ。交渉が成立したら握手をするのがアメリカのやり方」

 俺はその手を握り返す。華奢な女性の手には似合わない、銃を持ちなれたたこが出来ていた。

「あんたたちもそれでいいわね?」

「いい。どっちにせよおまえを殺すのはあたしだ」

「だからー。生け捕りにして賞金をもらうのはあたしだって」

「僕はアイシスがそれでいいなら賛成」

 他の三人も三者三様に賛成する。

「表向きの名前は、アイシス・スプリング。肩書きは座長。よろしくね」

「あたしは黄昏の霧(トワイライトミスト)。ミストでいい」

「アロマって呼んで。賞金稼ぎ(バウンティハンター)だったけど今はここで曲撃ちやってるの。昼間のショウ、見てくれたよね」

「僕はシャイン・ストーン。よろしく」

「ああ、よろしく」

 俺はまず手近なところにいたシャインに握手を求めて手を差し出した。

 その瞬間、シャインはびくりと体をひきつらせて、アイシスの後ろに隠れてしまった。

「す、すまない。実は僕、男性恐怖症で……昼間は我慢できるんだけど、暗くなるとどうしても怖くってさ……。レモネードをあげたときも、さっきガンベルト外したときも、本当はすっごいドキドキしてたんだ」

「あ、ああ……それで」

 それであんたは男っぽい格好をした同性愛者なんだな。いや、それとも逆か。

「気を悪くしたらごめん」

「ああ、いや。うん。それくらいのほうがいい」

 俺は言った。

「俺たちは同じ女を狙ったライバルなんだからな」

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