第10話 トゥムストンの決闘
ミストは一足先に墓場で待っていた。
アイシスの護送馬車がこの街を発つのは正午。ミストが手紙でジャックを呼び出したのも正午。
ミストはジャックの考えを読んでいた。護送馬車はおそらく囮だろうと。
来るかどうかはほとんど賭けに近かった。
だが、ミストは確信していた。ジャックの言葉を聞き逃していないからだ。
「ふざけるな賞金首! 『生死を問わず』なら誰かが貴様を殺してくれたかもしれんのに! 何が『生け捕りに限る』だ!」
ジャックがそういうからには、できればアイシスを裁判にかけたくはないのだろう。
それに、ミストはジャックに唇を奪われたことについても責任を取らせるつもりだ。
ざっ……
砂利を踏む音が聞こえた。
足音は二人分。アイシスを連れたジャックだ。
「トワイライトミスト! 俺だ。出てこい」
ミストは墓守小屋の陰から様子を伺った。
縛られたアイシスを盾にするようにして、ジャックが来ている。
両手がふさがっているアイシスに、火のついたタバコをくわえさせているのはせめてもの情けなのだろうか。
「少し早いんじゃないか?」
ミストは懐中時計を見ながら答えた。正午までにはまだ十分ほどある。
「おまえこそ。どれだけ前からそこにいたんだ?」
「どうでもいい」
「会いたかったぜ、トワイライトミスト」
「あたしは会いたくはなかった。と言うよりおまえのことなど覚えていなかったぞ」
「は! 強がりを」
真実なのだろう。ミストが追っていた仇討ちの相手は当然アイシス。決してジャックではない。
だからジャックのことなど覚えてないというのもうなずける。
「だが、思い出せば思い出すほど、おまえのことが不快になる」
「かっは! 嬉しいねえ、嬉しいよ。おまえの脳みその隅に入り込めたんだからよお」
ジャックは嬉しそうに笑った。
「わけのわからないことを言うな、バーミリオンスパロウ。重ねて聞くが、フォックスグローブを殺したのはおまえなんだな?」
「ああ、そうだ。白人の軍についた俺は、堂々とフォックスグローブを殺す名目ができたからな。戦場で出会った敵同士なら殺されても恨まない。それがラクヨウの掟だろう?」
ジャックは愉快そうな、ミストにとっては不快な笑いを絶やさない。
「もっとも部族を抜けた俺には関係のないことだがな!」
「なぜだ? なぜフォックスグローブをそこまでして殺したかったんだ?」
「言っただろう、敵だから――」
「いいや違う。おまえはフォックスグローブを殺すために白人の軍についた。そう言ったじゃないか」
「そんなことを言ったか?」
ジャックはとぼけてみせたが、すぐに答えを変えた。
「まあ、おまえがそう言うなら、俺はそう言ったんだろうな。実際に俺は、ラクヨウにいたころから、フォックスグローブを殺したくてたまらなかったからなあ」
「フォックスグローブがおまえに何をしたというんだ」
「おまえの婚約者だったからだよ、トワイライトミスト」
「なんだと?」
ミストは、薄々気づいていたかのように言った。
「あたしとフォックスグローブは、酋長が決めた婚約者だった。だが、それがバーミリオンスパロウに何の関係があるというのだ」
「俺とおまえとフォックスグローブは、小さい頃からいつも三人一緒に遊んでたっけなあ。覚えているか? シャーマンのパイプを盗んでこっそりタバコを吸ったことを」
「覚えている。煙で三日間近く呼吸が苦しくなったばかりか、こっぴどく叱られたからな。おかげであたしはいまでもタバコが嫌いだ」
「だとよ」
ジャックはアイシスがくわえていたタバコをつまみ、踏み消した。
「他にも自分たちで材料を集めてティピーを作ったこともあった。風で吹き飛ばされてこれも大目玉だったな。それからあれだ、酋長の犬が――」
「昔話をしに呼んだわけじゃない」
ミストは強い口調で、バーミリオンスパロウの言葉を止めた。
「いいや思い出せよ。必要なことだ。俺たちはいつも三人だった。……だがどうだ。おまえとフォックスグローブはこどもの頃から婚約者扱いだ」
バーミリオンスパロウはなおも続ける。
「儀式があるときゃいつもおまえらはカップルで扱われ、俺は一人ぼっちだ。大人になってもそりゃ変わらん。おまえの胸が腫れ上がってきたころ、俺はフォックスグローブがその胸をどう扱ってるか想像しながら一人で寝ていたんだ!」
「勘違いするな。あたしとフォックスグローブはまだ清潔なままだった」
「まだ、じゃねえ。もうできねえんだ」
ジャックは言った。
「おまえの成人式を控えた夜。フォックスグローブから、おまえたちが何もしてないと知らされたときは俺は嬉しかったね。俺にもチャンスはあるってことを知ったからだ。おまえ、あの時までにフォックスグローブとキスはしたのか?」
「……」
ミストは答えない。だが無言をもってそれは肯定されてしまう。
「そうだ。おまえはフォックスグローブとキスをしていない。そうだろう?」
「……だからなんだ」
「俺はおまえが欲しかっただけなんだ。だからあの夜おれは、おまえの寝床に忍び込んで、おまえの唇を奪ってやったんだ! おまえのファーストキスは俺が先に奪ってやった、だというのにフォックスグローブの奴は!」
それを聞いて、ミストは吐き出すように言い返した。
「ああ、思い出したよ。バーミリオンスパロウ。成人式の前の夜、おまえがあたしをレイプしようとしたことを」
「キスしただけじゃねえか。大げさだな」
「おまえはあたしにとって、友だちに過ぎなかったんだ」
ミストは、少し目を伏せる。かつての友だちの思い出をかみしめているのだ。
「フォックスグローブと同じくらいの友だちだった」
「は!」
ジャックはつばを吐き捨てた。
「おまえとフォックスグローブは、婚約者じゃねえか!」
「そんなもの酋長が決めたことでしかない!」
「だろうよ。だが、フォックスグローブはどう思ってたかわからねえな。あの夜、俺はあいつと殴りあって、部族を追い出されたんだからな」
「……それを逆恨みしてたとでもいうのか?」
だがジャックはそれには答えない。
「だんだん思い出してきたようだな、俺のことを」
「ああ、思い出してきた。おまえは逆恨みでフォックスグローブを殺したんだな?」
「それもそうだが、俺のもう一つの目的はおまえだ。おまえが欲しかっただけだ。だからフォックスグローブを殺したら、そのままおまえを連れて逃げる予定だったんだ! だが、それをこのクソアマが邪魔をしやがったんだ」
ジャックは横に連れていたアイシスを蹴り倒す。
「『なぜ見逃してくれた相手を撃った!』だと? 甘いこと抜かしてんじゃねえ! おまえのせいでおれはトワイライトミストを見失ったんだ!」
「バーミリオンスパロウ!」
ミストは鋭くジャックを睨み据えた。
「お、いいねえ。その目だ。だんだんそうやって、おまえの頭の中からフォックスグローブを追い出して、俺が侵入することになるんだぜ。嬉しいなあ、よう、嬉しいなあ!」
「死者のことはいつか忘れる。フォックスグローブは婚約者として心の片隅に残る」
ミストの手が腰にかかる。
「だがバーミリオンスパロウ! いまあたしの心を支配する憎しみは、おまえが死んだ時全て消え去る。おまえのことは心のなかに欠片も残さない!」
「ちっ……」
バーミリオンスパロウの右手が動く。
ミストは墓石の陰にしゃがみこんだ。
軽い音が響き、墓石の表面が弾丸で削られる。もしかすると名前が削られたかもしれない。誰か知らないがすまない。生きて帰ったらあとで直してやる。
「それなら頭が俺で一杯のまま死ね! 死ぬまで俺を思い続けろトワイライトミスト!」
バーミリオンスパロウが回りこんでミストを狙う。
墓石は小さすぎるから盾には向かない。ミストもスコフィールド銃を抜き、ジャックに向けて発砲。アイシスを足元に転がしたのがミストにとっては有利だった。
ミストは板塀の陰に飛び込む。分厚く大きい木の塀は、小さな墓石よりは頼りになる。
だが――ひときわ大きな発砲音が響き、ミストの真横に穴が空いた。
小さい複数の穴が開いている。アロマの獲物と同じ、ショットガンのようだ。
ミストは板塀の陰から覗き見る。ジャックが拳銃でこちらを狙っているのが見える。
だが、ショットガンを持っているようには見えない。おそらく、銃身を切り詰めた単発式のものをどこかに隠し持っていたのだろう。
ミストはジャックの位置から逆に逃げる。草むらをかき分けて森の中へと入っていった。
「逃げても無駄だぞ!」
銃声がミストを追う。いや、無駄ではない。もうショットガンを撃ってこないことがわかっただけでも違う。
ミストは木の陰に隠れて息を潜める。その近くを銃弾が凪いでいく。
「俺はおまえを愛しているからなあ、隠れていてもわかるんだ!」
五発目の銃弾が飛んできた。
ミストはここで考えた。リボルバーの弾丸はたいてい六発だ。なぜかは知らないがそう決まっている。
ジャックは腰に一丁しか銃を持っていない。一発撃たせれば弾丸切れだ。気になるのはショットガンだが、手元にあるようには見えない。
次を撃てば、もう一度弾丸を込めるか、どこかに隠しているショットガンを出さなければならない。そこに隙が生まれる。
「隠れても無駄だぜ、トワイライトミスト!」
最後の一発が、ジャックの手を離れた。
いまだ!
ミストは飛び出し、腕を真っ直ぐ伸ばしてスコフィールドで狙いをつけた。相手は弾丸切れだ。余裕を持っていい。
だが、その手に衝撃。
スコフィールドが弾かれ、後ろの木に当たって草むらに紛れ込む。
「えっ……」
「悪いな。俺のレ・マット・リボルバーは九連発なんだ」
ミストは知らなかった。レ・マット・リボルバーとは、小型ショットガンの銃身を軸に、大型のシリンダーをつけたフランス製の九連発銃だ。
「降伏しろ、そして俺の女になれ」
「誰が!」
「じゃあ死ね」
バーミリオンスパロウが銃を向けてきた。とっさにミストは草むらを転がって木の陰に飛び込む。
だが、そこに地面がないことを理解したのはその直後だった。
墓穴? 違う、これは……
ミストは真っ暗闇の中をあっという間に落ちていった。
「くそっ、なんだこの穴は」
「ここは鉱山の町だったらしいわね」
「それがどうした」
「この真下に鉱脈があったんじゃないの? そこと繋がっているとかだったりして」
「……くそっ……」
ジャックは銃を穴に向けて撃つ。反響音が耳に返ってくるが、ちょっとやそっとの深さではなさそうだ。
「だがどちらにせよこの深さじゃ助からんだろうな」




