雪かぶりのシンデレラ
今日は本当についていない。
何十年に一度の大雪、おかげでスーツもびしょ濡れ、雪が染みて足の感覚なんて一切ない。電車がまだ動いていたのが幸いだったけれど、ヒールが折れたせいでパンプスは使い物にならない。よって、私は身動きが取れずに帰ることが出来なくなってしまったのである。
「……最悪。」
口から溢れ出た言葉は、駅員のアナウンスにかき消される。誰にも届かない、誰も聞こうともしない言葉は行き場を失くしたまま自分の耳に戻ってくる。
就職氷河期なんて言われ始めてから数年経ち、景気が回復してきたなんて言うけれど、今時の就活生には微塵も感じられない。内定がもらえるのは高学歴の学生だけ、学歴フィルター、就活浪人…聞きたくもない言葉で溢れかえっている就職活動の現実を大人たちは知っているのだろうか。
「…の…あの……?」
「えっ…あ、はい!」
気がついたら隣に男性が居た。どうやらずっと話しかけていたようだが、まったく気がつかなかった。
「靴…壊れちゃったの?」
優しそうな声につい顔を上げる。少し明るい茶髪、年は私と変わらないか少し上くらい、その容姿には釣り合わないような落ち着いた雰囲気と優しげな声。
「ヒールが取れちゃって、雪が降ってきて外出られないし…電車乗らないと帰れないのにっ…就活とかっ…!」
張り詰めた糸が切れたように涙が溢れてくる。自分がなぜ泣いているかもわからないまま、ひたすら涙を流し、不安と恐怖と焦りとを吐き出し続ける。
「えっ、あっ、泣かないで。」
先ほどの落ち着いた雰囲気は嘘だったかのように慌てる男性。見ず知らずの人に良かれと思って声をかけて、目の前で流れたらそれは困るだろう。それでも、優しげな声は変わらない。
「少し歩ける?とりあえず暖かいところに行こう。」
「…はい。」
消えるような声で精一杯の返事をする。
「甘いの、平気?ココアが一番温まると思って。」
連れて来られたのは駅前の喫茶店。突然の雪で混雑している中、運よく席を見つけ、座らせてくれた。
「ありがとうございます…そして、すみませんでした。」
「大丈夫。俺も友達を待ってたんだけど、いつ来るかわからなかったし。来れるかもわからないけれど。」
そう言って男性は微笑む。
どうして見ず知らずの私にここまで出来るのだろう。かわいそう、だったのだろうか。雪の中スーツ着て、ヒールの折れたパンプスを履いて、途方に暮れる姿をしていればそれはもう惨めで、かわいそうに違いない。就職出来るかどうかもわからない今時の大学生。
そんなことを考えていると、優しい声が耳に入る。
「こんな雪の中、大変だったね。大学生?」
「大学3年生で…就活してます。」
「今の就活生って大変でしょ?」
そんな言葉は聞き飽きた。今、私が欲しいのはそんな言葉じゃない。
言葉なんて陳腐なものだ。言葉一つで私を理解するとか、言葉一つでもう会社との縁を切るとか…就活なんて全部簡単な言葉一つで運命が変わる。くだらない。くだらない。くだらない。
「…今はそんな話するべきじゃなかったね。
でも、俺は就活とかしないまま、決まった道をがむしゃらに進んで、気づいたら今の位置にいるんだ。多分、俺は今の仕事は向いてなかったんだと思うけど、俺だからできることを見つけたら楽しくなった。」
ずっと優しくて落ち着いた雰囲気を纏っていた男性の、ふと見せた寂しげな顔。
「俺も駄目な奴だったけど、なんとかなるもんだよ。端っこで目立たなくても、スポットライトを浴びていなくても、きみを見ている人は必ず居るし、その人にとってきみは輝いて見えるはずだから。」
そう言って再び、優しく微笑む。
「なんとかなる」って言葉は無責任で、本人じゃないから言える言葉で、嫌いだった。でも、この人の言う「なんとかなる」は無責任なんかじゃなくて、きっとなんとかしてきたんだと思う。そう感じる。
何より、この人は人混みの中から私を見つけてくれたじゃないか。
「おい、……!」
突然後ろから聞こえる、今度は違う男性の声。
「お、来た来た。」
「どうしてもって言うから来てやったんだぞ。あと、これ。」
「ありがと。悪かったね。」
後から来た男性が持ってきた袋を私に渡す。
「これ、サイズ合うかな?」
袋に入っていたのは黒いパンプス。
「え、これ…」
「こいつが黒い女物の靴買って来いって。なるほどね、そういうこと。」
「ふふ、お前なら俺のお願い聞いてくれると思ってた。とりあえず、履いてみて?」
促されるまま、靴に足を通す。サイズはぴったりだ。
「あの、お金払います!」
「いいよ、こいつからもらっておくから。」
そう言って微笑んだのは靴を持ってきてくれた男性。年は多分、二人とも同じくらいだろう。
「でもっ…」
「大丈夫だよ。あ、そろそろ人も落ち着いてきたし、駅に行こうか。」
駅に着くと人混みはさっきより落ち着いていた。電車もなんとか家に帰る電車は動いているため、帰れないことはない。
「気をつけて帰ってね。送ってあげられたらよかったんだけど…」
この人が寂しげに笑った顔を見るのは二度目だ。寂しげでも、彼は笑っている。優しく笑いかける。
「本当にありがとうございました。助けていただいて…あの、やっぱりお金、返します!」
「本当に気にしなくていいのに。じゃあ…」
彼は何か言っているが、駅員のアナウンスで聞こえない。
「…もう電車来るみたいだね。」
「待って、今なんて…」
今度は電車の音で私の声が掻き消される。
彼は変わらず微笑んでいる。そして私の背中を押す。
「またきみを見つけるから。大丈夫だよ。」
今まで通りの落ち着いた声、それでも満面の笑みを浮かべて彼は言う。
「次に会えたときに返してくれればいい。だから…また、ね。」
彼の言葉だけを残して、ドアは閉まった。
この電車の発車時刻は、0時ちょうど。
立て続けに降った雪も溶け、長かった冬も終わりを告げる。そして春が来て、私は大学を卒業した。就職活動も無事に終わり、4月からは社会人だ。
「全部、終わっちゃったな。」
卒業式も終わり、つい先ほど謝恩会も終わった。私の学生生活はすべて終わり、あとは社会人になるのを待つばかりである。
「…あっ!」
危うく転びそうになり、慌てて体勢を整える。どうやらヒールをひっかけてしまったようだ。片方の靴だけが転がっているのが見える。
拾おうと立ち上がった瞬間。
「どうぞ。」
上から声が降ってくる。
「…ありがとうございます。」
差し出された靴に足を通す。サイズはもちろん、長いこと履いて足に馴染んだ、私の足にぴったりの靴。
「…見つけてくれるんじゃなかったんですか?」
「ふふ、ちょっと時間がかかっちゃったかな。」
靴を拾った男性は少し照れたように笑う。落ち着いていて、優しげなこの微笑みを、私は知っている。
「歩ける?とりあえず、ココア飲みに行こうか。」
優しくて満面の笑みと、差し出された手。
0時まで、時間はまだたっぷりある。
この度は閲覧ありがとうございます。作者の夜野夢と申します。
初めての投稿作品で、至らない点ばかりかと思いますが閲覧ありがとうございました。
この作品は作者の実体験を基にしたフィクションです。就職活動を経験した私の経験を基に物語を作り、就活生に「頑張って!」という気持ちを伝えられたらいいなと思いました。
とはいえ、就活のアドバイスなどを入れたわけではなく、恋愛要素を入れたにも関わらず中途半端だったかもしれませんが…
努力や頑張りは絶対誰か見ていてくれるし、それを認めてくれる人がいるはずなので、諦めないで頑張ってほしいなって思います。
数ある小説の中で、少しでも興味を持っていただいたこと、閲覧してくださったこと、ここまで読んでいただいたことに心からお礼申し上げます。
夜野夢