60.晴海は決断する
今日は1月30日。
僕が男に戻る期限の日は2月10日。 あと1週間と少しでその日はきてしまうというのに僕はまだどうするか悩んでいる。
ただこの前に榎田先輩に相談し、アドバイスをもらえたことで男に戻った後の恐怖というか、心配事というかは無くなったけど…。
やはりそう簡単に決められるものではないか。いや別に簡単に決められるなんて思ってなかったけどさ。
「あーだりー」
只今僕は下校中、最寄の駅を出てマンションに向かっているところだ。
隣にはいつも通り悠斗がいる。
今帰っている途中なのに一体何がだりーんだろうか。
実は悠斗には僕が男に戻れそうなことやクローンのことなどちゃんと話していないのだ。だからもちろん相談もしていないわけだね。
「明日は休みなんだし今下校中じゃん。だから何がだりーわけ?」
「まあそーなんだけどさ…」
はっきりしないな。
まあ僕もそういうことはままあったりする。 例えば朝、学校に行こうと家を出た瞬間もう帰りたいってなったり……て、これは違うか。いや同じか?どっちだ?
ま、まああるわけよそういうのが。
「そうだ。今日習ったところでイマイチ理解できなかったところあるんだけどさ。ちょっと教えてくんね?」
悠斗が勉強を自分から教えてもらおうとするなんて珍しいこともあるもんだな。明日はきっと雨だろう。…天気予報は90%晴れだけど。
でも自分から学びたいという姿勢やよし。
「うん。別にいいよ」
「マジか!?助かる!」
***帰宅***
部屋の前まできて鍵をドアに差し込む。
そういえば誰かと一緒に部屋に入るのはすごい久しぶりだ。
そんなことを思いながらドアをガチャリと開ける。
「あれ?なんか暗い」
部屋の中は不自然なくらい暗かった。
学校に行くときや遊びに出かけるときなどはカーテンを開けて入ってるんだが全部閉まっている。 朝急いでいたせいで開け忘れたのかもしれない。そう思い何も思わないことにした。
えーっと勉強を教えるんだからリビングでいいか。テーブルあるし。
「早く早く!」
なぜか悠斗に急かされハイハイと頷きつつ、リビングのドアを開ける。
するとパンパンという音とともに何人かの声が聞こえた。
「誕生日おめでとー!!!」
は?
あまりの出来事すぎて頭の中が真っ白になってしまった。
誕生日?誰の?
リビングのドアを開けると同時に咲ちゃん、伶奈ちゃん、圭吾、そして能見さんがクラッカーを鳴らしたらしい。
「今日は1月30日!晴ちゃんの誕生日だって聞いてサプライズパーティーでーす!」
僕がポカンと口を開けていたせいか伶奈ちゃんが細かく説明してくれた。
そうか、今日は僕の誕生日だ。
毎年毎年、誰にも祝われないからすっかり忘れてた。
「天野先生に事情話したら是非って言ってくれて。ごめんね…。勝手に上がっちゃって…」
咲ちゃんが言うにはどうやらパーティーの計画を天野さんに話したところみんなをこの部屋に天野さんが招き入れ準備をした、ということか。
いや、そんなん全然構いませんって。
むしろここ数年こんなこと全然なくて僕には縁がないって思うどころか忘れてたんだよ? そこにこんなことされちゃ、感動どころじゃないよ。
「みんな、ありがとう…」
声が少し涙ぐんでいただろうか。
感動しすぎて泣くことなんてほんとにあるんだなと思い知らされる。
「悠斗もうまくこれでよかったな。俺がアイデア考えたんだぜ?」
「逆にお前はそれしか考えてなかったけどな」
どうやら悠斗が勉強を教えて欲しいと言ってきたのは悠斗もこの部屋に入ってパーティーに参加するためだったらしい。
なるほど、どうりで明日の天気は晴れの確率90%なわけだね。
「さあみんな!本日の主役が来たことだし誕生日パーティー始めましょ!」
「はい!」
能見さんが大きな声でそう言うと全員がはいと答え、僕の、相良晴海としての誕生日パーティーが始まった。
*********
パーティーがひと段落終えた頃、僕は能見さんとテーブルの上に並べられた食器などを片付けていた。
僕と能見さん以外みんな寝てしまっている。 無理に起こすのもなんか悪いし、このまま寝かせてあげておこう。 そだ、毛布持ってきてかけてあげないと風邪ひいちゃうね。
えっこらよっこらと毛布を持ってきて全員にかけたあと洗い物してる能見さんと目があった。
「あ、食器洗うの手伝いますよ」
「いいわよ。誕生日なんでしょ?」
そう言われても食器はかなりの量がある。
僕は無言で能見さんの隣に立って食器を洗い始めると能見さんもフッと笑って洗い物の続きを始めた。
静かな部屋に食器を洗うカチャカチャという音、時々流れる水の音だけが聞こえる。
しばしの間この音を楽し見ながら食器を洗っていると能見さんが話しかけてきた。
「みんな楽しんでたわね」
僕は無言ですこし笑いながら頷いて返事をした。
今までパーティーというのを経験してこなかったからまさかあんなに盛り上がるとは思わなかった。
「本心からあなたを想って行動してくれる友達がいるの。とても羨ましいわ」
能見さんの言葉に動かしていた僕の手は一瞬だけ止まったがまた洗うのを再開する。
そうだ。
みんな僕の誕生日だからって、こんなにいろいろ用意してくれてパーティーもきっと心から楽しんでくれて、僕は幸せ者なんだな。
そしてその友達が周りにいるのを僕は心地いいと思っている。 ……いや、そんなもんじゃない。
僕は今、この相良晴海でいる時間をほんとうに大好きなんだ。きっと相良海都の時よりも……。
僕は一旦洗い物から手を離し、能見さんに向き直った。
「能見さん。僕、決めました」
僕が能見さんに向き直り、話しかけると、能見さんも手を止めて僕の方を向いてくれた。
この女の体で、相良晴海として生活してきた時間はかけがえのないものだ。だから僕はこの時間を手放したくはない。
能見さんかどうするか聞かれた時から今までずっと悩んできた。
だけど今の僕に迷いはない。
答えを言うんだ。
「これからもずっと、相良晴海として生きていきます」