泗:タヌキと鼻唄
がらんとした一両列車は山の中を走っていく。
初夏で日暮れも遅いとはいえ、遊び過ぎた後は真っ暗だ。外の景色を楽しもうとしても、鏡になったようなガラスは背が低めで目つきの悪い高校生しか映してくれない。
そう、この容姿よ。
髪はなんか若干くせ毛でうねうねしている。襟足部分とかは短いからいいものの、前髪はうねうねの宝庫だ。
だからといって額がよく見えるくらい短くしようという気にもなれない。短くしたら多分中学生に見られるんだろう。
吊り目なのに大きくてくっきり二重な目もネックだ。
それらがすべて合わさって、女子などにかわいいとか(男の矜持なんて女子にはわからんか…)言われる面が出来上がる。
半分出かけになっているカッターシャツの裾をズボンから引き出し、俺は座席に腰を降ろした。
涼と俊の辻駅から俺の宮ノ下駅までは約10分かかる。小学校・中学校と俺は電車通だ。家のある集落が山の中にあるからしかたない。
一瞬音が途切れたような気がして、俺はこめかみにぐりぐりと指先をめり込ませた。いかん、眠ったら終わりだ。
そうだよ
やたらと子どもっぽい声が耳元で聞こえたような気がして、俺ははたと動きを止めた。
顔を上げて車内を見回すが、遠くの席でサラリーマンが腕を組んで爆睡しているだけだ。
これから隣街までの間の駅で、あんなサラリーマンが乗り降りしているのを見たことがない。
あの人はそもそも隣街まで行くつもりだったのだろうか? はたまたは俺の未来だろうか?
いかんいかん、とまたぼんやりしてきた頭を降る。多分もう5分は経ったはずだから、後半分頑張ろう。
ふと窓に目をやると、俺の頭上の網棚から何かが垂れ下がって揺れているのに気づいた。
身体を捻って見上げると、かなりデフォルトされた、雪ダルマのような形のつぶらな目のタヌキがフラフラしている。胴と同じくらいの大きさをした尻尾が、他の体よりやけに気分よく揺れている。
ふんふふっふふ〜ん
ふんふんふん
どこからか、誰かの鼻唄が聞こえてくるが、俺は無視してタヌキを見つめていた。ちょっとかわいいかもしれない。 さて、そうこうしているうちに宮ノ下駅に到着し、俺は電車を降りた。
機械はなくて駅員だけがいる改札口を抜けると、傾斜の上に段々に立ち並んだ古い民家が迎えてくれる。
その真ん中を突っ切るように、塀で仕切られた参道が山まで伸びる。
俺の住む集落は寺内町ならぬ社内町で、山の上に建った神社まで参道は続いている。社殿のすぐ横に備え付けられた家には祖父母が住んでいて、石段を降りきったところに俺とおばさんが住んでいる。
しかしこの参道が、疲れ切った今の俺には堪える。
朝遅刻しそうなときは自転車を坂で飛ばせばいいから便利だが、行きはよいよい帰りは辛いだ。
既に明かりが燈された灯籠の間を、俺は登山者みたいに登っていった。