参:モノクロの逢う魔が刻
「テストもやっと終わったわね」
俊の隣で、開放感たっぷりの笑みを浮かべながら涼が大きく伸びをした。その手には野球のバットが握られている。
今日もテスト自体は昼までに終わったが、その後昼休みを挟んで授業があった。
夕方には放課となったが、俊や涼、靭の地元方面への電車は少ないため、すぐには帰れない。
さらに今日は、涼が白球をかっ飛ばしたい気分になってしまったため、いつもながら気乗りしない靭も、彼にとっては途中の駅で一緒に降ろし、三人で市民グラウンドで野球をすることになってしまった。市民グラウンドと言っても柵に囲まれて誰かが終日利用を管理しているわけではないので、
勝手に入って勝手に遊んでいる。ダムの土手に造られているので周りに民家はなく、実にやりたい放題だ。
キャッチャーをやりながらうとうとしていた靭が、あの後無事に駅で降りられたかどうだか他の二人は心配だ。
「帰ったらメールしとこうかな」
苦笑しつつも心からの心配が胸の内の八割方を占める俊に、心配半分隣の街まで降り過ごしてしまう期待半分の涼が応える。
「ユギって携帯を携帯しないから電話とかで起こせないのよね」
靭は小学生のとき、涼と俊の通う学校へ転校してきた。頑張って友達を作ろうとはしない子で、大体輪に入らず独りで窓の外を眺めていた子。
他の子たちからすれば“変わってる”と、養護施設上がりだとか街から来ただとか問題児だったとか、親が仕入れて話した情報によって敬遠されていた。
しかしそれは、異母姉弟という涼と俊も同じだ。
彼らがたいてい他の子たちに受け入れられていたのは、二人のキャラクターのお陰だ。涼は行動力と明るさとちょっとマセていることで常に女子の中心だったし、俊も快活さと運動神経のよさで人気だった。
だが、それが一度壊されたことがある。男子の中でもガタイが良く、力が強かった子がある女子と喧嘩になったとき、間に立った涼がその言葉を投げ付けられたのだ。
『お前なんか弟と付き合ってるくせに。頭おかしいだろ!』
頭がおかしいのはどちらか、と言い返す言葉はたくさんあっただろう。しかし涼は冷や水を顔に浴びせ掛けられたような顔になって、その場を取り繕う一切のことが頭から抜け落ちた。
涼もそうだが、その場に居合わせてしまった俊も固まっていた。
ほら見ろ、というように勢いを立て直したその男子は囃し立てたが、他はタブーを侵した人間が出たことに戦くかのように呆然としていた。
その男子も空気の危うさを徐々に感じとっていったらしい。一人ダメージのない子を教室の隅に見つけて、縋るように近づいていった。
『なあ高野、姉弟で付き合ってんの、どう思う? おかしいよな?』
やっと気を取り戻した涼が、顔に朱を昇らせた。
それまで窓の外を見ながら魂が抜けたような顔をしていた少年は、興味のないものを見るような目でその男子を横目で見、視線を涼と俊に移してポソリと零した。
『いいよな、同い年の兄弟って。便利だし。俺は俺がもう一人欲しいけど』
その空気を読まない発言に、涼の硬く握られた拳からふと力が抜ける。
自分自身の硬直や特定の人間に対する怒りからも解放されると、他の子たちの存在が途端に浮かび上がり、いたたまれなくなって涼は教室を飛び出した。
校舎の裏にもたれ掛かってふて腐れていた涼を捜しに来たのは、なぜか靭を伴った俊だった。
『涼、ごめん。俺びっくりして何も言えなかった』
涼と比べると気弱な俊は目に涙を溜めていた。その後ろで靭が俊に掴まれた腕を戸惑ったまま見つめている。
そんな俊も靭もかわいく思えて、涼は息をつく。
『俊は気にしなくていいよ。靭君もありがとう』
涼は心から思ったことを言っただけだったが、礼を言われた靭は眉をひそめた。
『何で? 別に俺はいつもそう考えてるから言っただけだし…』
ぼそぼそと呟かれた言葉は素っ気ないのに、身体の中を冷たい風が通り過ぎたような気分になって、涼と俊は顔を見合わせた。
靭の境遇は他の子と比べて特殊で、なかなか彼をわかってくれる友達に巡り逢えないのかもしれない。“自分がもう一人欲しい”という裏に、二人は靭の大いなる孤独を感じ取った。
それからは、三人でいることが多くなった。
二人だとまた変な噂が立つから、ということも始めのうちはあったかもしれない。
でも今は違う。元々涼と俊は誰とでもつるむし、靭は誰ともつるまない。そんなバラバラな同士が一番仲が良いというのは、傍目から見て不思議だったろう。
靭の不器用さを理解した周囲が靭と触れ合うようになっても、その関係は変わらない。
高校も三人が三人とも自分自身で他の二人と同じところを望んで受けた。
図らずとも進学校を選び、特に靭には英語の勉強を励ませることになってしまったが。
そう。その手伝いにどれだけ時間割くことになろうとも、二人は靭と同じ学校を、と希望したのだ。
――たとえ“命令”がなかろうとも。
はたと俊の足が止まり、訝しく思いつつ涼も足を止め、俊の視線の先に目を向けた。
夕日も沈み終えた赤黒い空の下、数十メートル先の道路の真ん中に佇むのは蜃気楼のように揺らめく影だ。
「あれは…」
影は徐々に二人分の人形にとって変わる。一人は二十半ばほどに見える青年へ、もう一人は涼や俊と同じ年頃の少女へと。
青年の方は黒い狩衣と呼ばれる着物に身を包み、烏帽子を被っている。
切れ長の目の秀眉な美男子だが、ミーハーの涼もこの人物ばかりは浮き立たない。
「時が来たんですね?」
彼にしては珍しい警戒するような声で俊が静かに青年に聞いた。
涼はちらりと少女の方へ視線を向けたが、少女は血が通っていないかのような無表情で見返してくるばかりだ。白っぽい小袖を着ているため、幽霊のようにも見える。
「時は満ちた」
青年は高らかに言い放つと、芝居がかった仕種で両腕を広げた。
「我ら宮ノ奥安倍家は日の本一の陰陽師となろう」
その口端の片方が吊り上がる。
「…九曜の血を引く、“鬼払い”を手に入れて」