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第八話 出会いがしらにノックダウン

 あといくつ残っているのだろう?


 小さな袋をほどき書籍を机の棚に並べる己の手を見つめ、小さく息を吐く。


 考えてはいけない。

 疲れを感じる事など許されない。

 まだだ。

 まだ歩みを止めてはいけない。

 歩き続けなければならない。

 この使命が終るまで。

 立ち止まる事も、力尽きる事も決して許される事ではない。

 託された願いと思いに、必ず応えなければならない。

 もう、いくら手を伸ばしても届かぬ場所へと逝ってしまった皆の為に。

 

“……”


 不意に髪が風に遊ばれるように乱され、僕は驚いて目を開けた。

 白い髪がふわふわと揺れている。窓は開いていない。ドアも閉まっている。


“……クスクス…………”


 さざなみのような笑い声が耳に伝わる。

 それはここ暫く出会っていない懐かしい声。遥か昔には常にその声と共にある事が出来た。しかし、あの時から声は去ってしまった。今の己には唯一と言える共通の時を抱く存在のはずだったのに。


「精霊が……どうして」


 僕は惹かれるようにドアを開けた。

 

ガン


「え?」


 空けた瞬間、何だかすごい音がして大きなモノが床に落ちる音がした。

 ドアの向こう側を覗いてみると、青褐色の髪をした青年が突っ伏していた。


「え……」


 まさか、ぶつけた?


 慌てて青年に駆け寄り肩を叩いた。


「あの、大丈夫ですか?」


 反応は無く、それどころか触れた手から青年がひどく体力を消耗しているのが伝わった。

 額と首筋を確認すると、焼けるように熱い。意識も無く息は浅く速い。


“キルミヤ……キル…………ミヤ……”


「キルミヤ? この人の名前?」


 空に向かって尋ねると、再び髪が乱される。


「キルミヤっていうんだね。君たちはこの人についてきたの?」


“キルミヤ……ずっと起きてる…家出てからずっと……疲れてる……休ませて”


 一瞬、迷う。

 今の自分と関わる事は誰であれ、不幸にしてしまう危険が高い。

 だが、目の前で倒れているこの状況を放置する事も出来なかった。


「分かった」


 僕は両手を胸に重ね、そこから白く淡い光を生み出し青年の額に押し当てた。

 光が額に吸収されると、青年は小さく身動ぎをした。


「う……」

「大丈夫ですか?」


 青年の意識はぼんやりとしている様子で、焦点が定まらず瞳が揺れていた。


「僕に捕まって歩いてください。療養室まで行きます」


 青年の反応は鈍かったが、腕を肩にまわすと理解したのか壁に手を付きながらおぼつかない足で立ち上がってくれた。

 年は十七か十八か。体格差があるので、重みに耐えられるよう足に力を入れたが思ったよりも軽い重みに違和感を感じてみれば、青年の身体を必死で支えるように風が舞っていた。


 なるほど。ここまで来れたのも彼らの支えがあっての事だろう。

 精霊に愛されし存在。まるで過去の自分のようだ。いや、過去の自分よりも多くの精霊に愛されている。


 こんなにも愛されるとは、いつしか時の狭間に消えてしまった緑の聞き手のようだと思いつつ、学院の中に立てられた病人・負傷者を受け入れる療養室へと運び込む。


「すみません、この人を看てもらえませんか」


 戸を叩き中に入ると、薬品の匂いが広がってきた。


「あら。見ない顔ね。今年の新入生?」


 白いローブを着た背の高い女性が歩み寄ると、軽々と青年を肩に担いでベッドに放った。

 雑なその対応に、まわりの精霊達が大ブーイングをはじめ、女性の髪をひっぱったりめちゃくちゃにしようとするが、何らかの護符でも持っているのか触れる前に弾かれてくやしそうな声をあげていた。


「あの……あまり手荒な事は。その人、状態悪いと思うのですが」

「え? あぁそうね。この熱、いつからか分かる?」


 僕は視線をそっと走らせた。


“夜になる前の夜の前”


「一昨日ぐらいからだそうです」

「あら。よく歩いて来れたわね」

「それは……廊下で倒れていましたから、力を振り絞ったんだと」

「このまま下がらないとまずいわね。でも残念。解熱剤が今無いのよ」

「え……」


 女性はいきなりローブを脱ぎ捨てると、草色のマントを身体に巻きつけた。


「夕方までには戻ってくるから、よろしくね」

「え!?」

「汗かいてるから拭いてあげて、そしたらそっちの棚に着替えあるからそれを着せて。

 毛布は重ねて使って、額は冷やしてあげて。あと熱が上がってきたらわきの下も冷やしてあげて。少しでも意識が戻ったら水分補給ね。じゃ」

「あの!」


 女性は止めるのも聞かず、出て行ってしまった。


 僕は久しぶりに困ったと思いながら部屋の中を見回した。

 タオルは山のように用意され、着替えも言われたとおりの場所にあった。

 青年のほかに病人はおらず、ひとまず彼だけを看ればよさそうだった。


「関わりを持たないようにしようと決めているのに……」


 桶に水を張りタオルを浸して絞り、汗をふき取りながらついついため息が零れる。


“キルミヤキルミヤ……”


 精霊たちは心配そうに青年の周りを飛び交っているようだった。

 目にすることは出来ないが、ここまではっきりといたるところから声が聞こえるので、よほど多くの精霊が部屋に集まっているのだろう。懐かしい彼らの気配に、僕は昔のように耳を傾けた。その瞬間、


「あははっ!」「何よ笑わないでよ! 私だってこれからなんですからね」

「何やってるんだ」「すみません」「これはどうしましょう」「それはそっちに、明日の朝使おう」「厄介ごとを……」「またこの時期か」「さてな。誰が狙うのやら」「期待されるべき人間がいるのか」「ガーナス家の三男か」「名門とはいえ、実力やいかに」


「!」


 僕は驚いて反射的に同調を止めた。

 まさかという思いで辺りを見回す。


「今のは……君たちが……」


“キルミヤ、さみしくない”

“キルミヤ、一人、でもさみしくない”


 浅い息を繰り返す青年を見れば、眉間に軽い皺がよっている。

 よく見れば、口元が小さく動き何かを呟いていた。


うるせー


 僕は、もう一度辺りに視線をおくり首を横に振った。


「今はとても疲れているから、少し静かにしてあげよう?」


“だめ、キルミヤさみしい”


「大丈夫だよ。君たちがいるだけで、君たちの温もりが伝わっているはずだから。ね?」


“……ほんとう?”


「うん。それに、僕も伝えるよ。君たちがずっと傍に居てあげている事」


“ほんとう?”


「約束する」


“…………しずか、する”


「ありがとう」


 僕はほっとして、もう一度念のために耳を傾けてみた。


 今度は、何も聞こえてこなかった。


 はじめに聞こえた、音と声の嵐が嘘のようだ。

 青年の額に刻まれていた皺が、綺麗になくなっている。こころなしか呼吸も少し落ち着いている。


「熱、下がらないな」


 額に新しい水に浸して絞ったタオルを乗せる。

 首筋に手を当てれば、やはり熱い。


「普通の風邪ならあれぐらいの癒しで十分なんだけど……」


 この人の疲労はいったいどれだけあるのだろうか……


 心配そうに囁く精霊たちの声。

 そう、自分もこの声に囲まれていた。怪我をするたび、病気になるたび。

 その心配する声は母の温もりを知らなかった頃、ぽっかりと空いた穴を埋めてくれた。


“ねえ、キルミヤをたすけて”


「え?」


“しってる。キルミヤたすけれる”


「僕は……その、あまりこの力を使う事は」


“どうして、どうして、たすけれるのに”


「うん……そうだけど……」


“たすけられないのに、たすけられるのに”


 非難の声に、僕は瞳を閉じた。

 精霊の声に重なって少女の声が蘇る。



 助けられるのに、どうして助けないの?

 あたしじゃ助けられないのに、どうして助けてくれないの?



 過去の悔恨がいまだにこの心を支配しているのか。


 僕は己の弱さに自虐的な笑みを浮かべ、両手を胸に重ねた。

 そこからゆっくりと両手を放し、白く淡い光を生み出す。

 やわらかで暖かな光は先ほどより大きく、青年の身体を包み込んだ。


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