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第八十四話 表面下の決意

 腕にナイフを突き刺したまま、振り下ろされる剣を受け止めようとする姿が目に入った。


 その瞬間、目の前が真っ暗になり気が付いたら距離があったはずの男を蹴り飛ばしていた。

 単純な体当たりレベルの衝撃ではなく俺の体重以上の衝撃でもって吹き飛び、左半身を抱えて悶えていた男。


 何が起きたのか理解出来なったが、それより今は少年が先だ。

 案の定、少年は俺がここに居る事に驚いていた。


 そりゃあれだけ言われれば少しは凹む。

 俺の考えがいかに甘いかを目の前で突き付けられれば、堪えるものもある。でも凹むのは俺の心の勝手な動きで少年の体調に影響するものではない。


 少年は俺から意識を現実へと戻すと、ふらふらと男が取り落した剣を拾い、俺に背を向けて未だ悶えている男の胸に一拍間を置いて、突き刺した。


「あのな……正直、どう言ったらいいのか分かんないだけどな?」


 物事を人に説明するのは、然程苦手ではない。しかし、こういうのは苦手だ。

 少年が背を向けていてくれて良かった。いや、正面から言えないって情けないけど。


「少年も少年の考えがあるわけだし、俺にも俺で引けないものもあって、口に出来ない事もあるんだけど………でも」


 言葉を選び繋げてみるが、うまく繋がらない。

 俺の精神は『どうして人を殺すのだ』と問い、その行為に対して批判的な反応をする部分がある。

 だが、そもそも少年がそんな行為に及んだ原因は俺だと思う。


 俺が不用意にこちらへ突っ込んできたから、俺の存在を相手に認識されないように皆殺しにしたのではないかと、そんな気がしてならなかった。いや、最初少年は殺傷性のある術を使っていなかったし急所を狙うような動きもしていなかったから、俺が出張らなければ少年は殺していなかった。一人で相手の攻撃を潜り抜け、逃げおおせた――のではないかと、思えて仕方がなかった。


 じゃあ種を撒いた俺は責任としてその種を刈らねばと思う。だが、少年の代わりに俺自身が手を下すなんて事は考えられず、では少年の行為を止められるのかと言えば止められない。

 実力的にに止められないのではない。少年の言葉の通り、俺の周りの人間に被害が出る可能性があると冷静に思考する理性が、それを阻んだ。

 自分の手を汚す事には躊躇いを覚えるくせに、他人にやらせて――それも、あんな辛そうな目をする少年にやらせて批判的な反応を示す俺は――


「無理させてごめん」


 ――最低だ。

 本当に、どうしようもなく、顔も挙げられない。


 少年は何も言わず黙って俺の言葉を聞いてくれたが、暫くして動く気配がした。


 何を言われるのだろうかと一瞬身構え、声すらかけてくれない可能性もあるなとちょっぴり泣きそうな展開を想像して、ダメージへの耐性をつけておく。


「そう思うのであれば、来ないでください」


 声が返ってきた事に、その声が低かろうが機嫌が悪そうだろうがホッとした。


 人間、何事も無関心が一番堪える。

 とりあえず最大ダメージは免れたと顔を上げた瞬間、ドンという衝撃と共に腰周りに何かが纏わりついた。




「見つけた!!」




 飛びついてきた小さな塊が鮮やかな緑を宿していると気付いた瞬間、俺の理性という名の脳回路はものの見事に焼き切れかけた。


 明らかにあいつとは異なる小さな物体に、違うと分かっていても内部で激しい反発が膨れ上がる。止めようもないほど溢れ膨らみ飛び出そうとするそれ。


 それが暴発する寸前で、小さな物体は俺から引きはがされた。

 引きはがしたのは少年で、ナイフが刺さったまんまの腕で少女の肩を掴んでいた。


 おいおい、お前にゃ痛覚ないのかよ。


 と思ったが、少女に腕を払われたときに小さく眉が寄った。


 そりゃ痛いよ――


「あなた血のにおいがする! ご子息様に近づかないで!」


 少女は何故か俺の前で両手を広げ、肩をいからせている。

 少年はというと、困ったような目をして少女を見ている。


「………すみません」


 いやいや………いやいやいや。

 違うだろ。いろいろ違うだろ。お前ら優先順位を間違え過ぎているだろ。


「とりあえず、どいて?」


 疑問形で誤魔化してみたが、俺の声に不快感が滲み出ていたのはもう勘弁してくれ。


 少年からむせ返るような血の匂いを感じたのはつい先ほど。同じ事を俺も感じ、そしてこの少女も感じたのかもしれない。単純に血を流している相手に対する言葉にしては過剰反応だ。


 だけど、それを言うか? この辛そうな目をしている人間に言うのか?


 ちらちらと視界に入る緑が神経に触れる。つい先ほど姉御に説教(?)喰らう前に暴走しまくったのだから、今度こそはしっかりしないと。とか思いつつ、少女にどいてもらおうとして無意識に腕をひっぱり横に放っている俺。


 ……あーなにやってんの俺。


 どくどくと心臓の音が煩い。くそ煩い。


 緑なんて見慣れてるだろうが。周りの葉っぱと同じだろうが。いちいち反応するな俺。つーか女の子を泣かせるな。


 落ち着けと言い聞かせても、さっきの少年に対する発言と鮮やかな緑が俺の神経をこの上なく刺激してくれる。素晴らしく厄介だと自己分析して紛らわせつつ、何か言おうとした少年を無視してナイフが柄近くまで刺さった右腕を取った。


 ほとんど声は出さなかったが、少年の身体が強張る。

 こんなにしっかり刺さっていれば痛いだろう。痛いだろうに……


「あのな、お前はものすごく体調不良な状態なんだよ?

 そんなお前に全力でぶつかった俺も情けない話なんだけど」


 本当、ガチンコしちゃった事は心底すんませんって思うけどさ。後で好きなだけぼこってくれていいですって思うけどさ。


「自分の状態を理解してないお前もお前だよ?」


 そんなふらふらした足取りで他人の心配なんかしてる場合じゃないだろ。


「歯を食いしばれ」


 少年が右腕の力を抜いたので、その腕をしっかりと掴み一気にナイフを抜いた。


「――っ」


 流石に声を漏らした少年に、俺はなんかもう頭の中がわけわからなくなってきてしまった。


「数日前に心臓止まりかけてたんだよ?

 あのときどんだけ焦ったかわかる? 今もやっと起き上がれるようになったばかりでしょ?

 俺に根性とかご立派な精神とかそういったもんは無いけどさ、人並みな感性は持ってたりするわけよ。って前にも言ったよね?」


 止血止血と念じていたのに、気が付いたら我慢していた言葉が勝手に口からこぼれてしまっていて、頭を抱えたくなる。

 でも今は悠長に己に時間を割いている場合じゃない。


「お前にしてみりゃだからどうしたって話で、これは俺の一方的な腹立ちなんだけどさ。

 ――言いだしたら限がないから、これ以上は言わないけど」


 ちょっとした弁明と、何でもないふりをしようとする自分が恥ずかしかったが、いつまでもここに留まっているのは良くないのでさっさと思考を切り替えて少女に視線を移し、手を差し出す。


 最初に引っ張りどかしたのが怖かったのか、怯えたような目をされてしまった。


 精神にクリティカルダメージ喰らったー……少女の怯えた眼差しはここまでダメージあるのか……


 自業自得の結果に内心よれよれになりつつ、じっと耐えていると少女は意を決したように、しかしびくびくと俺の手に自分の手を重ねた。


 よし確保。


 あとはこの場を離れるだけと思い歩き出したのだが、すぐにふらついた少年に違和感を覚える。

 『なんだ?』と思って見れば、少年がいつも漂わせている力の気配が異なる。

 少年の内側から流れ出ているものには違いないのだが、何となくそれは血のような、少年そのもののような気配がして――


「少年。索敵をやめろ」


 少年は俺の言葉に目を瞬かせた。

 そのとぼけた反応に、カチンときた。


「魔力無しで魔術を使った場合、何が消費されるのか教えてくれたのは少年だよ?

 いつもの魔力の感じとは違う力を使ってる。ってことは今の少年の魔力は空っぽ。それ、生命力でしょ」


 使うなと禁止した張本人が使うなよ。


「…………」


 無言で反論しないところ見ると、使うべきではないとわかってはいるのだろう。


 一応、自覚はあるんだねぇ……それでも使ったっていうなら仕方がない……


 そっと少年の手を離し、首を叩く。ガクリと膝から力が抜けた少年を背負い、ハタと手が外れた少女と目が合った。


「あ…えっと、ごめんね? とりあえず、ここに長居するのは問題だと思うから」


 少女はこくこくと頷き、俺についてきてくれた。

 途中、少女はちらちらと背負った少年に視線をやるので、俺はちょっと考えて少年を降ろし覆面と外套を外して代わりに俺の外套を着せフードを被せる。


「………なにしてる、の?」

「んー、カモフラージュってとこだね」


 よいしょと少年を背負い直すと、少女が少年に着せた外套に手を伸ばしていた。


「これ………精霊が?」

「わかるんだ?」

「……精霊がお口に手を当ててる。隠れる時に使うの?」


 当たりだ。俺の外套に対して、それを身に着けている間は誰の印象にも残らないようにしてもらっている。大元の概念はかくれんぼだが、何から隠れるのかという目標の概念を伝えるのには苦労した。


「すごい……ご子息様はやっぱりご子息様だ」

「そのご子息様って呼び方も気になるんだけど、まずは名前を教えてもらってもいいかな?

 俺はミア」


 背中に少年を背負って暴走は出来ない。

 それを理性ではなく本能が嗅ぎ取っているので、少女を正面から視界に入れても大丈夫そうだった。


「あっごめんなさい! レースです!」


 お辞儀をした少女に、俺は努めて笑顔を張り付けた。


「君は俺を知ってるの?」

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