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第八十三話 ささやかなまどろみ

 キルミヤは大いに戸惑っているようだった。

 ただ、緑の髪を見て表情が強張っているので戸惑いだけというわけでもないかもしれない。

 僕は咄嗟に少女をキルミヤから引き離した。


「待ってください。貴女は緑の民の方ですか?」


 少女は嫌がるように僕の手を払い、キルミヤを隠すように両手を広げ立ちはだかった。


「あなた血のにおいがする! ご子息様に近づかないで!」

「………すみません」

 

 鮮やかな森緑の瞳が、真っ直ぐに僕を射抜く。純粋な敵意というのも懐かしい気がした。

 小さな身体で精一杯両手を広げる仕草は微笑ましく、彼を脅かす相手ではないだろうと思えた。けれど同時に、キルミヤの精神的には離しておいた方がいいようにも思われ、どうしたものかと迷ってしまう。


「………とりあえず、どいて?」


 え? と、少女が後ろを振り向くと、キルミヤは少女の腕を掴んで横に引っ張り放した。

 ぞんざいに少女をどかしたとしか見えない動作に、僕はあっけにとられた。


 今まで、彼は女性に対してそのような態度を取る事は一度としてなかった。

 どのような身分であれ、言葉使いはどうあれ、態度だけは丁寧だった。


「キ――」


 声をかけようとして腕を――ナイフの刺さった右腕を取られ、痛みに呻いてしまった。


「あのな、お前はものすごく体調不良な状態なんだよ?

 そんなお前に全力でぶつかった俺も情けない話なんだけど、自分の状態を理解してないお前もお前だよ?」


 歯を食いしばれと言われ、咄嗟に歯を合わせ右腕の力を抜いた。


「――っ」


 ナイフを抜かれる衝撃に一瞬息が詰まる。


「数日前に心臓止まりかけてたんだよ?

 あのときどんだけ焦ったかわかる? 今もやっと起き上がれるようになったばかりでしょ?

 俺に根性とかご立派な精神とかそういったもんは無いけどさ、人並みな感性は持ってたりするわけよ。って前にも言ったよね?」


 言いながら、キルミヤは慣れた手つきで腕を縛った。


「お前にしてみりゃだからどうしたって話で、これは俺の一方的な腹立ちなんだけどさ。

 ――言いだしたら限がないから、これ以上は言わないけど」


 それからとキルミヤは後ろで所在無さげに立ち尽くしている少女に視線を向け手を差し出した。

 少女は戸惑ったような顔をしたが、おずおずとその手を取った。

 そのまま僕も左手を取られ、引っ張られるようにして歩き出したのだが数歩も行かない内に足がもつれた。


「少年。索敵をやめろ」


 険しい声で言われて僕は目を瞬かせた。

 僕の索敵はカルマでも見破られない。それを、まだ魔術に詳しくないキルミヤが見破った?


「魔力無しで魔術を使った場合、何が消費されるのか教えてくれたのは少年だよ?

 いつもの魔力の感じとは違う力を使ってる。ってことは今の少年の魔力は空っぽ。それ、生命力でしょ」

「…………」


 感受性だ。魔に対する感受性がずば抜けて高い。

 試金石の判定に見識者の要素もあっただろうか? あったとすれば、それは執拗に追いかけた理由も頷ける。見識者は血筋に関わらず突発的に生まれるいわば大魔術師の原石。


「自覚はあるんだねぇ」


 沈黙したままの僕にキルミヤはため息をついた。その直後、僕は首筋に軽い衝撃を受けた。

 何をされたのか理解したが、言葉を発する間もなく視界が暗転した。












 ふわふわと暖かな温もりに身体が包まれている。

 恐れる事は何もなく、安心してもいいと懐かしい声が囁く。その声に僕はまたあの夢をみているのかと、夢の中で嘆息した。

 どれだけ時が経ってもそこから抜け出せない。その事に抵抗する事ももはや疲れてしまった。


「血が穢れだっていう発想もわかるんだけどね、怪我人に向かってそういう発言は駄目でしょ」


 怪我人……穢れ……、そうか。あの頃の夢を見ているのか……


「……でも、怪我人だからってだけじゃないから……」


 従いきれない口調で渋る様に話すのは彼の妹だろう。彼女の方が彼よりもまともな思考をしていると僕は当時から思う。怪我人だからといって危険でないとは言い切れない。あの時代であればそれは尚更だから、彼の方の思考がずれている。


「じゃあ見捨てる? 目の前で倒れてる子が居たら見捨てられる?」

「………でも」

「そんなに深く考えるような事じゃないよ。

 って言っても君みたいな子が同じ事をすれば止めるかもしれないけど」


 笑う気配が身体に伝わり、彼に背負われているのかとぼんやりと認識する。


 けれどおかしい。彼は妹の事を『君』と呼んだりしなかった筈。


「俺はあんまり考えるのは得意じゃないんだよね……だから、みんな楽しかったらそれがいいなと漠然と思うだけなんだけど」

「みんな? ………それ、あたしたち……も?」

「…………」

「……やっぱり、あたしたちは………生きてちゃ駄目なの? ご子息様もそう思うの?」

「あ、いや……そうじゃなくて……あー………うーん………なんていうか、首輪に繋がれてない猿が暴れまわるというか、いう事をきかない部分があるというか、いやいや分かってるんだよ。君はあいつとは違うって。分かってるんだけど、まだまだ俺も未熟者って奴だね」


 ………。


 微睡んでいた意識が一挙に覚醒した。

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