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第七話 流れゆく

ここから本編です。


 草の上に身体を投げ出した俺の視界を埋めるのは、どこまでも続く蒼。隔たりなどなく流れる雲はさながら自由の使徒のごとく。

 手をかざせば、青年期に突入した角ばった手が視界に入る。


 よく育つよなぁこの身体……

 前の身体はザ、モンゴロイドって感じで小さかったのにこうもあっさり追い越してしまうとは……


 高校の時から伸び悩んだ身長をさくっと超えた時は遺伝子の力を強く感じてしまった。

 もっとも周りも身長ある者ばかりなので俺がのっぽさんというわけでもない。


 ……ん?


 蹄の音が聞こえる。馬車を引く音ではない。行商でもない。

 行商はもっと重たい感じだ。これは軽い。


「あぁ……そういや言ってたな。どうりで屋敷中が騒がしかったわけだ」


 めんど……


 ごろりと寝返りを打って、俺は晴れ渡る空に背を向けた。


 あー日向さいこーぬっくい~……


「やっぱりここにいたか!」


 気持ちよく寝入ろうとしていたら、息を弾ませ木々の間からどことなく俺に似た男が、案の定飛び出して来た。

 20代前半の若者で、俺より青味の濃い青褐色の髪。日本人の感性を未だに持っている俺からしてみれば彫の深い顔立ちでその癖あんまりごつくもない、綺麗どころが好きそうなお姉さま方にもてるだろう容姿をしているという、視界に入るだけでむかつく奴。俺の従妹ことおかんの兄貴の息子、グラン・パージェス。御年二十四歳。


 グランは寝転がっている俺の隣に腰を降ろした。


 座んなよ。誰が許可した。


「私が来ているのに気づいていたんだろ?」


 俺の無言のアピール、通称『背中語り』をスルーして声かけてくるグラン。


「屋敷を探しても見当たらないから、もしかしてと思ってみたらやっぱりだったな」


 スルーされたのでスルー仕返すものの、意に介さない。


「どうだ? みんな元気にしているか?」


 誰が答えるものか。人の昼寝を邪魔する輩に。


「ああ、そうだ土産があるんだ。都ではやっている粉菓子だぞ」


 俺はむくりと起き上がり、差し出されていた紙包みを受け取りガサガサと包みを開けて、出てきた円形の焼き菓子をほお張った。


 そんなの……そんなの出されたら………起きないわけにいかないじゃないか!


「全く。変わってないな」


 仕方がないなこいつは。と笑うグラン。


 仕方がなくないと俺は真面目に思う。こいつは糖類がどれほど貴重か分かっていない。

 ここでは純粋な糖類を手に入れようとすればそれなりの金が必要になる。

 通常甘味として使用されているのは多くが蜂蜜で、あとは果実と根菜類が少々。砂糖はほとんど手に入らない。


 こりゃかなり物流が限られてるとこに生まれたなぁと勘違いしていた俺は、何とかその手の流れを作れないものかと地方領主をしているらしいおっちゃんの書架を漁って、まずは地理と直近で代変え品になる植物が無いか調べる事にした。


 周りの大人に聞かず自分で調べたのは、何の因果かよくある補正という力の働きなのか俺に変な力が付加されていて、それを知らずに――俺は皆そうなのかな~って純粋に思っていた――言ったら怖がられてしまいましたとさ。

 まぁ考えてみれば日本であろうとなかろうと、変な力があったら不気味なのは違いない。

 そういうわけで一応おかんが現領主の妹かつ、現領主がシスコンだったから生活は保障されたが、それ以外はなるべく触らず近づかず。

 俺は祟り神か! と突っ込みそうになったが、ここの言語に『祟り神』なるものはなく、言っても意味が通じないので、まいっかと好き放題の単独行動権を手中に収める事となった。


 そういう経緯があるので、俺が書架で調べものをしても誰も気に留めない――というか、留めないようにしている?

 俺はごそごそと目ぼしをつけていたものを探し当て、よしよしと己に満足しながらさっそく調査だと張り切った直後、打ちひしがれた。


 ち……ちっがーう! いやまて、それ以前にこれどこの地図!?


 もうね、三歳児が地図広げて真顔でブツブツ言ってる姿はシュールの類に入っていたと思う。

 でも俺としてはかなり必死で、必死で上下さかさまにしたり、離して見たり近づけてみたり、他にも地図は無いのかとさらに漁ってみたりして、結論にたどり着いた。


 たぶん、地球じゃない。


 この時はまだ望みを捨てていなかった。

 けれどこの後、国土の歴史が載っていそうな本を開いて確定に変わった。


 俺が生まれた国はセントバルナ王国。そう、王国。しかも、開国三百年は下らない由緒ある王国。使用される言語は大陸言語の一つと言われ、それを使えればとりあえず大陸内の主要国であれば不便しないと記されていた。

 うちの言葉って、余所でも使えるんですよ~ すごいでしょ~ という国自慢はどうでも良かった。

 問題は、そんな国際的に認識されていそうな国を俺が知らないという事だった。


 理解した瞬間頭を抱えて蹲ってしまった。異世界に転生とは、我ながら意味不明な事をしてしまったと。

 輪廻転生の思想を完全否定するだけの材料を持っていなかったので、転生のそれ自体は胎内に居た頃から受け入れていたのだが、さすがに異世界ともなると受け入れがた――くもなく、俺は五秒程で復活した。


 何しろ悩んでも腹は膨れない。

 要求しなければ飯は貰えないので、成長途中にある身としてはそこだけは押さえなければならない。

 うだうだやっている暇があるならいずれ放り出されても生きていけるようにしておくか、それとも何とかして現状の環境を改善しなければならない。たとえそれが異世界だろうと何だろうと変わりはない。


 ま。なんとかなるっしょ。


 で、現在進行形ニートの俺。

 そんな俺が高級食材兼滋養栄養剤である砂糖を手に入れられるわけもない。

 糖類が取れないと俺の手は震え脂汗だらだら流し幻覚に襲われる――事はないが、血走った目になる。糖類探して。


 それを知ってなのかグランは新たに出来た幼い弟、つまり俺に菓子の類をせっせと運んできた。

 本来なら俺が菓子を食べられる機会などないのだが、この男が雛に餌を与える親鳥のごとく運んでくるので禁断症状を出す事なく過ごせている。

 有り難いのは間違いないが、礼など言おうものならしてやったりの顔をするに違いない。それは何か癪に障るのでぷいっと背を向ける。が、苦笑混じりもう一つ差し出された包みを抵抗なく受け取る自分がいた。


 あぁ……俺はなんて意志が弱いんだ……こうやって飼いならされてるって分かってるのに……手が、手がぁ……


「屋敷に戻ればまだまだあるぞ」


 指についた粉砂糖をいじきたなく舐めながら、グランの言う屋敷に視線を向ける。

 今頃、屋敷では出来る限りの準備をしてグランを待っている事だろう。


 次期領主と言っても、パージェス家は貴族の末席。出世など相当無理をしなければ出来ない位置にある。

 それをグランはやってしまった。今は中央で仕事を任され、出世頭の頭目として話題の人となっている。

 パージェス家にとってみれば、期待の星。神様仏様グラン様状態となっている。


「せっかくお前が戻ったんだ。無粋な真似はしたくないね」

「何を言うんだ。お前の家なんだから無粋も何もない」


 まぁ住処には間違いないな。と、思いつつ欠片を口にほおりこむ。


「みんな元気にしてるよ。エイナは大きくなった。少しだがしゃべれるようになっているらしい」


 もごもごしながら言えば、妹の話題にグランは嬉しそうに顔を綻ばせた。


「エイナが? それは楽しみだな。父上はどうしている?」

「変わらずだ。お前の出世を自慢してまわっている。下手に敵を作るだけだってのに」

「ははは。まぁあの人はそういう人だからな。

 で、お前はどうしてた?」

「俺?」

「そう。お前。毎日こんな所にいるわけじゃないんだろ?」

「べつに~」


 二つ目も平らげ、再び寝転がる。


「何にもしてねぇよ。晴れればここで、雨降ってたら地下室で寝てる」

「またお前は……地下室は牢獄なんだからやめろと言っているだろ」

「いいじゃん。誰もこないし静かでいいとこなんだよ」

「…………静か、か」


 意味ありげにつぶやくグラン。


「お前、屋敷を離れようとは思わないのか」

「なんで?」

「居心地が良いとは言えないだろ」

「そうか? 三食昼寝つきの待遇はかなり居心地がいいと思うぞ」

「そうやって誤魔化すな」


 向けられた真面目な声音に、俺は口を閉ざした。


「お前が留まるのは私の為なんだろ? ここなら中央の奴らの目も届きにくい。ここに居る限りお前の存在は隠される。私の弱みにならないように、隠れているんだろ?」


 はじまったよ……自意識過剰モードきたよ……

 これ始まると止めるの大変なんだよー………


「なに自意識過剰な事を言ってるんだか」


 一先ず恒例の切り替えしに心底呆れたという顔プラス半眼を向けてみるが、グランの真剣な顔は小揺るぎもしない。

 仕方がないので、毎度毎度言ってると分かっている繰り返しを実行する。


「俺程度がお前の弱みになるかよ」

「なりうるさ。お前の力はそれだけの意味を成す」

「はっ。地獄耳程度がか? 中央は噂好きのおばちゃん集団かよ」

「……すまない」

「だから! お前の為に居るわけじゃないって言ってるだろーが」

「そうだったな……」


 俺が心底面倒そうにしていると、グランは固い表情ながらもそのうち終いにする。いつもなら。

 この時は違った。


「やっぱりお前はここに留まっていたらいけないな」

「あん?」


 グランは微笑み、唐突に立ち上がると、寝転がっていた俺を無理やりに立たせた。


「これから私と一緒に屋敷に戻るんだ」

「はぁ? やだよ面倒くさい」

「そうか。――フェイ」


 三十代程の男が現れ、面倒くさがる俺の後ろに立った。


「な、何だよ。力ずくか?」

「まぁそうだな。但し、屋敷にではない」

「は?」

「フェイ。例の場所へ。

 キルミヤ、お前にはしばらく学院へ行ってもらう」

「はあ?」

「すでに学院側には話は通してある。パージェス家の者が世話になる、と」


 え? 何言っちゃってんのこいつ?

 いや、まじで何言ってんの?


「をいをいをい。無理だろ。第一俺何も知らないぞ」

「慌てる事はない。お前の事を知る者は誰もいない」


 呆れかえる俺に、グランは無駄に自信満々に言い切った。


「じゃねーよ。俺が何も知らないって言ってんだよ」

「なにしろエントラス学院はここから馬を飛ばしても三日は掛かる場所だからな」

「人の話聞けよ」

「ああ、すまない。父上には私から話しておく。キルミヤは早く学院に行きたくて挨拶もそこそこに行ってしまった。とね」

「無視かよ。ってかエントラスって魔導学の最高峰じゃ……」

「なんだ知っているんじゃないか」

「そこだけ聞くなよ!」

「やっぱり縁があるんだな。よし、フェイ」


 グランの指示でがしっと俺の腕を掴むフェイ。


「え……」


 嫌な予感しかしない俺をよそに、フェイは生真面目な表情を崩さず主に対して頭を下げると機敏に踵をかえした。むろん、俺の腕は掴んだまま。


「うおっ! ちょ……ちょっと待て! まじか!? まじでか!? 冗談抜きで今からか!? おいおーい。フェイさーん? 俺何にも持ってないんだけどー」

「用意は既にしてある」


 言葉通り、少し歩いた先に二頭の馬が木にくくりつけられていた。


「あー……準備のよい事で。さすがグラン」


 もはや乾いた笑い声しか出なかった。




 さようなら俺の平穏……

 さようなら俺の三食昼寝付き自堕落生活~………

お気に入り登録に加え、評価もつけて頂きありがとうございます。

なかなか書き方の指標がないので、指標に使わせてもらいます。


追記:国名を間違えていました・・・

さらに追記:国名どころかキャラ名間違えてた・・・指摘ありがとうございます!!

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