第七十五話 何が何やらのまま釈明開始
新年初のキルミヤパートです。
足が痛い。
地面にそのままは、さすがに痛い。
草原ならまだしも、ここ、林。落ちてる枝とか隆起してる根っことか。脛にじゃすとふぃっとで痛いって。
俺の隣には旦那さん。その向こうに少年。で、全員正座。
そして我らの前には閻魔状態の姉御。
怖いよ。何この状況。顔挙げられないよ。助けて旦那さん……って、そういや何であんたまで正座?
ふと我に返り、旦那さんに小声で訊こうとして未だ腕を掴まれている事に気付く。
あ。逃走防止ですか。
なるほど、俺の特性をよく掴んでらっしゃる。
旦那さんは俺と少年に『ほらほら早く。じゃないと全滅だよ』という視線を送ってくるのだが、正直何を説明しろと言っているのだかさっぱり分からない。
少年の方は旦那さんと視線を合わせる事すらせず、視線を下げて微動だにしない。なので、あちらをあてには出来ない。俺が何か言わなきゃならない空気だけが圧縮されていって、もはや呼吸困難を起こしそうだ。
「あ……のぉー……」
「何」
姉御。返答が怖いよ。本当に今のは怖いよ。
「ええと………そいつは知り合いでして、別に何もないんですが……」
「はあ?」
まじで怖いっす!! 無理っす! 何か知らんが無理っす! 何で怒られてんのかも分かってないんっす!! へるぷみー旦那さん!
マジ泣き五秒前状態の俺の熱い視線に旦那さんはハッとしたように目を見開いた。
「ごめん! ミア君厠行きたかったんだね!」
なぜ!? なぜそっちに行った!?
あ。あれか? 切羽詰まった感がそれに見えたのか?
だけどこの場面でトイレはないだろ。そうはならないだろ。どう考えたって怯えて助けを求めてるとしか取れないだろ。
「ああでもどうしよう? 手を離したら逃げちゃうでしょ? そうすると一緒に行かなきゃならないから、イーズァさんにもご同行願う事になっちゃうけど……」
ぎょっとしたように少年がこちらを見た。
あんだけ頑なな態度を取っていたくせに。
いや、少年。安心しろ。俺だって積極的に見せて喜ぶ趣味はない。
「でも仕方ないよね! 緊急事態だし!」
自己完結して立ち上がろうとする旦那さん。
俺は慌てて旦那さんの膝裏を突いて姿勢を崩させる。
「ちょ、ミア君――」
「違いますから。全く違いますから。
俺が訴えたのは何をどう説明したらいいのかという事であって、トイレに行きたいとかではなく…………はぁ」
何を説明しているんだかと、俺はため息をついて未だ仁王立ちのまま微動だにしない姉御を見上げた。
「あの、本当によくわからないんですけど。
だいたい何でここにお二人が?」
「何で? そこにいる傭兵が貴方が危ないって意味深な事を言ったからよ。
貴方を一人にしておくと危険だって」
お前か。
思わず少年を睨むが、少年は早くもまいわーるどに戻ってしまい、地面の一点のみを見ていた。
「どういう事なのかしらミア君?」
あー………何て言おう。
あーもー……
「そりゃまぁ俺一人なら何しでかすか分からないかもしれないですけど、だからと言って保護者よろしく誰かに引率されなきゃならんぐらい非常識じゃないですよ?」
もうここは流そう。さらりと。さらさらと小川に流してしまえ。
「へえ?」
負けないぞ。たまには俺だって頑張るぞ。
「確かに出会いがしらに迷惑かけた覚えはありますけど、だけどその後の事を考えればお互い様な部分もあったりなかったりで一方的にダメ人間扱いされるのも釈然とするものがあり、それなりに自我が育った一個人としては、しかももう十七にもなっておいて誰それに面倒見てもらうとか恥ずかしすぎるわけで」
結論。
「そいつの過剰反応です」
きっぱりと、一点の曇りなき眼で主張。
姉御はそんな俺の澄み切った眼を見て納得したのか、おもむろに背を向け……
……フライパン持ったーーー!!!
ぇえ!? 何でフライパンがそこに!? って、旦那さん! 俺ら掴んでるからフライパン手放してるぅーーー!!
ヴンと羽虫の音に似た。だが、到底羽虫が出す音量ではない音を響かせ、俺の目の前にフライパンが突き付けられた。