第七十四話 隠れ家にて
「あれは災厄の種っていう古代兵器なんだよ」
狭い小屋の隅に坐して周囲に気を配っている学院長――ルーネ・フィルナスを視界の隅に留め、床に座り壁に背を預けるラウネスの話に耳を傾ける。
「今の歴史は千九十年前の最古の書を起源としているだろ?
学者はそれ以前の時代を古代、それ以後を新代と呼んでいる。
古代の歴史は何も残っていないと言われているが、そこのルーネの一族には口伝で語り継がれていてね、災厄の種はその時代に造られたと言われてる」
ぽいっと集めた小枝を火にくべるラウネス。
何を思って話をする気になったのか、今どんな心境でいるのか暗い小屋の中ではその表情を読むことは出来ない。
「古代でも今と同じように国家が乱立し、戦をしていた。
その中で少数民族だった一部の魔術に長けた者達が、それを造りだしたと言われてる。
たった数百の民が、当時大国として名を馳せていた国の侵攻を防いでしまった事でその技術を権力者達は求め、瞬く間に幾つものそれが造られ戦争に投下されていった。
初めはね、使用者――宿主の制御下にあったらしいんだが年を経るにつれて制御を失い、やがてそれ自体が宿主を選びさらなる破壊と混乱、血を求めるように動き出した。
そうなるともう誰にも手が付けられなくて、新しく造りだして抑え込むんだが、それもやっぱり暴走しだして手に負えなくなる。
そうこうしているうちに、この世界の秩序を司る白の民が拙いと判断してね。それらを災厄の種と呼んで集め、壊そうとした。だが、うまくいかなかった。
何とか封印にまでこぎつけたが、それも脆弱なものでいつ何時解かれるかわかったものじゃない」
「だから封印の場所に仲間を置いて監視させた。学院長はその白の民というわけですか」
「まぁそういう事だ」
それで監視対象が無くなったから学院に留まる必要が無くなり、職を辞したというのか。
「いきなり辞めて、非常識だと思ったかい?」
ぴくりと、隅に坐しているフィルナスの肩が揺れた。
「いえ特に。学院長の最優先するものが監視行為であり、現状どうなったのかも分からないのに事務処理に追われるのは本末転倒でしょう。必要であればまた別の者を手配するといったところではないのですか。説明なしの緊急避難に火災の言い訳、後始末。留まるよりも取り替える方が手っ取り早いとも思いますが?」
「さあどうかね」
然程誤魔化す気も無い投げやりな返事だった。
「で、結局どうなったんだい? あんたが宿主だったんだろ?」
「確かに………私が宿主でした。しかし途中からわかりません」
のっぺりとした真紅の人形に襲われ、そこからの記憶が途絶えている。
気が付いたのは頬の痛みで、何故かキルミヤがそこに居た。
「お二人が見た所、私は今はそうではないのですね?」
「あぁ。私はともかくルーネの方は気配を間違える事は無い。それと、右腕を」
腰を上げ、ラウネスの前で膝をつき右手を差し出すと袖を捲られた。
「宿主なら、ここに赤い斑紋が出ている」
脆弱な白い腕を叩かれる。
「ルーネもあたしもキルミヤ・パージェスかカシル・オージンに移ったんじゃないかと考えている。で、カシル・オージンだった場合はかなり拙い。だから覚えている事は何でもいいから教えてくれないか」
「拙い? 何が拙いのです」
話の内容からして、どちらに移っていたとしても危険だ。
それがオージンの方が拙いというのは別な理由があるということだろう。
「……『白の宝玉』を知ってるかい?」
「……いいえ」
「一言で言えば、破壊者だ。活動している分、災厄の種よりも性質が悪い」
「破壊者?」
「戦地に行けば噂は聞こえる。葬り去られた国もある」
私は思わず眉を潜めてしまった。
……では、何故そのようなものを学院に入れたのだ。よりにもよってこのエントラス学院に。
「何故そのような者を学院に?」
「後ろにこの国の実力者が控えていたからね。無碍には出来なかったのさ。
それに正体に当たりをつけたのは最近だったんだ。奴は素顔を見せた事が無い。だから動きで判断するしかなくてね………一部には顔も知られているようだが」
おかげで余計な襲撃をうけて仕事が増えたと嘆息するラウネス。
しかし、カシル・オージン。
それほど危険な相手だろうか?
直接言葉を交わしたことは無い。無いが……
ピクリとも動かないオージンを前にして顔面蒼白にしたまま瞬きひとつしていなかった。いや、あれはしなかったのではなく、する事自体を忘れていた。
「二人はあの場から去りましたが、特におかしなところは無かったと思います」
「それは本当に?」
それまで存在感すら消していたフィルナスがこちらを見ていた。
「一方は瀕死の状態では? その状態でおかしいも何もないのでは?」
索敵……だろうか。
索敵で状態までわかってしまうというのは流石と言うべきか。
「………さぁ。少なくとも、私は彼に対して恐怖を抱きませんでした」
ラウネスが口を開きかけたフィルナスを目で制した。
「どういう意味だい」
「あなた方は宿主となった事は?」
「あるわけがないだろ。そんな事になったら死ぬだけだ」
「では分からないかもしれません。
アレは……恐ろしい。意識がはっきりしていなかったのでよく分かりませんが、アレがそこにあるという感覚だけはなんとなく覚えています。ですが、途中でそれが途切れた。
彼を見てもそんな感覚はありませんでしたから、彼が宿主になったというわけでもないのでは?」
ラウネスとフィルナスは視線で真偽の程を互いに確認するように交わした。
「嘘だと思うも真と思うもご自由ですが、それ以上の事を私は何も知りません。
それに、そこまで言われるのであれば二人に追っての一つや二つつけているのでしょう」
『だったら、そちらに期待しては如何でしょうか』と言えば、ラウネスはにやりと笑い、フィルナスは視線を逸らせた。
「一つ気になるのですが」
「なんだい?」
「具体的にどの程度の事があれには出来るのですか?」
パチと木が爆ぜ、思い出したようにラウネスは枝を火に足した。
「炎によって地獄を見せると言われていたが実際のところはわからん。
伝わっている話では、七日間暴れ狂いこの大陸の半分を焼いたとされているがね」
大陸の半分。今でいけば約十二の国家を焼いた計算になる。
………本当なら途方もないものだな。
「他に聞きたいことは?」
「……情報統制はどうなっているのですか?」
「情報統制?」
「白の民というのはアレを監視しているのですよね? であれば、それを狙うものも認知していなければ守るのも大変です。容易にするには、その存在を知らせないのが一番手っ取り早い。知らなければ狙い要はありません。
しかし、あの場所にあったものを少なくとも当主は知っていました。
ですから、情報をきちんと制御出来ているのかと聞きました」
当主が知っていたという言葉にラウネスは舌打ちし、フィルナスは微かに眉を寄せた。
「目に触れさせないようにはしているが世の中完璧なものなんて無いんでね。だが、いいのかい? そんな事を言って」
「何も出来ませんよ。あなた方も、私も」
「……ふん」
とにかく、一通りの事はわかった。
「まて、どこへ行く」
立ち上がろうとすると腕を掴まれた。
「どこって、学院です。
私がこうして生きていると知れば当主は連絡してくるでしょうから」
「……今の話」
「話すわけが無いでしょう。私も当主の目的を把握しているわけではありません」
「…………目的ね。確かにあんたには知らされなかっただろうね」
「…………」
周りにまで、自分の無能さ加減が知れているという事実に耳を塞ぎたくなるが、それは堪えた。事実から目を逸らしたところで事実は変わらない。逸らしたままでは、何も変わらない。
「……あんた、本当に目が変わったね。何があったんだい」
目?
抽象的な物言いをされても何の事だかわからない。
ただ、変わったと言われて思い当る事と言えば、
「…………誰かと食べる食事、それもいいかもしれないと思っただけです」
あの馬鹿みたいに真っ直ぐな奴を前にして、ちゃんと顔を挙げられる何かを持ちたいと思った。
「……なあフェリア。一つ、取引をしないかい?」