第七十三話 敵か味方かそれとも
「こんな手紙を寄越すぐらいですから暇なのでしょう。良い手足が出来ました」
リダリオスはパチンと指を鳴らし、手の中で手紙を灰にした。
「どなたが――」
「まぁまぁ。貴女はお勉強が先です。学院を卒業するかしないかはお任せしましょう」
「……学院は卒業致します。あとは形式的な手続きだけですので」
「その手続きが一番時間が掛かりますよ? 困った事に学院長不在の状態ですから」
…………は?
「………不在?」
「三日前に辞職すると言われたそうで、今は姿が見えないとか。おかげで学院は混乱状態。王宮の方にも少し影響が出ていますね。気の早いものは自分がと動き出しています」
学院長にまでなって、そこから姿を消すなど普通有り得ない。
権威を手にしている事もだが、次代を生み出す大切な場に対する責任というものが学院長には求められる。
それをいきなり辞めるなど、普通の神経では有り得ない。
不意に、脳裏をフェリア・サジェスが霞めた。
裏でサジェスが糸を引いているとしたら――
「不要ですよ」
こちらの考えを見透かしたかのような言葉が飛んできた。
「学院長の目的は分かっています。セントバルナとしては、放置しておいて問題ありません」
「どういう事ですか。目的とは」
「はい。その件もお勉強の後です。ヒューネ・オリオン君」
「なんでしょう」
ティオル・エバースもだが、ヒューネも何故そこまでこのリダリオスに対して泰然としていられるのか。
狼狽えている自分の方がおかしいのかと思えてくるが、そんな事は断じて無いはずだ。
「ベアトリス様の卒業手続きを。出来ますね?」
「はい」
「ティオル・エバース君。家の方はどうします?」
「無用」
「ではベアトリス様のお傍に」
「リダリオス殿は?」
「私は集めものです。今のままでは何も出来ないので。
ヒューネ・オリオン君も時間があればグラン・パージェス殿に学ぶといい。君も楽しめると思います。彼はかなり面白いですから。
では一先ずお勉強の期間は二週間としましょう。適当に言って教えてもらってください」
『その程度の手配は自分でしてくださいね』とポンポン言ってリダリオスはお茶を飲み干し立ち上がった。
左後ろで軽く息を呑む音が聞こえたので、彼の茶にも毒が入っていたのだろう。至って平然としているが。
「そうでした。ベアトリス様にはこれを」
棚から二つの小さな袋を渡され、何かと思って見ればそれぞれ粉末状のものが入っていた。
「用法はティオル・エバース君に聞いてください」
言われてティオル・エバースを見ると、微かに顔を顰めていた。
「では最後にベアトリス様ご自身の意見を」
何なのこの粉はと悩む暇もなく強制力のある声に視線を戻せば、リダリオスが楽しそうに指を立てた。
「私は貴女の味方でしょうか。それとも敵でしょうか」
ここまで来て、またそれか。
ものの見事に振り回されて、最後の最後で、そこに戻るのか。
何となく後ろの二人にすら置いて行かれているような気がして疲れてきたのだが。
それでもここで間違える事は出来ない。疲労が蓄積してきた頭で、必死に考える。
定型でいけば、リダリオスはこちらに協力するという行為を見せたので味方寄りだろう。
ではリダリオスが定型通りの者かといえば、絶対に違うと言い切れる。
じゃあ敵なのかと言われれば、それもまた違うような気がする。
これまでの言動を思い返してみても………
ふと、思い至る。
リダリオスは協力するという類の言葉を何一つ言っていない。
それを踏まえてもう一度言われた言葉を思い返す。
――そういう、事?
おぼろげにリダリオスの人物像というものが、ようやっとわかった。
いや、わかっていないのかもしれないが、たぶんそう遠く外れてもいないだろう。
気を抜いていい相手ではないが、ある意味サジェス侯爵のように完全に武装しなければならない相手でもないという事だ。そう考えてみると、姉上の言葉もすんなりと呑みこめるような気がする。
「押し流してくれたこのタイミングでそれを問うのはいいセンスですね。
貴方を敵味方の括りでわけられる者がいるのなら、見てみたいものです」
多少の嫌味を込めて返せば、厭味ったらしく拍手を返された。
クロクロパートは一旦これでお終いです。