第六十九話 その手にあるのは……
意識が飛んでいた。
束の間か、数分か。気が付いたら木々の枝張りを呑気に観察している態勢だった。
あぁ、顎に入ったのかと痛みと視界の違和感で思い出す。
少年はまだ居るらしい。立ち去る気配も無い。
もぅ本当どうしよ。どうしたらいいのか分かんないよ。本当にさー。
あれだけ真正面から拒絶したのに何で居るんだよ。お前の神経太過ぎだろ。
しかし本当にどうしてくれよう。
ようやくブレーキがかかり暴走列車は止まってくれたが、ここまで盛大にぶちかましてこの後どうしろと。本当に俺は猿か。後の事を少しは考えてくれよ。
と、愚痴っても仕方がない。とにかく少年にご退場頂かなければならない。
拒絶では意味が無い事はよく分かったので、別の方向でいかなければならないが、拒絶以上の有効手段が無い。脅迫するネタも無いし、泣き落としは男がしても意味が無い――というか、ここで泣き落としは意味不明だ――他は取り引きだが、残念ながらこちらもネタが無い。
いや、無くは無いが実力が上の相手に脅迫だ取り引きだ持ちかけた所で抑え込まれるのは目に見えている。
ぼうっとして細枝を眺めていると、少年以外の気配を感じた。
すぐに身体を起こそうとしたが、声が聞こえてきて脱力した。
〝ねーねー本当に居るのー?〟
〝居る! 絶対居る!!〟
〝だって手合せしたの昨日だよ? 疲れてるよきっと〟
〝だとしても、あの子は絶対来てる! そういう子なの!〟
〝それにさ、登録員だったんでしょ? リットの君が疑っちゃ駄目でしょ〟
〝だあああ! うるさい! 怪しかったの! 怪しさが溢れまくってたの!!〟
〝人を見た目で判断しちゃ駄目だよ〟
〝あなたにまともな事を言われるとこの上なく腹が立つわ。もう帰っていいから。帰れ〟
〝えー!? それは無いよ! 危ない人だったらどうするの!〟
〝さっき見た目で判断するなとか言ったのは誰よ!〟
〝だって私は見てないもん〟
〝………もうお願いだから帰って。いいから、もういいから〟
何だってこんな所に来たんだか。って俺か? 俺がちゃんと仕事出来るか確認にきたのか?
それにしては焦ってるような……
そこまで考えて、俺は少年の存在を思い出した。
少年は最初、フードを覆面をしていた筈だ。それを今は取っている。顔を隠すというのはそれなりに理由があっての事だろう。
近づいてくる二人が居ると警告しようとして跳ね起きたのだが、目の奥がぐるりと一回転して焦点が転んだ。
「まだ動かないで」
傾いだらしい俺の身体は少年に支えられ、もう一度地面に寝っころがされる。
「少年、近く……」
警告しようとして、既に少年がフードと覆面の完全装備に戻っている事に気付いた。
気付いていたのか……
「大丈夫です。近づいていますが、殺気はありません。おそらく同業者の方でしょう」
同業者は同業者かもしれないけど、同業者違いだ。
まぁ知ってる相手なので大丈夫といえば大丈夫なのだが。
「目を閉じてください。治します」
俺は目に当てられた少年の手を掴んだ。
「いや、もう殆ど落ち着いてるから。顔を見られたくないんだろ。早く行け」
「………何か、企んでいますね」
「してないって。どっちかっていうと打つ手無しでお手上げ。どうやってお前から逃げようかと考え中だ」
「………………」
「ほらほら」
「…………立て直しが早いですね」
「え?」
「いえ。何でもありません。
顔ですが、隠しているので問題は特にありません。貴方をこのままにして置く方が問題です。
殴ったのは僕ですし」
それを言うなら、ふっかけたのは俺の方だ。
どうしたものかと悩む間にも声は近づいている。
まぁ……いっか。あの人達なら問題ないだろう。
「っ! ミア君から離れなさい!!」
………問題あったみたい。
慌てて起き上がろうとしたが、ぐわんと視界が歪んで反射的に膝をついてしまった。
「あなた何をしたの!」
見間違いであってほしい………姉御、今、何を持ってた?
なんか……最凶の武器が見えた気がしたんですけど……
とりあえず引こうとしない少年に手を伸ばし、制す。
ついでに目元をもんで、一呼吸。顔をあげ――
………やっぱ炒め鍋かよ。
「あのー。すいませんがその炒め鍋が使い物にならなくなる前に没収してもらえませんか?
こいつ、知り合いですから」




