第六十七話 両者ガチ?
ええと。
ええっと。
…………やっばいな。
……………これは、やばい。やばいやばい。
「なんつった、お前」
思考と言動が一致しないままに勝手に口が動く。
通常よりも数段低い俺の声に少年の肩が揺れた。
あぁびびらせてる? びびってる? わぁ………だから止まろうよ、俺。
「今、なんて言った?」
独走状態で突っ走る百パーセント本能の俺。思考は当然とばかりに置いてけぼりの状態。
有り得ない。有り得ないだろ。小っちゃい子を威嚇してどーする。
少年は意を決したように息を吸いこむと、真っ直ぐに俺を見上げてきた。
「僕と彼らは知り合いというわけではありません。
僕が彼らの事を偶々知っていただけで、彼らは………白の宝玉である僕を知っていただけの事です。
彼らが貴方を狙っているという事は………その、確かにカルマに聞いて知ったのですが……」
後半にかけて視線が下がり弱々しくなっていった。
あー……どうしよ。気にしているようだが、そこじゃないんだよ。
少年が白の宝玉とか言われるなんだかすごい人でしたって事はどうでもいい。
俺の事もあの狸親父が吹き込んでくれたんだろうなって事は何も言われなくてもわかる。この人の良さそうな少年が聞いたら放置出来ない性分だろうという事も容易に想像がつく。ついでに少年が奴らの事を知っていたとしても、それも俺にとってはさして重要ではないし、少年が奴らの仲間だと邪推する気も起きない。そんな器用なタイプじゃない事ぐらい、見ていればわかる。
そこ、じゃない。
「なんて言った」
頑なに同じ言葉を繰り返す俺に、少年は縋るような様子で胸元を掴み、下がる視線を持ち上げた。
「貴方にとっては不快でしょうが、でも、彼らと争わせたくなくて……
彼らはあんな事をする一族ではない筈なんです」
だから、そんな事じゃない。
「違う」
喉の奥がひりつくが、さっきまで吐いていたので胃酸にやられている所為にしておく。
思考まで停止したらどんな醜態さらすか分かったものじゃない。
とにかく、止まれ。今は絶対、止まるところだ。追いつけ思考。君だけが頼りだ。追いついて本能を止めてくれ。
っていうかこれ本能なの? 本音? どっちでもいいか。
「俺は弱くない」
は? という顔をする少年。
「お前に守られる程、弱くない」
少年は予想外の事を言われたかのように何度か瞬きして、周囲のガトの死骸を見回し戸惑うように眉を寄せた。
「確かに……一般的な戦力でいけば弱くはないと思いますが、でも僕よりは――」
「弱くない!」
頼むから止まってくれという俺の必至の願いも虚しく、暴走列車よろしく爆走を開始する俺。
「何でお前に守ってもらわなければならない?
そもそもこれは俺の問題だ。お前が関わる事を許した覚えは無い」
「そ……れは……そうですが、しかし相手は緑の民。以前お話しましたよね?
彼らがどんな存在なのかを」
「緑の民。別の名を緑の聞き手。緑の聞き手は、この世界のあらゆる事を知ることが出来ると言われていた。武器は精霊。精霊は世界中のあらゆる音、光、力を拾い、愛する存在へと惜しみなく与える。つまり緑の民に。言い換えれば無尽蔵の魔力タンクを持つ魔導師だろ。
だから何だ。魔術魔術魔導魔導って厨二病か。そんなに魔法がすごいのか。そんなもん当たらなければなんの意味も無い」
「それは相手が一人の場合で、複数になればどうなるか分かりません!」
「一人だろうと複数だろうと、それで俺が殺されようと、お前に何の関係がある?」
「っ!」
「俺が何をしようとどうなろうとお前には一切関係ない。俺に関わるな」
少年は唇を噛み、白くなるほど手を握りしめた。
いやまぁ、理性の方でも同じ事は考えているのだが、もう少し言い方というものがあろうだろう。なんだこのキャッチしたら怪我します的なボールは。何でこんな言い方なんだ。
やっちゃった感満載で早くも自己嫌悪に沈みそうになりそうだ。
「関係は………ありません」
絞り出すように言葉を紡ぐ少年。
その声は聞いている方が痛々しかった。
「だから、勝手にします」
…………?
「勝手?」
「はい。貴方の許可は要りません。僕の勝手にさせてもらいます」
少年の目は挑戦的だった。
…………………あれ?
「何を――」
「封印を解くでもしない限り、貴方は僕に勝てない。
解いたとしても、勝てないでしょう」
さっきまで絞り出すように声を出していた子はどこにいった?
何でこんな『腹は括ったぜ!』的ないい笑みを浮かべている子がいるんだ?