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第六十五話 頼って頼れて安堵して

 走って向かった先は教師棟。こちら側はまだバタついているのか常より騒がしい気配がした。

 講義のある時間帯にうろうろしている自分に対して目を止める者も居ないぐらいだから、かなり混乱しているように見えた。


 避難の事で苦情とか問い合わせとか来てるんやろうなぁ……


 学院側の苦労は他人事としておいて、目当ての人物を探す。

 二階に上がったところでその人物の背を見つけ、急いで駆け寄る。


「ヴェルダ先生!」


 声を挙げると、背が振り返り驚いた顔をされた。


「先生、すいません。ちょっと時間いいですか?」


 ヴェルダ先生は何故この時間帯にうろうろしているのかという表情をしたが、口を引き結んでいると『来なさい』と言ってくれた。

 実技がうまくいかなくて何度も相談しているうちに、この人は他の教師とは違うと感じていた。

 他の教師は生徒から質問されればそれら全てに答えるが、決して自分達から動こうとはしない。自分達が動いたら、罰せられるとでも言うように、絶対に動かない。

 けど、ヴェルダ先生は何度か助言してくれた。控え目にだったが、それでも自分から動いてくれて、生徒の一人一人を見ていてくれているような感じがした。キルミヤの事も、最初は不真面目な生徒として憤っていた所があったが、途中から訝しむような心配するようなものに変わっていた。

 大抵の教師はキルミヤの事を落ちこぼれ、不真面目な生徒として目に掛ける事もしない。今相談したとしても取り合ってくれる可能性があるのは、先生しか居ない。


 他力やな……けど、今はそれしか出来んし、出来ることせなな………


 出来る事。それが自分の限界だろう。

 家族の皆の期待を裏切る真似は出来ないが、このままキルミヤの事を置いておく事もしたくない。

 無事を確認して、心配かけるなと叱って、それでどこかへ行ってしまうなら別れを言って。とにかく、ちゃんと区切りがしたい。中途半端なままではこちらに集中出来ない。

 だから、今出来る事を出来る範囲でする。


 先生の部屋に入れてもらったところで、すぐにでも話そうとしたが制されて椅子に座らされお茶を出された。


 教師の中では若い部類に入る先生は雑多な事を請け負っているのか、目の下に隈が出来ていた。

 疲れた表情はしていないが、寝る暇も無いほど忙しいのかもしれない。それなのに押しかけてしまって、申し訳ない気持ちになってきた。


「パージェスとオージンの事か?」


 ハッとして俯いた顔を挙げると、ヴェルダ先生はこげ茶の目を眇めて小さく息を吐いた。


「他の者からも尋ねられている。そう驚く事でもない」


 同じ学年の者が見当たらないんだから当然だろう。と言われて、俺は首を傾げる。

 俺とキルミヤは始終一緒に居たが、キルミヤは別段誰と親しいというわけでもなかった。声を掛けられれば答えるが、声を掛けていくことは無かったし、会話自体それほどしていない。


「私は一番に君に尋ねられると思っていたが、君は学院をあまり信用していないようだな」

「っ……」


 意識はしてないが、図星だと思った。

 襲撃があった事を話しても、それに対して動いているような様子は見られなかったし、あれ以来何の音さたもない。一生徒に逐一報告する義務など無いのかもしれないが、放っておかれているような気がしてならなかった。それに、教師の生徒に対する態度も。

 それでも魔導師団員になるには一番の道だから見て見ぬふりをしてきた。


「責めている訳ではない。むしろ私も同じような考えだ」

「え?」


 ヴェルダ先生はため息をついてお茶を口に運ぶ。


「君も飲みなさい。滋養回復のものだから」

「あ……はい」


 口にすると、少し癖の強い味と香りがした。


「二人の事は私も知らされていない。知っているのは学院長と、ラウネス殿だろう」


 ラウネス?


「ラウネス殿は療養室を管理しておられるが、学院長の知り合いで名の通った傭兵だ」


 疑問を察して補足してくれる先生。


「じゃあ学院長が情報を伏せているという事ですか?」

「そうなる。意図は全く見えないが、中央の兄君からの問い合わせにもまともに応じてないようだ。近いうちに乗り込んでくるかもしれないが……それも無駄足になるだろうな」

「なんでです?」

「学院長が職を辞す。宣言されたのはついさっきだ。今回の不始末の責任を取ってと本人は言っているが、あの人と同レベルの魔導師は魔導師団長以外には居ないから、周りは引き止めようと躍起になっている」

「ちょっと……まってください。なんなんですか、その無茶な話は。そんなん無責任でしょ!」


 学院長が辞めたら、知ってる人間がおらんようになってしまうやないか!


「そうだな。私も唐突な話だと思う。あちこちから問い合わせが来ているというのに、この騒動に終止符を打つでもなく辞めるというのは、無責任だろう。あるいは、辞める事で終止符を打とうとしているのかもしれないが、そう考えるには学院長の態度は素っ気ない。まるでこの学院への執着が無くなったかのようだ」

「なんなんや……」

「私は兄君とリダリオス殿に連絡を取ろうと思う」

「リダリオスって……元魔導師団長の? そないな人に連絡とれるんですか?」


 大丈夫だとヴェルダ先生は頷いた。


「リダリオス殿はオージンの後見人だ」

「…………え?」

「変わり者だと評判だが、事が事だ。完全に無視される事はないだろう」

「……でも、ちょっとまってください。そないな事したら先生が学院に怒られるんと……」

「その心配は要らない。私は学院の為に教師になったわけではないのでな」


 片頬で笑った先生がこの上なく頼もしくて、心強くて、俺は奥歯を噛みしめた。

 喉の奥から込みあがってくるものを押し込める。


「俺………なんか、俺に出来る事ないですか?」

「ハンドニクスは力を磨く事を考えるといい。戻ったパージェスをそれで驚かせれば少しは気も晴れるだろう?」


 少し悪戯っぽっく言われて、俺は吹いた。確かにキルミヤの驚く顔は見てみたい。それも俺が驚かした顔ともなればすごく楽しそうだ。


「まぁ今でもパージェスと君の成績は既に離れているからどこまで驚かせるかは分からないが」

「あ、先生。それちゃいます」

「ん?」

「あいつめちゃめちゃ勉強してました」

「………パージェスが?」


 若干間が空くのは、俺も同じ思いだ。誰だって思うだろう。『あいつが勉強?』と。

 でも事実なのだ。それだけのものがある。


「あいつたぶん、上級魔術まで手を出してます。内容も理解してる思うんです。えらい纏めた資料があったから」


 ヴェルダ先生は呻くように両手で頭を抱え、俯いた。


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