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第六十四話 揺れて迷って

 足が重い。自分でも足元が覚束ないのがわかる。

 もう次の講義はとっくに始まっているが、今から遅れて入る気力は無かった。


 ――あなたは教室に戻りなさい。これ以上は居ても仕方がないわ――


 そう言った皇女に対し、従う事しか出来なかった。

 上級生二人を引き連れた皇女がどこへ行ったのかも分からない。

 何をどうしていいのか。それとも何がしたいのか、何でこんなところにいるのか分からなくなってきてしまった。


 教室で他の生徒が真剣に勉強している姿が目に入ると、もう自分以外は日常に戻ってしまったのだと思わされ、その中に入ることが出来ない自分が可笑しかった。


 なにしてんのやろ……俺は………


 妹も弟も、父も母も叔父も叔母も、今も必死に身体を動かし働いているのだろう。

 貴族としての氏を隠し平民に紛れて働き、借金をしてまで学費を捻出した皆にはこんな事をしているとは口が裂けても言えない。


 ここへ入れば蔑まれる事も、無視される事もあるだろうと覚悟していた。

 どんな事をされても家族の事を思えば耐えられる、耐えなければならない。平民の中で穏やかに慎ましく暮らすという選択を捨ててまで、送り出されたのだから。


 それなのに、笑って過ごしている自分が居た。実技がうまくいかなくてどうしようか目の前が真っ暗になっていたら、あっさりと解消されて。弱った姿に本心が聞けるのかもしれないと思って言ってみれば、ぶっちゃけ話の一言で済まされてしまって。


「ほんま……なにしてんのやろ………」


 早く教室に戻らないとと考えながら、気が付いたらキルミヤの部屋の前に居た。

 毎朝毎朝、一人ぎりぎりまで寝ていたキルミヤを叩き起こして引っ張ってご飯を食べさせ教室に行った。


 カチャ


 押せば抵抗なくドアは開き、他の間取りと同じ造りの見慣れた部屋があった。

 いつもと何も変わらない。そこに居るべき者が居ないだけで。


 何かに巻き込まれたのか。あの刺客達が現れたのか。グラン・パージェスが関係している事であれば、俺の手では届かない。皇女の言うとおり、居ても仕方がない。


 やっぱりお前はそっちの人間なんかな……


 俺とは異なる世界の住人。手が届かない場所の人間。

 どうやってもそこへたどり着けるとは思えない場所の存在。

 こんな思いをするなら、いっそ最初から会わなければ、声など掛けなければ良かった。

 必死に勉強して、足掻いて足掻いてここまで来て、でももう、自信がなくなってしまった。

 どう頑張っても平均に達するのもやっとの実力。こんな事では再興など夢のまた夢だろう。


 才能ある奴にはどうやったって――


 何気なく動かした視線の先、殆ど使ったところを見たことがないキルミヤの机の上に紙があった。

 近づいて見ると、そこには真ん中に一本線が引かれ、その両端にびっしりと単語が書き連ねてあった。


 内容が口頭契約のようで、それが何らかの意図を持って二つに仕切られている。

 もしやと思い、俺は机の引き出しを全部開けた。

 上から順番に開けてゆき、最後の引き出しを開けたところで大量の紙が突っ込まれているのを見つけた。取り出して一枚一枚確認していけば、書かれているのは口頭契約の内容だけではなく、魔術に関すると思われる事が手当たり次第に纏められていた。それも一年が習うものを有に超えた代物だった。

 初級に始まり、中級、上級のものまである。少ない知識をかき集めて見ても、キルミヤがそれらの術の系統、構成、効果、影響を理解しているとしか思えない。そんなものが、大量に。


「…………なんや……お前、めちゃめちゃ勉強しとるやないか」


 はは…… と、乾いた声が出た。


 そういえば、そうだ。あいつはそういう奴だ。

 自分の事は話さず、下らない事ばかり口にして――


「あぁ………もぅなさけな」


 俺はあいつに寄り掛かっていたのか。世話を焼きながら、それを拠り所として足場として立ってこれていたのか。だからあいつが居なくなってどうしていいのか分からなくなって、同じ立ち位置に居る訳ではないとわかっていながら、あいつに裏切られたような気に勝手になって。


 だいたいあいつが無事がどうかもわからん言うのに、何考えてんのや俺は。ひがみ過ぎやろ。


 紙を引き出しに戻し、瞼を降ろす。

 これは、再興とは何の関係もない。むしろ妨げにしかならないかもしれない。


 一人一人顔を思い出しながら、俺は首を振った。

 叔母あたりなら、分かってくれるかもしれない。だが他の皆は、おそらく激怒するだろう。一体何をやっているのだと。

 皆を裏切る事は出来ない。

 

「だったら、やる事は簡単やな」


 俺は目を開けて、踵を返した。

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