第六十三話 関わり方(早くも暫定対応変更)
フッと意識が浮上する。
目を開けると同時に僕は背にした木の影から飛び出し、蹲っているキルミヤの胴をさらうようにして転がった。
「うぉっ!」
ガッ
真空波は、狙い違わずキルミヤが居た地面を深く抉った。
「え、は? どちらさ――少年?」
「僕の後ろから出ないでください」
顔が隠れているのによく分かったものだと思いながら、前方木の影に隠れたまま出てこない相手に視線を向け、僕の背から出ようとするキルミヤの腕を掴む。
「ちょ、何事? 何でお前が………ってそんな事言ってる場合じゃないらしいな」
殺気に気付いたのか、青白い顔をしたまま周囲に視線を走らせるキルミヤ。
僅かなそれを察したあたり、気配に敏感なのだろう。もしくは精霊が関係しているのか。
「………ぉいおいをい。早速アタリかよ」
覆面を降ろそうとしたところで、何かに気付いたようにキルミヤが呟いた。
「どうしました?」
「どうしたもうこうしたもあるか」
「? ――っわ」
一瞬意識が逸れた瞬間、掴んでいた手を逆に掴まれて引っ張られ態勢を崩した。
この状況下で一瞬でも隙を見せれば命とりになる。思わず僕はキルミヤを睨み抗議した。
「何をするんですか!」
「それはこっちのセリフだ!」
いつもの軽快さなど欠片も無い。間違う事なき怒気に、僕は口を半分開けたまま固まってしまった。
あのキルミヤが本気で怒っている。何を言われようと受け流すだけのキルミヤが。
彼の怒気を初めて目の当たりにして、言葉を返す事も忘れいつの間にか僕は前に在る背を見上げていた。
「お前、あの男――カルマに何を聞いた?」
「何って……何も」
不意に問われ、咄嗟に僕は言葉を返した。
「じゃあ、何でこんな場所に居る」
「それは………偶然」
「偶然? 地元の人間も滅多に入らないこんな場所に? しかもこのタイミングで?」
「………」
「沈黙は肯定と見なす。
俺の事を聞いたのか?」
怒気を孕んだまま静かに問われ、僕は口の中が乾いていくのを感じた。
何に焦っているのか自分自身わからないまま、必死に言葉を探そうとするけれど何も出てこず肯定を示す沈黙しか取れなかった。
「……………あの狸親父! そういうやり方するか!?」
キルミヤは吠えたかと思うと、僕を抱え込みながら横に転がった。
ガッ
横目でまた地面が抉られるのを見て、反射的に風幕を張ろうと手を動かしかけ――がっちり抱え込まれていて動かせない事に気付く。
「キルミ――」
「mähis tuul」
ヴンと空気が鳴ったかと思うと、風が僕らを中心に巻き起こり、次いでバンッという耳障りな音を立てた。
何となく分かったのは、風の結界をキルミヤが張り、真空波を防いだという事。
キルミヤは態勢を立て直すと、再び僕を背に隠そうとした。
そこでやっと僕は状況を理解し、慌てて前に出てフードと覆面をはぎ取り声を張り上げた。
「緑の民の方とお見受けします、僕の事はご存知でしょうか!」
キルミヤは相手が自分を狙っている者だと気付いた。
このままいけばキルミヤの様子からして間違いなく戦いになるだろうが、それは出来るならさせたくない。それにどうしても聞きたい事があった。
僕の問いかけに、僅かに戸惑う気配がした。
知っているというその反応に、僕は言葉を重ねた。
「何の縁か『白の宝玉』などと呼ばれていますが、僕はあなた方に危害を加える気はありません。少しお話を伺いたいだけです」
「お前、何を言って――」
「何故彼を狙うのです?」
キルミヤの言葉に被せ、封じるように僕は尋ねる。
「緑の民と言えば最も温厚な種族。その優しさ故に捕らえられ利用され、それでも尚優しさを失わなかった一族なのに、どうして彼を狙うのですか? 彼が何をしたというのです?」
応えが返ってくるとは本当のところ思っていないけれど、聞かずにはいられなかった。
何が彼らをそこまでさせるのか、それとも彼らは変わってしまったのか。それが分からない。
「――では逆に問おう」
姿を見せない相手から応えがあり、僕は目を見張った。
「貴方は何故其れを助ける。貴方には使命があり其れに構っている暇など無い筈。それとも其れの力が欲しいのか?」
「………欲しくないと言えば嘘になる。けれど力を望んでいるわけではありません」
「では何を」
「…………僕は……過去、彼のような人を見殺しにしました。同じ事は、したくない。
だから、僕は彼を守ります」
後ろで息を呑む気配がした。
まぁ……キルミヤにしてみれば、どうして僕がここまで首をつっこむのかは分からないだろう。
「………………………分かっていない」
暫くして、ぽつりと落とされた言葉を最後に、気配が消えた。
大した事は何も聞けなかった。でも、戦いにならずに済んで良かった。
ホッとして肩の力を抜き、後ろを振り返ったところでこちらを凝視しているキルミヤの視線とぶつかり、僕は固まった。
そうだった……言い訳を何も考えていない。