第六十二話 関わり方(暫定対応)
索敵を最大範囲で使うが彼の気配は見つからない。
アーラントにあるリットは西下区。都を十字に区切る大通りから外れた場所にある。手がかりはそれしかない。
目に付いた露店に売ってあった小さな果実を一袋買い、小指の先程度の大きさのそれを二つ口の中に入れて噛めば馴染みの酸味が広がり少しだけ気持ちが落ち着く。
人ごみを縫うように走り、何度か訪れたリットの前で速度を緩めゆっくりと正面のドアを開ける。
セントバルナのリットらしい、こじんまりとした広さの支部には他に人の姿はない。閑散とした空気が漂い、受付に居る女性だけが営業している事をかろうじて示していた。
「ご依頼でしょうか、受付でしょうか」
カウンターに近づくとセントバルナの受付にしては愛想のいい顔で聞かれ、僕は小さくを首を振った。
「歳は十七程、髪は青褐色、目は紫の青年を見かけませんでしたか?」
受付の女性はにこやかな笑顔を浮かべたまま、頭を下げた。
「リットではお客様に関する事、登録員に関する事をお話し出来ない規則となっております」
「客でも登録員でもないかもしれない」
「どちらでも無いとは言い切れませんので、お話しする事は出来ません」
ここで捜索の依頼に移さないという事は何らかの警戒をされているのだろう。
目深にフードを被り、口元もマントで覆った姿とくればそれも致し方ない。ただ、目元が一瞬反応していたので、ここに来ているのは間違いなさそうだ。それだけわかっただけでもいい。
「分かりました。では受付を」
懐から証を出し、カウンターに置く。
女性は慣れた手つきでカウンターに設置してある円形のボードに乗せ、一回り小さいボードを前に出す。
偽造と所有者の偽り、そして二重登録を防ぐこの判定は今の技術では誤魔化しが効かず、魔術に優れたセントバルナでもそれは不可能と言われている。
犯罪者の資金源にもなりかねない商売が守秘を貫いても各国で許可されている理由の一つがこれになるが、カラクリを知っていれば偽造は然程難しくない。
僕は出されたボードに右手を乗せながら、そっと左手で空を切る。
ボードがいつも通り青く光り、女性は依頼書の束を取り出した。
「確認致しました。現在こちらで受付可能な依頼です」
等級四の護衛が二件。行先は北と東の街。距離は馬車で二日と五日。
等級四の魔物狩が三件。場所はどれも馬車で二日以上は掛かる町の近く。
等級無、シィール語、シルフィ語、リドリニアス語の言語使用者募集が一件。期間は一ヶ月。
「これで全てですか?」
「はい」
こうして出されるのは、等級を満たしてるものだけ。
一応僕は二級となっている為、ほぼ全ての依頼を見ていると考えていいだろう。セントバルナで二級以上の依頼などそうそうない筈だ。
それなのに、六件。
セントバルナのリットだとしてもこの件数は少ない。
それに、ある依頼が無い。
この時期であれば比較的都の近くに魔物が発生しやすい。北と南の街道沿いの駆除はされているが、東に延びる地元の道はいつも駆除が遅くなり、匿名で魔物狩の依頼が定期的に入る。
この依頼は三級以上に割り当てられる筈なので都を中心として活動している者ではなく、外の国から入ってきた旅の者が受けるのが常だ。
セントバルナ内で活動する者の等級は良くて四級。小型の魔物を対象として問題ないとされる程度。
「………有難うございました。合いそうなものが無いので止めておきます」
「ではまたのご利用をお待ちしております」
フードに覆面と怪しい事この上ない僕に、怯えるでもなく笑顔を浮かべ続ける細目の女性。
どうだろうか? この女性は良心的な人のような気がするけれど、一登録員に対してまで助言などするだろうか。
「………今、彼は危険です」
囁くように呟いた僕の言葉に、依頼書を仕舞っていた女性の手が一瞬止まった。それを視界の端に収めながら、少しホッとした。
女性から伝わってくるのは動揺と、心配、僕に対する軽い敵意。
言い回しを彼が危険人物であるとも、彼が危険な状態にあるとも、どちらとも取れるようにして、返ってきた反応がそれなら大丈夫だろう。
「一人にしておく事が何よりも危険。誰かが傍に居ればいいですが」
「……………」
こちらの呟きに聞こえないという様子で依頼書を仕舞う女性。
気休め程度だなと思いながら、僕はリットを後にした。
「あの身体捌きから言って三級であってもおかしくは無い……可能性があるのは東の道」
既に完了しているか、それともまだやっているか。または全く別の依頼を受けているか。
ここら出ている道は南北と東。二日もあればかなり遠くまで行けるだろう。
探しきれるのか?
湧きあがりそうになる不安を振り払い、東の小門へ。
日は傾き、これから外へと出るには適さない時刻も相まって、不審な目を向けてくる門兵にリットの証を通行証替わりに示し外壁の外へと出る。
こういう時に精霊に尋ねられればいいのだけれど、彼が居ない今、やはり自分の傍に精霊の気配は無い。
索敵を最小出力最大範囲で行使し、依頼に多かった東への道から逸れた林へ走る。
動きながらでは精度が甘くなるが彼のように独特の気配を持った者なら十分感知可能だ。
林の姿が見えたところで、僕は足を緩めた。
気配があった。他にあるのは魔物。苦戦している様子も無く、魔物の数が少なくなっている。
「………………よかった」
場所は覚えたので、索敵を解除し膝に手をつき息を整える。
さすがに完全に戻ってはないか……
何度か深呼吸をして整え、大きく吐いてから林へと足を踏み入れる。
無事だったのはいいが、でもここで姿を見せるのも躊躇われる。このまま放っては置けないというのは前提として、けれどそれで一緒に居るところを見られて僕の仲間と思われるのも問題だ。
「なら、誰にも見られないようにするか………」
それなら彼に迷惑が掛かる事も無いだろう。
それに先程の女性が助言してくれれば一人になる事を避けてくれるかもしれない。
今は無事な姿を確認して、人が居るところに戻るまで見ていよう。
しばらく歩いて行けば、ガトの死骸に囲まれたキルミヤを見つけた。
地面に膝をついていたので怪我でもしたのかと出そうになったが、いつかのように吐いているだけのようだ。
出て行きたくなるのを静め、身を潜めたまま彼が回復するのを待つ。
ああいう反応を起こす人を何人も見てきた。彼もトラウマを持っているのだろう。あんなに反応してしまうぐらいのものを。
なんとなしに目に入った己の手に、意味もない笑いが込みあがる。
きっと僕にはもう、そんな反応を出せる程の心が残っていない。
彼には、こうはなってほしくないな……
キルミヤの気配を背に、僕は目を閉じた。