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第六十話 謝りっぱなし

「一通り記入して、確認するから」

「りょーかいです」


 お茶をふき取ったテーブルの上に三枚の固いごわごわとした洋紙とペンを出され、早速記入する。


 全て同一の内容で、一つはここに置かれ、もう一つは初回登録をしたパージェスへ、最後はリットの本部が保管する。

 名前、登録番号、等級、保持技能、傭兵であれば倒した魔物の種類と数を三つの言語で記載する。


「できました」

「確認するわね」


 インクがまだ乾かない洋紙を一枚ずつ確認していく姉御。


「等級は変わってないのね?」

「五年前からリットに顔は出して無いので」


 姉御は洋紙から視線をあげた。


「余所へ移ったんじゃなかったの」

「十二歳の子供が単独で流浪するとか有り得ないでしょ」

「それはそうだけど、世慣れてる感じがしてたから、そうじゃないかって皆で話してたのよ」

「どんな子供ですか」

「あなたみたいな子供」


 にべもなく言い返され、俺は反論を抑えられてしまった。


「それにしても、字体は変わらず繊細ねぇ。

 文字も全部覚えてるようだし、私が書くところはここだけね」


 普通は問答形式で受付がセントバルナのシィール語で記載する。

 その後程、複数の言語を使える者が大陸言語のもう二つ、南のラドルゴ語と北のファス語で記載する。


 俺はその三つの言語とも、今も問題なく覚えているので、事務処理短縮の為に書いた。

 というか、洋紙を出された時点で『書け』と言われているようなものだ。


 仮証申請の保証者のところに姉御が自分の名前を記載し、ぴらぴらと乾かすようにあおぐ。


「また代筆?」

「それはあまり稼げないので、依頼があれば狩りをします」

「………大丈夫? 嫌がってたでしょ」


 眉間に皺を寄せて言われる程に嫌がっていたのだろうか?

 確かにおやっさんに言われてノルマを達成しなければならないとなった時はぶるーだったが。


「大丈夫ですよー。もう子供じゃないんですから~」

「………武器を持ってないように見えるんだけど」


 ますます皺を寄せていく姉御に、俺はちっちと指を振った。


「漢の武器は拳と相場が決まってるじゃ――」


 スパン


 みなまで言わせてくれなかった。

 俺にとっては大事な大事な仮証申請書を丸めて頭を叩いてきた姉御。


「ちょ、それまだ乾いてないんじゃ」

「ミアくーん。ふざけていいところと悪いところ、もっかい教えてあげよーか?」


 丸めた申請書を開いて、両手で引き裂こうとする姉御。


「えぇ!? ちょ! えぇ!? いや、えと、その、あの、武器は無いけど、武器になりそうな手段はあるっていうか、そんな本気で拳でやるとか無いじゃないですか!」

「あなたの場合ふざけてても本気でやるときがあるから油断ならないのよ。大鎌は無いの?」

「ぁー……大鎌はパージェスです。準備する間も無かったもので」

「準備って、家出でしょ?」

「いやそうなんですけどね……」

「………はぁ」


 姉御はため息をついて洋紙から手を離した。


 せーふ。せーーふ。あっぶね。

 ここで破られて拒否られたら収入源確保の道はほぼ断たれる。


「ミア君。お金貸してあげるから、パージェスに戻りなさい」

「え? は?」

「家出するのは勝手だけど、そんな何の準備も出来ていない状態でこれからどうするの?」

「どうするのって……どうにかしますよ?」


 『どうするのか』ではなく、『どうにかする』という考えの方向性が社会人の一般常識だ。

 そんな一般的な話なのに、何故か姉御は大仰に溜息をついて肩を落とす。


「どうしてそう可愛くない事を言うかな」

「えー……今のどこに批判される要素が……」


 姉御は突如、バンと机を叩き身を乗り出した。


「あのね! 私は子供のあなたをリットに登録したの! それがどれだけ常識はずれな事かいくらあなたでも分かるでしょ!」

「は……はぃ」

「登録した手前、あなたがきちんと大人になるまでは面倒みようと思ってたのにいきなり顔見せなくなって、挙句の果てに行き倒れ!? ふざけんじゃないわよ! こっちはどんだけ心配したと思ってるの! その上、計画性もなく魔物狩りを素手でしようとする馬鹿を批判しないでどこを批判しろというの!」

「ど、どーどー、落ち着いてください。分かりましたから」

「分かってない! ぜんっぜんわかってない!!」

「ちょ、すとっぷすとっぷ、怒ると皺が――」

「あぁ!?」

「あ……や、その……申し訳ありませんでした……」


 何度目か分からぬ謝罪に涙しつつ、俺はテーブルに額をこすり付けると、頭上で僅かばかり怒気が薄らいだ気がした。


「――でも、全くの無計画ではないです。いくら俺でもそこまで馬鹿になる気は無いです」


 怒気が薄らいでも顔を挙げるのが怖いので、テーブルと額を合わせたまま、俺は続ける。


「狩りをするのも本当に素手でというつもりはありません。

 今はお金が無いので何も用意出来ませんが、お金が入れば整えるつもりです」


 今なら、あの大鎌以外のものも扱える筈だ。


「それに、パージェスの地を二度と踏まないと決めました。

 ここで戻れと言われても戻るつもりはありません」

「…………仮証を作らないと言っても?」

「仮証よりも、戻らない事の方が優先度は高いので」

「それ、言っている意味わかってる?」


 そりゃー分かってる。

 最悪、本当に野垂れ死ぬ。全力で避けようとは思うが、一番回避し易い手段であるリットが使えなければ、確率は高くなってくる。フェリアが貸してくれたものを使うという選択肢もあったが、あれはダン君とお話してみて封印だと決めた。


「………あぁもう嫌になる。頭を挙げなさい」


 恐る恐る挙げると、べちんとデコピンされた。


「一週間に一度は顔を見せなさい。それなら作ってあげる」

「え……っと……」

「何? 文句があるの?」

「いや、文句というか、資金が溜まれば旅に出ようと思っていまして」

「どこに」

「どこと言われても………とりあえず国外?」

「……………」


 やめて、本当やめて、怖いから。俺の精神強靭じゃないから、本当やめて。

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