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第五十三話 本(音のあぶり出し)戦

「炎獄の貴婦人が目覚めてしまったのは誤算でしたが、目覚めたからには放置など出来なかったのでしょう。

 しかしそこからはいただけない。囚われた者の侵食を防ぐなど余計な事に力を使うから今回のような事になるのです。本来の使い方をすればやろうがやらまいがどちらでもいいとは思いますが、それをしないのであれば無視すべきでしょうに」


 それって……フェリア、だよな?

 もしかしなくても俺がフェリア助けられないか聞いたからだよな?


 ……うぁ


 俺は頭を抱えたくなってきた。


「災厄の種は、誰も破壊する事が出来ません。

 盲目的な一族が何とか破壊しようと試みたようですが封印止まり。今の魔術師が対処出来るかと言われれば絶望的としかいいようがありません。

 それを唯一成し遂げるのが白の宝玉なのですが、あの子は正式な使い方を避けています。

 精霊の力を搾取するはずのところを、己の魔力で替えようとするのです。一地域の精霊が消滅するほどの力が必要となるのに、個人の魔力が足しになるはずないんです。なのに飽きもせず同じことを繰り返して馬鹿にも程がある」


 使えるものがあるのに使わないのは馬鹿ですよねぇ? と、男は笑う。


 出会った頃、少年に精霊に愛されし者じゃないのかと聞いた時、浮かんだ表情が何を意味していたのかおぼろげに見えてきた。


 だが、頼っただけの俺には何も言えない。


「あの子が倒れてしまえば災厄の種を破壊出来る者はいなくなってしまいます。

 誰かに力が受け継がれればいいですが、それは望みが薄いでしょうから私としては細長く頑張ってもらいたいのです。だから、あなたにこの話をしました」


 俺に支援役をやれという事だろうか。今回のように少年が行動不能になった場合の保護とか――


「あなたは精霊に愛されし者。あなたが呼びかければ精霊は集まり、あの子も多くの力を得られる」


 想像通りの内容に、俺は試しに聞いてみた。


「それで集められた精霊は死ぬというわけですか?」

「死ぬ。という概念が成立するのか疑問ですが、消滅するという事が死であればその通りです」


 男はあっさりと肯定した。


「精霊の死は嫌ですか? でもね、考えてもみてください。災厄の種は国を一瞬で滅ぼす事が出来るだけの力を持っています。精霊も恩恵をもたらす存在ですが、国規模の土地が更地になるよりは一地域だけの被害の方が随分と軽いでしょう?」


 数値上はそういう判断もあるだろう。俺もそういう考え方を持っていない訳でもない。

 ただ、最終的に判断をするのは俺ではなく少年で、そして俺にもそれを考える以前の問題が存在する。


 迷惑をかけておきながら返せるものが何も無くて悪いと思うが、俺の存在そのものが迷惑になりかねないので、もう少年の人生から俺は退場するべきだろう。


「協力は出来ません」

「どうして?」

「私事都合です」

「私事都合…………ぶっ」


 ぶっ?


 男は顔を横に向けて口を抑え笑いを堪えていた。


 この男の沸点は相当低いらしい。どこにうける要素があったのか全くわからないが、黙ってじーっと見ていると、男はごほんごほんとせき込み、笑いを消した。


「………すみません。いやあ本当にあなたは興味深い。命を狙われている事を私事都合で済ませますか」


 …………


「命?」


 はて? と首を傾げた俺に、男は苦笑した。


「そのとぼけ具合は見事なものですね。ウィトエリク・パージェスの第一子、キルミヤ・パージェス君」


 ウィトエリクは、俺の実母の名前。

 俺が目を覚ますまでに俺の事を調べたという事だろう。ぶっちゃけ、俺はおっちゃんの実子じゃないと公表されても別にいいと思っているので、だからどした? としか思えない。おっちゃんにとっても、グランにとっても養子でしたと公表されたところで、害もなければ益も無い。ただ妹の子供を引き取ったというだけだし、実子としていたのも妹がどことも知れぬ男と結ばれたなどと外聞が悪いからと言える。俺に対する評価は下がるだろうが、おっちゃんやグランに対する評価には実質影響しないだろう。それにそんなものに影響される程、グランは可愛い奴ではない。


「しかし不思議です。あなた、どうして今まで生きていられたのでしょう?」

「いや、俺が死ぬのは前提みたいに話さないでください」


 俺の突っ込みに男は目を瞬かせ、俺と同じように首を傾げた。


「だってそうでしょう?」

「どこが。どこから。どうしたらその流れになるんですか」


 あなたの発言内容からその流れに持っていくには無理がありまくりです。


「二重の封印をかけられていたくせにピンピンして」


 少年か? 少年から何か聞いていたのか?

 それより『くせに』って何だ。『くせに』って。


「何よりパージェスを出れば命は無いと言われているのに、こうしてまだ生きている」

「命は無い?」

「ええ。

 あなたは生後間もなく母を殺され、その八年後に再び命を狙われた。しかし不思議な事にその場で命を取られる事はなく、封印とパージェスを出れば命はないとだけ言われた。

 あなたは学院に入るためパージェスを出たその瞬間にでも殺されておかしくない状況なんですよね。

 それなのにあなたはこうして今も息をしている」

「………何の事です」


 男は笑みを変えた。まるで罠にかかった獲物を見るようなそれに。


「あなたが炎獄と接触していた事を知っていた種明かしをしましょう。王家の試金石はご存知ですか?」

「知ってますけど……」

「それと同じです」


 同じ……


「………先天性の能力」

「ご名答。私は触れたモノの過去を見る事が出来ます。

 あの子もあなたも全く目を覚まさないので暇で暇で仕方が無かったんです。

 あなたの過去は随分と面白かった」


 いやーいいもの見ました。ってスポーツ観戦のようにさわやかに言われたくない。


 まぁ起きた直後から命が狙われのどうのこうの反応探ってたから、ひょっとしたらとは思っていたが、まさか本物エスパーだとは……

 その件に関しては、おっちゃんにもおやっさんにも、もちろんグランにも話してない。というか、誰にも話していない。知っているのは相手と俺だけ――と思っていたのに、過去視の能力とか反則だろう。


「俺の過去見たところで取引材料になるものなんてありませんよ。むしろ不良物件なのがよく分かるでしょ」

「はい。余程の事がなければお近づきにはなりたくないですね」


 ため息交じりに言ったら、軽やかに返されてしまった。


「………ひど」

「そうですか? あなたの方がそれを恐れて故郷でも学院でも人を拒んでいたのでは?

 あぁでもよく分からないですね。人を遠ざけようとしている割には人目を引く言動を取る事もあり、一定していません。

 そもそもどうしてパージェスを出る気になったんです? それまで何度か出ようとして止めていたでしょう?

 学院で力をつけたかったから? 違いますよね。あなたは制御出来ない魔術を諦めて別の手段を取りました。

 ならば戦力を集めるため? これも違いますよね。戦力を集めるという事であれば養父か義兄に話せばパージェスを出るまでもなく効率的に集められます。仮に話さなくともパージェス内で集める方が安全ですし、全く伝手が無かったわけでもありません。何より学院で集められる戦力などありません。

 では諦め? これが一番しっくりきます。パージェスを出ようとしながら止めていた事を考えれば、外に出ると決断出来なかったと思われます。学院に移動した時は半強制でしたが、あなたが本気で抵抗すれば出ずとも済んでいたでしょう。それをしなかったという事は、流れに任せたと捉える事が出来ます。

 そのまま惰性で学院に入り、その辺りから言動が不安定になり……あぁ、なるほど。パージェスを出た事で相手がどういう反応をするのか警戒していたんですね。あなたにしてみれば相手を特定するだけの情報が無いのですから、誰がその相手なのかも分からない。四六時中警戒するのは神経すり減りますから精神的に安定を取ろうとした結果があの言動と。

 ……しかしそれだけとも思えない。あなたが小さい頃の状態と比べればその程度の負荷で不安定になるとも思えないのですが……違いますね。間違えました。だからこそ、不安定になったという事ですね」


 これは何のプレイですか。

 目の前で延々自分の事話されるって。しかも疑問形を取りながら回答なんて全く求めてない。


「惰性で生きるぐらいなら、あの子の力になって欲しいものです。

 それに関わらせたくないという割には、封印まで解かせておいて何を言うやら」


 封印に関しては反論の余地無し。

 全く男の言うとおりなので、俺は凹んでしまう。


「反論はないのですか?」

「………まぁ、反省はしてます」

「反省など実にならないものなど要りませんよ。

 反論がないのならその宝の持ち腐れを有効活用させてください」

「それは出来ません。

 俺に関われば死ぬかもしれない。確率的に低かろうが、少しでもあるなら俺は避けます」

「既に封印を解かせているのにですか?」

「……おそらく、問題なのは俺自身なのだろうと思います」


 初めは、母親か父親が狙われたのかと思っていた。

 だが八歳の時に襲われ、あぁ狙いは俺なのかと理解してしまった。母親が殺された時も、たぶん狙いは俺だった。俺の何が殺される原因なのか分からなかったが、耳の事や初級魔術の威力を見て、それかもしれないと考えていた。おっちゃんにもグランにもそんな力はない。母親にも、そんな力は無かっただろう。あればきっと使っていた。

 学院に来て、少年に封印の事を聞かされてそれは確信に変わっている。


「今、どうして俺が生きていられるのかは分かりません。

 でも俺が一人行動していれば、まずは俺が標的になるでしょう」

「それで相手を討つと?」

「さあそこまでは」


 そんな事、神のみぞ知るといったところだ。


 肩を竦めて見せれば、男は腕を解いた。


「わかりました。そこまで言われるなら致し方ありませんね」


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