第五十一話 寝ぼけていました
頭がぼーーっとしている。
ぼーーっとして天井を見ている。
寄宿舎でも安宿でもなく、今はなんだか懐かしいと感じる程にまでになってしまったパージェスの屋敷でもない。
でも半端なく身体が怠くて、全く動く気にならないし考える気にもならない。
「目を覚ましましたか」
声に視線だけを向けると三十、いや四十代前半ぐらいの男が居た。
栗色の髪を背に垂らした男は、薄い青の目を柔らかく眇めて俺を見ていた。
「あー……………はい」
男はくすりと笑った。
「もうちょっと寝ていたい。ですか?」
「……………だめ?」
「いいですよ――と、言いたいところですが、そろそろ身体を動かして慣らさないと辛くなる一方ですよ?」
うーん………この倦怠感は長い事横になっていた時のアレか。
仕方がない。よっこらせと俯きになり尺取虫のごとく足を引き寄せ、ぷるぷる震える両手をついて身体を起こす。そのままどっせと座り頭のところに積まれていたクッションに凭れた。
それだけなのに息があがって眩暈がして、相当きつい。
「どうぞ」
ガラスのコップを差し出され、俺は有り難くそれを受け取って口を付けた。
「!」
思わぬ味に、思わず俺は口を離して液体を見た。
良く見れば透明ではなく少し濁っている。
「どうしました?」
「あの………これ」
「あぁ、いくら精霊が生命力を供給していると言っても脱水症状には変わりませんからね、水分補給で吸収率のいい飲み物なんですよ」
そうですか。そうだと思います。味がスポーツ飲料によく似てますから。なんとなくそんな気になります。
おっかなびっくり懐かしの味を堪能していると、何か忘れているような気がしてきた。
あれ? なんだっけ? えーと?
とりあえずコップを返し、腕を組みひとしきり考え――
「あぁそっか」
「?」
ポンと手を打った俺に、おっちゃ……と言うには若々しい男は首を傾げた。
「あのぉ」
「はい」
「つかぬ事をお伺いいたしますが」
「改まってなんですか?」
「あなたはどなたでしょう?」
「………………」
男の顔が固まった。
かと思ったら、大爆笑された。
もう『ぶわっはっはっはっははははは』とか『ひー』とか必死にお腹を抱えて笑われたら腹が立つどころか、『あのー大丈夫ですか、頭』と心配が先に出てくる。見た目がダンディな男なので、人格壊れたみたいに笑われると本気で心配になってくる。
「あの、大丈夫ですか?」
「あは……ははは……はーはい。大丈夫です。いやー久しぶりに笑わせてもらいました」
「はぁ」
「それで貴方は誰とも知らない私が出した飲み物を警戒もせずに口にしたのですか」
「え、毒物?」
「いえいえ。あなたに毒は通用しませんからそんな無意味な事はしませんよ」
「え、そうなの?」
「はい。私が言いたかったのは、あれ程周囲を警戒していたのにという事です。
徹底しているのか徹底していないのかどうにも掴めません」
……警戒? …………あれ程………!
「おや、空気が変わりましたね。なるほどなるほど。それがあなたの本来の顔ですか。
まぁ命を狙われている者としては当然の警戒ですね。
でもそうするとここへ来られた時はそうでもありませんでしたから。よっぽどあの子の事で焦っていたという事ですか」
頷く男に、俺は動かない身体を無理やり動かし構えていたのだが……
………あれ?
本気であいつらの仲間かと思ってしまったが、何か違う気がした。
いやいやまてまて。確かに知らない人間から食べ物もらっちゃ駄目って意識は俺にもある。でもこの人にはそれに該当しないと思ったわけで、それが何でかというと………
「………少年。少年は!?」
思い出した! てか忘れるなよ俺!
勢い込んだ俺は見事にバランスを崩し、ベッドから落ちて顔面強打した。
それを見てだろう。再び爆笑が響いた。