第五十話 目指すもの
たどり着くと、そこにはフェリア・サジェスが一人空を見上げていた。
「あなたの他に二人いたはずですが彼らは?」
衣服は汚れているが、怪我をしているようには見えなかった。
炎獄に遭遇しても無傷でいる事に驚きつつ、声を掛けると彼はゆっくりと振り向いた。
「気が付いたら一人でした」
白々しい嘘を平然と放つ彼に、ラウネスが一歩進み出るが待ったをかける。
ここで炎獄の脅威を目の当たりにしなかったのだろうか。
サジェスの表情には怯えも困惑も何もない。
「赤い花を、見ませんでしたか」
「見ました」
「それは今どこにありますか」
「分かりません」
落ち着いた声音。ぶれない視線。
何かを、確実に何かを知っている。
「何が、あったのですか」
サジェスは視線を炭化した木々に移していき、ふっと笑った。
「森を焼いたのは私です。ラウネス先生に炎をぶつけたのも、私です」
ラウネスがギョッとする気配がした。
それは私も同じだった。サジェスの言葉が正しければ、彼が宿主だったという事になる。
だが、サジェスは宿主に見えない。
ラウネスに視線をやれば、何事か考えるように目を細め、呟いた。
「確かに………あの場には白の宝玉とパージェスの弟、グリングの長子しか居なかった。だがしかし……」
一度宿主となりながらも、それが解かれた。それも無傷で。
宿主となりながら生還した者など聞いた事がない。
仮に彼が生還したのだとして、それで肝心の炎獄はどうなったのか。
「学院長。あれはなんなのでしょう」
「知らなくて良い事です」
別の者が宿主となったのか。なら、やはりあの危険な状態の者が宿主という事になる。
白の宝玉か、パージェスか。仮に白の宝玉だったとしても、あの状態ではまとも戦う事は出来ないだろう。イディアデスなら容易に捕らえられる。その後は――
「それはサジェスはということでしょうか」
考えに沈んでいた私は、一瞬反応に遅れた。
「………どういう意味です」
視線を戻せば、サジェスは緩く笑みを浮かべていた。
ただ、瞳は全く笑っておらず、むしろ怒りを感じた。
「そのような対応をされるのであれば、私も相応の対応を取らなければなりません」
「対応?」
「学院がこのような危険なものを放置していたと、当主に報告する義務が私にはあります」
「…………」
「この学院は我が国にとって重要な意味を持ちます。
その学院で何かあれば元老院の一員である当主は、見過ごすわけにはいかない立場にあります」
元老院に、国の中枢に炎獄の事が知られてはならない。
そうなれば欲する者がどれほど出てくるか予想もつかなくなる。一度表舞台へと出てしまえば、それを情報ごと消し去るのは不可能に近い。
ここまで鎮静化し彼方へと忘れ去られる道を辿っていたと言うのに、こんなところで知られるわけにはいかない。
――ならば記憶を飛ばしますか。
腕を動かそうとした瞬間、肩を掴まれた。
「それは取引かい?」
ラウネスの問いにサジェスは笑みを消した。
「当主に報告するかしないか、それを決める事も出来ないのです」
「決める、ね」
ラウネスが面白がるようにサジェスの言葉を反芻する。
「満足のいくものが得られれば口外はしないということかい?」
「概ね」
ラウネスの威圧を込めた視線を正面から受け止め、肯定するサジェス。
ラウネスは益々面白がるように口の端を持ち上げ、私の肩を叩いた。
「いいだろう」
何故そんな事をという視線を向ければ、ラウネスは少し複雑そうな顔をしていた。
『何かあれば私が始末をつける』そう囁かれては、それ以上問いただす事も出来なかった。
報告など、端からする気は無い。
私をあの赤い花へと差し向けたのが当主なのだから、当然何かは知っているだろう。そしてそれを私に話す気などない。その気があれば予め話していただろう。
キルミヤが飛び立った空を見上げていると、見たくないものが見えてきた。
当主は私とは視点が異なる。当主に限らず、兄達も。
能力が全てのサジェス。使えるか使えないか。突き詰めればその二極化となる。
当主も兄達も、その視点で私を見ていた。力の無い私は使えないとされ、目を掛ける必要もないと判断された。
それは自覚していた。
だからこそ、力を求めた。だが、求めた理由が違った。
当主も兄達も、サジェスという名の誇り、矜持、伝統、意義、そんなものを守る為にに力を求めている。今ならそれが分かる。
私は、自分の為だった。家の名よりも、ただ私は私を認めてもらいたかった。
根本的に異なれば、目指すものにも乖離が生じる。
そんな同胞でもない者を当主や兄達が見るはずもない。
最初から間違えていたのだ私は。それなのに必死になって、滑稽で笑えてくる。
思えば私がこの学院に入る事を許可したのもコレがあったのだと見当がついてきた。
私は駒の一つ。あれを手に収める事が出来なくても、出来たとしても当主の目的は果たされるのだろう。
腹立たしい。何よりも、何もわかっていなかった私自身に苛立ちが募る。
だから当主が何を考え、私に何をさせようとしたのか。この結果が何を意味するのかそれを突き止めなければならない。
そう考えなければ、今は――