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第四十八話 まさかの押し出し

 意識を失っていたのは僅かだったのかそれなりの時間だったのか。

 身体を起こし辺りを見回せば花人形の姿は一つも無く、すぐそばにフェリアが倒れていた。


 急いで首に手を当て呼吸を確認する。

 脈拍呼吸ともに乱れはなく、体温も問題なさそうだった。


「少年……」


 少年の姿が見当たらないと重い身体を引き摺って捜せば、窪みの中で倒れていた。

 思ったように動かない足に苛立ちながら近寄り、フェリアと同じように首に手を当て――


 冷や汗が背中を伝った。


 急いで手首、腕と脈を取る位置を変えて測る。上腕は触れる。だが手首は触れない。

 呼吸は浅い。体温は、氷のように冷たい。


「力を――」


 咄嗟に精霊に頼もうとして俺はようやく気付いた。


 『音』が、全く無い。


「……なあ?」


 かすかな風の動きも無い。黒い大地に横たわるのは完全な無音。完全な静寂。

 そっと少年を仰向け生気のない顔を見た瞬間、心臓を鷲掴みにされたように息が詰まった。


「……んだコレは……」


 ドクドクと己の鼓動が耳に付いて煩い。


 はっと息を吐き、ここで過去に囚われている場合じゃないと言い聞かせる。


〝まだ大丈夫だ〟


「誰だ!」


 怒鳴り気味なのは余裕が無いからで、そんなんじゃ冷静な判断は下せないと、余裕が無い事も含めて分かっていても身体は言う事をきかず周囲に意識をやっていた。


〝危害を加えるものではない〟


「信用出来るか」


〝………〟


 前触れなく少年の胸元から黒い影のようなものが地面にのび、それがぬうっと浮かび上がった。


「お前は……」


〝すまないな……この姿が限界なんだ……〟


 黒い影は次第に形を先鋭にし、人型をとった。

 その姿は花人形を彷彿とさせたが、嫌悪感は抱かなかった。


〝悪いが、こいつをアーラントにいるカルマという者のところへ連れて行ってやってくれないか〟


「その前に医者に――」


〝医者ではどうにも出来ん。まだ大丈夫だが……あまり猶予はないんだ。今回は無理をし過ぎている〟


「医者が駄目って、カルマって誰だよ」


〝魔術師だ。この国で活動する時にはいつも世話になっていたんだが………すまない。時間切れのようだ〟


 黒い影がぐにゃりと崩れた。


「おい、待て!」


〝カルマに〟


 消え去る影を掴み損ね、伸ばした手が空を切った。


「………………あー………くそっ! 医者が駄目で魔術師って何だよ!」


 しかも誰だか分からない!


 頭を掻き毟りたいのを堪え、考える。


 医者が駄目で、魔術師ならいい。それは何故だ? 魔術的な何かが原因? 原因って、こいつのこの状態は何なんだ? そもそも傷は無い。血も出てない。疲労? ……って力の使い過ぎか?


「カルマ・リダリオス。王都に居る元魔導師団長だ」


 振り向けば、フェリアが身体を起こしているところだった。


「お前が見たものは、カルマと言ったのだろ?」

「あ、あぁ」

「医者が駄目でカルマというなら間違いない。カルマは歴代の魔導師団長の中でも最も優れた魔導師だと言われている。それに癒しの術を持つと噂されていた」

「癒し……」


 魔術では起こしえない唯一の奇跡。


 山ほど読んだ魔術書の一文が頭に浮かんだ。


「すぐに教師どもが集まる。この状況では事情聴取で拘束される」


 教師と聞いて、療養室の女が剣呑な空気を出していた姿が甦った。

 あれは明らかな敵意だった。なら、少年はここにいると拙い?


「急げ」


 いつの間にか来ていたフェリアが膝をつき少年の様子を見ていた。


「いや……でもこの状況でお前を残して――」

「言ってる場合ではないだろ。学院から西に行ったところに街がある。そこから乗合馬車が出ている。これを見せれば金は要らない」


 首から何かを外し放ってくるフェリア。

 反射的にキャッチしたそれは、中央に翡翠がはめ込まれた鳥の飾りだった。


 俺もいろいろ疎いところはある。

 だが、これが何かは分かった。


 翡翠を両翼で抱こうとするノスリは、サジェス家の紋章。身分証明であると同時に、これを持つ者が行った事は全てサジェス家に責が問われる。


 …………あぁもう……


 俺は頭を掻いた。


 若者はいつだって無鉄砲だ。かくいう俺も今は若者だ。


「これはいい。魔術(走天)を使う」


 フェリアは僅かに目を見張ったが、俺が返そうと出した手を押し返した。


「走天でもどこかで休まなければ王都までは持たないだろ。持っていろ」

「いやだけどな、これは――」

「別にやるわけじゃない。用が済めば返せ」


 俺とフェリアの視線が正面からぶつかり、


「………………………だな」


 現実的に見ても持っていた方がいいのは明らかで、いろいろ言いたいところもあったのだが、その全てを碧眼に押し切られてしまった。

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