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第四十七話 約束

「勝手に分析してんじゃねーよ。

 そもそもお前が求めてるものだろうが。押し付けんな」


 武器を持たない攻撃方法は基本的には手か足。人によっては頭使ったりぼでぃを使うが、別に俺は石頭でも超人的なぼでぃをしているわけでもないので普通に一番威力が出る手段を取らせてもらった。


 壁から剥がれ飛んで行ったが、あれはアンコウの疑似餌のようなもの。

 空洞な感じがして、あの悪寒がしない。本体は奴の後ろの壁の中。


 風水の膜を解き、剥がれかけた花弁を掴んで力任せに引っぺがし、隙間をくぐる。


 そこに、フェリアは居た。

 虚ろな目をして、俺に視線を定めることも無くただ立ち尽くすだけの人形となった姿で。


 さっきまでの勢いどこいった? それともこれが本来の状態なのか? さっきのは薔薇の仕業?


 疑問符を大量発生させながら俺は近づき、ぺちぺちと手の甲で頬を叩いてみた。

 左側は痛そうに赤く腫れていたので逆側を叩く俺はなんて親切なんだろうか。


 でもあれだけのぐーパンチで意識を戻してないとなると、物理的なものでは意識を取り戻さないのかもしれない。だとすると、ぐーパンチは無意味だったという事で……というか、ぐーパンチしたからこうなった………とか? さっきまでが意識有り状態で、今のコレが意識無し状態?


 ………………………………いやいやいや。

 ガン飛ばしてた段階で少年は意識取り込まれてるって言ってたからやっぱ正気ではなかったはずだ。

 だから間違ってない。たぶん間違ってない。


「フェーリーアー。おーい。起きろ~。起きてくれ~。お前が起きないと焼け死にそうなんだよ~」


 高速でぺちぺちしていると、ふっとフェリアの目に弱い光が灯った。

 最初に見た昏い灯ではない。弱々しいがフェリア特有の少し突っ張った灯りにほっとしたが、発せられたのは虫の囁きのような小さな声だった。


「………捨ておけ」

「あ? 何? よく聞こえないんだけど?」


 フェリアは俺を見ぬまま、乾いた唇を動かした。


「私は………失敗した。………必要のない…………もの」


 瞳に灯る光を覆い尽くすのは虚脱だろうか。

 誰からも必要とされず、存在する意味を見いだせず、そのまま迷ってしまった幼子の顔のようだった。

 

「…………」


 その迷いは俺にも、たぶん誰にもあるもので、でも考えても必ず答えが出るものじゃない。

 存在意義、自己同一性。どんな表現でもいいが、それをしっかり手に出来る人間は案外少ないんじゃないかなと思う。気にしなければそれまでで、気にしていても答えを定めてしまえば何てことはない。


 俺はとうの昔に考える事を放棄した。支えられていたから、放棄するという選択が出来た。


 フェリアはどうなのだろうか。

 友人は? 家族は? 

 貴族社会の価値観は未だ把握しきれていないが、そう簡単に内実を晒すような事はしないのかもしれない。


「…………生まれてきた事………それが誤りだったのだ」


 ………………………うん。

 我慢してたんだろうね。いろいろ。


 でもなぁ……それは悲しいわ。


 同じ事を考えた身としては、それは堪える。


「…………捨て置け」

「それは無理」


 フェリアがこちらを見た。


「何故……貴様が泣く」

「はあ? 泣いてないよ。これは鼻水だ」

「貴様は………目から鼻水が出るのか」


 ……でねーよ。

 ……………………顔がまじなんですけど。何この天然素材。それとも朦朧としてるからか?


 意図せず出てきた水分をごしごし拭って、俺は質問した。


「なあフェリア、三回戦はいつがいい?」


 フェリアの表情が訝しげに、ささやかに変わる。


「三回戦?」

「決闘の話。一回目は俺が逃げの一手だったろ? それでこの二回目はよーわからん団体戦になってるし、フェリアも俺もまともに戦える状況じゃない。だから、三回目」

「三回目……」

「でも今すぐってのは勘弁。俺はまだ力をうまく操れる状態じゃないから。もうちょいうまくなってからな」

「何だそれは」

「だって負けたくないし」

「貴様は一度私に勝っているだろ」

「それ眠らせただけだろ。しかもあれは完全に他力で反則って言ってよかったと思うし……」

「反則?」

「そうそう。反則。ずるして勝ったの。だから無効。

 今度はちゃんと真っ向勝負。………俺と勝負するの、怖い?」


 にやにや笑って言うと、フェリアはカッと目を見開いた。


「だれが!」

「なら決定。三回目はお互い万全に戦える時に。

 でもって、終わったらまた鍋でも作って食べよう」

「……どうしてそこで鍋が出てくるのだ」


 俺は苦笑を浮かべた。


「俺が作ったもので、初めてうまいと言ってくれたのはフェリアなんだよ。

 うまいと食ってくれる奴に作りたいと思うのは普通の事だろう?」


 嘘ではない。俺が食事を作る機会は一度も無かった。

 基本的に食事はメイドが作っていたが、キッチン周りは俺は近寄っていない。俺が近寄るといろいろ想像を掻きたてられるらしく、不安でならないという顔をされるので、面倒ごとは避けるべしとそうしていた。


 フェリアはポカンとした顔をして、俺の顔を眺めている。


「だめ?」


 首を傾げて見せると、フェリアは『いや……』と言葉を濁した。


「じゃ、三回戦目の後は鍋って事で約束な」


 俺が手を出すと、フェリアはその手に視線を落とし、


「!」


 あ、やべ。


 焼けただれた手のひらを背に回すが遅かった。

 腕を掴まれ『なんだこれは』と睨まれた。


「あ……あぁ~…………ほら、熱いものを触るとこうなっちゃうし?」


 花弁はその身に熱を宿していた。一瞬とはいえ、それを素手で触って引きはがしたのだから、当然の結果だった。

 膜を張っていると掴む事も出来ないし、フェリアが居るかもしれないと思うと凍らせる事も、切り裂く事も出来なかった。足元はまだ熱を奪うという方法が取れたが、それが別の場所となると精度が甘くなる。消去法による選択だったのだが、フェリアは気に入らないらしく、目が物凄い吊り上がっていた。


「あ、あの~フェリアさん?」


 フェリアは一度開きかけた口を閉じ、何かを堪えるように目を瞑ったかと思うとすぐに開いて俺の胸倉を掴みあげた。


「さっきの約束、破ったら只じゃおかないからな。――キルミヤ」


 鋭い眼差しで睨みつけられ、俺は――気付けば、にへらと笑っていた。




「そこから離れて!」




 頭上から少年の声が降ってきたかと思うと、俺もフェリアも白い光に吹き飛ばされた。

 咄嗟にフェリアを抱えて受け身を取り地面を転がる。


 地面?


 俺はそこが花弁の上ではない事に気づき、すぐさま身体を起こした。

 フェリアは衝撃に息を詰まらせているが怪我は見当たらない。それから周囲へと視線を走らせ、固まった。


 花人形が動きを止め、全てが同じ方向に顔を向けていた。まるで太陽を求める向日葵のように。


 誘われるように視線を移した先には、ふわりと浮かぶ小さな薔薇のような花。

 そしてそれに手を伸ばす少年の姿があった。


「少年!?」


 思わず声を出すと、少年はちらっと俺を見て微笑を浮かべた。

 何の心配も要らないというようなその顔に、初めて不安がよぎった。


 あいつ何する気だ!?


 少年の小さな手が花に触れる。


「ま――」


 制止の言葉は途中で行き先を失った。


 少年が触れたその場所から花は巨大化し少年に覆いかぶさろうとしたのだが、その動きが途中で止まっていた。


「炎獄の貴婦人よ」


 左手が置かれた少年の胸から白く淡い光が零れ出す。


「久遠の時を彷徨い苦しむ者達よ」


 右手が左手に重ねられ、光が強まる。


 被害軽減の為に張った虹色の防御壁がパリンという乾いた音を立てて壊れた。

 どんな作用なのか、俺は身体が急激に重くなり立っている事が出来ず膝をついた。


「あなたがたに安らぎを」


 ゆっくりと広げられた腕から広がる白の洪水。


「―――最期の祈りを」


 少年のその言葉を最後に、俺は意識を手放した。

事後処理は残っていますが、ひとまずこれで花騒動は終わりです。

次から第三章となります。

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