第四十二話 疾走
高鳴る鼓動、火照る身体。潤んだ瞳に見つめられ――
って、ちがう!!
ガンと自分の額を拳で殴り、やっとこさ自分を取り戻す。
ったく相手をよく見ろ、丸腰だ。
それも違う! しかも何のネタかすら分からん!
もうどんだけ動揺してんだよ俺は。
だいたい坊ちゃんの容姿が悪いのだ。ごつい系ではない綺麗な顔をしているから紛らわしいのだ。こいつ絶対女装が似合う。
一先ずの冷静さを取り戻そうと思考を斜め方向へと傾け、もう一度坊ちゃんを見る。
坊ちゃんは潤んだ目でこちらを見――睨んでいた。
そっち方面の潤んだ目ではなく、ごちゃごちゃした思いが混ざりに混ざって表現を失った成れの果てのようだ。
これ、ひょっとしなくても俺の所為だよな。
成績優秀者の坊ちゃんが落ちこぼれの俺に負けたとあっては体裁もあったもんじゃない。
そんな事は分かっていたが、もしや家から何か言われたとか? 又は周囲からある事無い事言われている?
つってもなぁー 俺が何か言ったところで慰めになるどころか逆撫でするだけだしなぁー
どーすかなぁと頭を掻いていると、坊ちゃんが口を開いた。
「貴様は何故力を隠す。自分の方が優れているのだと誇っているつもりか?」
マイナス思考一直線を突き進むセリフに、頭が痛くなった。
まったく、さっきまでのデレはどこいった。あの流れなら別の方向へ逸らせたかもしれないのに。
「そりゃないよ。優れているとかどうとか俺には判断つかない」
「なら力を隠すのは何故だ」
どーしてどいつもこいつも聞きたがるんだ。人には言いたくない事の一つや二つや三つや四つあったって不思議ではないだろう。
かといって、その事を坊ちゃんに悟っていただくには時間が無さすぎる訳で、俺が無言を貫き通せば坊ちゃんはエスカレートするだろう。
「……死にたくないからだ」
「なに?」
問い返されても二度は答えたくない。
幸いにも上級生が早朝の視察訓練から戻ってきて朝食の運びとなり、この話はうやむやとなった。
坊ちゃんにしてみれば、うやむやにされて余計に鬱憤溜まっているだろうが、それもこの訓練が終わるまでだ。
苛烈な視線を見ないふりして給仕をしつつ、今度はしっかり食べた。
すきっ腹にはきついかと思ったけど存外平気だった。
さすが俺の腹。伊達に今まで食いまくってきただけのことはある。
班員全員の食事が終わり、さっさか後片付けした後はいよいよ一年を含めた班単位の実戦訓練だ。そして、これが終われば帰るだけ。
一年にとってはこの野戦の中でも最も緊張するイベントだが、俺はやっと解放されるという安堵に包まれていた。
上級生に装備を点検してもらい――武器なし、あるのは応急セットのみ――、全員が一か所に集まって点呼を受ける。そして一人一人に親指の先程の石が配られた。
なんだろうと観察すると、石から線のようなものが伸びている感じがして、辿っていけば指揮官の赤髪の兄ちゃんの前に置かれた紙に繋がっていた。
識別信号もどき?
教師と生徒を赤と青で示していたアレの元なのかもしれない。
これから森全体に散開する生徒の位置を正確に把握するために渡されたのだろうか。班に一つではなく、一人一人に渡されたのは安全面で何か起きた時用で。
この森に限ってそれはないだろうけどと思いながら、石ころを胸のポケットに入れる。
石を渡された班から指示された場所へと森へと入っていく。
俺の班に指示されたのは宿営地からさらに南へ下ったところで、最南端となっていた。他と比べても宿営地から一番離れている。
これは優秀な班だったんだな……坊ちゃんが入っている時点で予想はしてたけど………
距離にゲンナリしながら指示を受けて森へと入った。
山菜だ。
あ、あの辺の下に芋あるな。
あー……あれってなんだっけ? たしか……森の水筒だっけ? あれは虫下しで…………
前後を先輩方に挟まれた順番でざっくざっく突き進む。
暇で仕方がない俺は周りを観察しながら、食べれるものを目で追っていた。食糧調達の名目ではなので、とったら叱責されるだろうと思い、目で追うだけに留めていた。俺の後ろに配置された坊ちゃんの熱い視線を受けながら。
これ、超常現象の方がましだ。背中にザスザス刺さって痛いのなんのって。周囲の目が減ったせいか威力が強くなっちゃってるよ。
先輩方は前後左右に、俺は散漫に、坊ちゃんは一点集中。
……だれか気付いて、この子のガン見、痛いんです。もうかれこれ三時間。俺くじけそうです。
〝―――〟
ふと、俺はざわめきを感じた。
「パージェス、どうした」
俺は足を止めてしまっていたらしく、後ろに居た三年の先輩に問われてハタと気付いた。
「あ……いえ。申し訳ありません」
なんだかよく分からないが、気になるざわめきだった。言葉にはならない、音にもならない、変なざわめき。
説明出来るようなものではないので、謝罪し再び足を動かし――
〝――〟
〝―――――〟
〝―――〟
先ほどよりも強く、ざわめきを感じた。ついでに首筋がぞわりと逆立つような異様な感覚まで追加されて。
迷ったが、俺は班長に声を掛けた。
「班長」
生真面目な班長の兄ちゃんは、やはり生真面目に足を止め、前方に注意しながらこちらを見た。
おお。班単位の行動になると注意は怠らないのか。すごいな。と、感心している場合ではない。
「この先、行かなければなりませんか?」
兄ちゃんは俺の言葉に眉を潜めた。
「どういう意味だパージェス」
「確か、索敵の術がありましたよね? それを使いませんか?」
索敵と格好いい名前はついているが、実際は熱源反応を調べるようなもので、術者の熟練度に大きく左右される代物だったと思う。熟達したものであれば、かなりの範囲を調べる事が出来、さらに個体の大きさまで判別する事が出来るとあるが、ここにいる学生では何か居るかいないか調べられる程度だろう。
「何かいるのか?」
三年の先輩も尋ねてくるが、どう答えていいかも整理出来ていない。説得力にかける、何となくという表現しか使う事が出来なかった。
「申し訳ありません。感覚的なものです」
それでも、俺は何もしないよりはましだと思った。
ママンだとか小動物だとかだったら気にもしないが、これはたぶん、違う。そういう類じゃない。
班長は他の、食糧調達担当だった先輩方と視線を交わし、頷いた。
「陣を。索敵を開始する」
その言葉に俺はホッとした。その時、
「サジェス!」
突然、坊ちゃんが走り出していた。
一拍俺は反応が遅れ、それから慌てて後を追った。
「待てパージェス! お前は残れ!」
さらに俺の後ろから班長の兄ちゃんが追っかけてきたが、その言葉は素直に聞けなかった。




