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第三十九話 真面目には真面目を

「ハンドニクスは、四代前までは侯爵家やった。

 北の国境を守る要。セントバルナ開国以来の鉄壁侯。何度も侵略から国を守った英雄の一族」


 決まり文句をなぞる様に口にする青年。


 公の場に出る機会の無い俺には馴染みが無くて今一ピンとこないが、侯爵と言ったらかなりのお偉いさん。ざっぱな記憶にあるイメージでは伯爵が地方領主で、侯爵は辺境領主。侯爵は国境警備の意味があり一般的な領主よりも広大な土地を与えられ、一定の独自権限が与えられていた――と思う。


「俺の一族はそれを誇りとしてこの国を守り抜いてきた。

 四代前、俺の高祖父は歴代当主の中でも義を重んじる高潔な人物やったと言われとる。戦事も頭が切れて負けなし、おまけに剣の腕はめっぽう強かったらしい。国王陛下の覚えもめでたく、ゆくゆくは国防の全てを任されるはずやった。

 けど、その四代前はいきなり国を裏切りよった。

 戦時の最中、北方のグレリウスに内部情報を漏らし領土を奪われる原因を作り、さらにグレリウス側につき当時の魔導師団長を殺して逃げた。

 俺の一族はその咎を受け爵位を剥奪され、今でも裏切り者の烙印を押されとる。

 ………一族全員死刑にされなかっただけでも相当な奇跡やと思うけどな」


 英雄だ誇りだ言う割に青年の様子は冷めていた。


「もともとセントバルナは領土が他の国と比べて小さい。それをさらに小さくするような事をした俺の高祖父は裏切り者以上に憎むべき相手なんや。そんな事したハンドニクスの人間も忌むべき相手。

 せやから、俺を相手にしたいと思わんのが普通や―――その顔は、知らんかったって顔やな」


 確かに、俺は貴族の事情というものには興味が無い。

 俺の小さな頭では自分のとこの家族の事を考えるだけで、他まで回す余裕は無かった。


「今では食っていくのも大変っちゅう落ちぶれ具合や。今さら俺が足掻いたところでどうなるもんでもないんやけどな、それでも夢見な生きてかれん者もおる。せいぜい小銭稼げるようにぐらいはならなあかんのやけど………どうや、俺と口利くのが嫌になったか?」


 顔をこちらに向けず尋ねる青年。

 その横顔は無表情で、若者が――というより、青年が見せるものとしては冷たすぎた。


 俺はまだ多少痙攣している胃のあたりを掴み、力を込めた。


「なぜだ?」

「なぜって………俺なんかと一緒におったら何を言われるか分からんのやで?」

「それは俺にしてみても同じだろう」

「いや……お前と俺とじゃ言われとる内容がちゃうやろ」

「批判対象という事に変わりはない。今更内容が増えようが減ろうがどうでもいい。そもそもそんな事を気にした事は無い」

「…………お前、強いな」


 そうじゃないと俺は首を横に振る。

 俺の場合はそちらに意識を向ける余裕が無いだけで、その事自体をちゃんと受けとめて考えていないだけだ。それに俺には前世(過去)の記憶がある。しんどかった事や、嫌になった事、辛かった事を覚えているから、それを軸に立ち回る事も出来る。

 でも青年の場合はそうじゃない。正真正銘まっさらで、受ける全てが刻まれる。


 例え身体の年齢が近いとしても、そう見られるとしても、これはない。

 自分がしんどいからと言って、こんな話をさせて、こんな顔させて……


「すまない」


 頭を下げた俺の背から戸惑うように手が離される。

 俺は仄かな月光に浮かんだ、少しだけ揺れる瑠璃色の瞳を正面から見据えた。


 真面目に俺の事を心配して、嫌な過去だろう事まで話した青年に、だから俺も真面目に返す。


「俺は強くない。だから青年を名前で呼ぶ事も出来ない」

「……え?」


 青年だけじゃない。少年も、坊ちゃんも、皇女も、同期も先輩も、みんな、呼べない。


「青年は強いよ。俺なんか比べ物にならないぐらい」


 その若さで苦境に立たされながらも家族を支えようとしている。

 俺は……目を逸らして逃げているだけだ。どうしていいのかも分からず、留まるべきではないと思いながら、一人生きていくことを恐れて立ち止まっている。


 比べるのもおこがましい。


 ぐっと足に力を入れ、主導権を取り戻す。

 何も出来なかったあの時から、自由に動かせるこの身体へと感覚を取り戻す。


 ふらつきながら立ち上がった俺を、青年はすかさず支えた。


 ほんと……この青年は……


「青年は認められるだろうな」

「は?」


 訳が分からないという顔。その素直な反応を、なんだかずっと見ていたいと思ってしまう。


「なぁ、ここを出たらどこへ行くんだ?」

「そりゃ魔導師団員になれればとは思てるけど……そないに簡単には」

「ならグランに宜しく」

「は?」

「あいつは面白いよ?」

「面白いとかそういう事やなくて、なれるかわからん言うてんねん」

「なれるなれる」


 ぱしぱし青年の肩を叩くと、軽く頭を叩かれた。


「どっからそないに気楽な発想が出てくるんやお前は。さっきまでこの世の終わりみたいな顔してたくせに………もうええんか?」

「へいきへいき。青年のぶっちゃけ話でどっか吹っ飛んだわ」

「ぶっちゃけ話て……そこまで軽く言われたら俺の立場無いわ」

「そりゃすまん」

「すまんて思てないやろ」

「あはは」

「笑うとこか。こっちは真面目に話したのに」

「うん。助かった。ありがとう」

「いや……別に礼なんか………」


 やっぱり青年は視線を泳がせて何と返答していいのか分からない様子。微笑ましい。


 あー にやにやが……にやにやが隠しきれない……


「気色悪い」


 やっぱり標準語。今度はしっかり殴られた。


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