第三十八話 真っ白
まぁだ、だめなんだねぇ……
この世のすべてを拒絶するかのような己の身体の反応に苦笑したいが、苦笑する事すら許してくれない。
帰ってこーい、俺の身体の主導権ー
空っぽの胃の中から何かを吐き出してしまおうともがく身体の主導権は、俺から離れるばかり。
手繰り寄せようにも昼間に張っていた煙幕まがいの回想が出来ない。
うー…ん。ちょと想定外…………
ぼやけた視界
失われる熱
青を染める赤
遠のく囁き
ただ一つ、鉄さびの匂いが、その記憶を呼び覚まし、思考と身体を縛る。
俺の精神、予想以上に細いな!
いやぁわかってたんだけどねぇ。
おやっさんにもそう簡単にはいかないだろうって言われちゃってるし。
「おい……お前、ほんまに大丈夫なんか?」
いや無理。意識と感覚があの時点に固定されかかっている。こうなったら丸一日再起不能で脱却するのに一週間はかかる。野戦が終わるまでは保つと思ったが、一度こうなってしまうと…………あぁくそ。気を抜いたのはまずった。ほんとに想定外だよ。ここまでなると思わなかったよ。
「捌いたのが原因とちゃうんか?」
青年の声も遠くて聞こえずらい。耳鳴り酷いし、電波ちゃんが騒いでるのか雑音煩い。
胃は痙攣しっぱなしで身体の感覚ははるか彼方。もの考えるのも、内容が全部あの時に繋がりそうになってドツボにはまりそうだ。
いっそ全部手放して果ててしまいたいが、このままえずいていたら人のいい青年が困り果てるだろう。
こうなったら青年に手伝ってもらうか?
「おい、聴こえとるか? お前ほんまに酷いぞ?」
「んだ……と? ひとの顔を……」
「誰が造作の事言うてん。土気色の顔してても巫山戯る余裕はあるんか」
いや、ないです。ごめんなさい。試してみただけです。手を止められると辛かったりするのが本音です。
だから止めないで、お願いほんと。
生理的な涙浮かべて小さく首を振れば、呆れた顔された。でも背中さすりを再開してくれたので文句なし。その勢いで、も一つ頼んでみよう。
「………なぁ」
「なんや?」
「なんか………話……を」
なんでもいいから話をしてほしい。
「は?」
「なん…でもいい………から」
「なんでもって……」
「……たのむ」
「………………」
そんなイキナリ話せって言われても、何で、何を話しゃいいんだと言い返したいのは分かる。でも本当に何でもいいから話してくれたらそれでいい。
少しでも逸らす事が出来ればたぶん、持ち直せる。
「そんな……いきなり言われてもな」
「…………」
「……話なぁ……………お前、俺の名前憶えてるか?」
「……………」
この沈黙はあれだ、憶えてないわけじゃなくて、しゃべる余裕がないからだ。
「憶えて無いやろ」
いや、ほらよく見て? しゃべれそうにないでしょ? 憶えてない訳じゃないよ? ここまで絡まれて青年の名前を憶えてない訳ないから。
「レライ・ハンドニクス」
あ~しゃべれてたら先に言ったのに~
「お前はやっぱり反応せぇへんのやな……聞いてないだけかとも思てたがそうでもないし。知らんだけか?」
青年は俺の反応を確かめるようにこちらを見るが、俺はほとんど頭真っ白な状態なので何が言いたいのか分からず、視線を返すしか出来なかった。
「ハンドニクスと聞けば、貴族なら大抵避ける。口を利こうとせん。同期の奴らだけじゃなくて、先輩らもそうやったやろ?」
自嘲気味に笑って青年は俺から視線を外した。
「ハンドニクスは裏切り者の代名詞や」
裏切り者?
「それなのにお前は声かけても平気で返してくるわ、口喧嘩はするわ……なんやいつの間にか俺もお前の同類にされて………」
よくわからんが、そこで残念そうな複雑そうな顔されたら腹が立つんだが。