第三十七話 見られていた
先輩たちは緑鮮やかな雑炊に躊躇いがちに口をつけていたが、途中からがっつくがっつく。一年が食事を作るまで上級生はずっとゲリラ戦もどきを強いられ、出来た班から終了していたらしく、なんかもぅ申し訳ない程がっつかれてしまって俺はひたすら給仕に徹した。
差し出された椀にすくっては入れすくっては入れ、何気に差し出された坊ちゃんの椀にも入れ―――ぇえ!?
思わず二度見しそうになり、慌てて何でもないふりして返したが、危なかった。
なにしてくれるんだ? こいつは。
めちゃくちゃ吹き出しそうになったじゃないか。
あ~もーこいつ、いい根性してるよ。俺よりよっぽど太いよ。
将来大物になるんじゃね? だって他の班ではグロッキー状態で食えない奴がちらほらいるんだよ?
かくいう俺も初回はのーさんきゅー状態でへたばった。
笑いを噛み殺しながら必死で給仕に徹して、片づけをする頃には疲れ果ててしまった。
ただ幸いにも、食事の後は二年から上の集団戦闘訓練が始められ、一年は総じて見学態勢に入ったので疲れ果てたところで支障は無かったが。
一年が陣取たのは、指揮官がいる四年の天幕近く。
本来は天幕内で指示するのかなと思うが、見せるという目的の為か外で指揮を執っている。
精悍な顔つきをした赤髪の兄ちゃんは魔術師というより格闘家という感じで、今をときめく細マッチョ。指揮してるよりも前に居る方が似合いそうな風情なのに、淡々と傍の参謀役と言葉を交わす姿はかなりの違和感だ。
そしてもう一つ。通信機器もないのに会話が成立しているのも違和感。
不思議でもなんでもないのは分かるが、視界からの認識情報は影響が強い。
無線もなしに伝達が成立するとか、そりゃ重宝されると納得してしまう。通信可能圏域がどの程度あるのか知らないが、傍受されない伝達手段であれば、命令する側としてはかなり有り難いだろう。
ここに居るのは一年と指揮を取る四年の二人と教師が一人。
森には複数の教師が入り、それを相手取っているというのを、その教師が図説しながら一年に状況解説している。
当然四年に教師の解説は聞こえないようにされているが、四年の指示はこちらに分かるようにされ、それを見て学び取れるものを学び取れという状況が出来上がっている。
それは興味ないのでいいとして、さっきから気になるのが図説に表示されている敵を示す赤と学生を示す青の点。点が動いているので、動きをトレースして表示していると思われるが、どうにもその見た目で戦闘シュミレーションのゲームのような錯覚に陥りそうになる。
戦術系のゲームをやったのは、もう随分と昔の話になるが俺はこの手のものとはどうも相性が悪い。兵站やら補給線やら武器に物資に、金に情報、駆け引き策略騙し合い。何でゲームでそこまで考えこまにゃならないのか……
男なら真向勝負だろ!
というのは、単なる負け惜しみ。攻略サイト見て、ようよう出来る脳みそしか持っていない俺にははなから向かないというだけという悲しい現実しかないのが事実。
作った人間の脳みそも理解出来ないが、攻略サイトに情報載せれる人間の脳みそもどうなっているんだろうか? と友人に言ったら、お前の脳みそがどうなっているんだと問い返されたのはいい思い出だ。
友人曰く、あんなものはパターンで何度かやれば子供でも出来るとの事。
……………俺、何回やっても出来なかったんだけど。
苦い思い出に浸っていると、敵役の教師を示す赤と学生を示す青の点がせわしなく動き始めた。
そういやどうやって青と赤の点を表示しているんだろう?
図説に使っている紙はごく普通のものに見える。とすると、魔術で位置を特定して表示いると想像するのが普通だが、そんな魔術があったらこの戦闘訓練そのものが意味をなさなくなる気がする。
一定の条件でこういう事も出来るという事か? ………あ、発信機みたいなものか。
んー……でもそうするとその発信機の信号を敵側がキャッチしたら作戦も何も無くなるのか? 妨害電波? ………って考えても分かる事じゃないな。
徐々に赤を青が囲み始める。
学生も敵役の教師も、さすがに居場所は分からない状況でやっていると思われるが、偶に見えているとしか思えないような動きをする時があるので怖い。戦闘の音も聞こえはじめきて一年は緊張した顔になり俺は――
――寝落ちしてた。
目が冴えてしまった。
夕方までばっちり寝てたから当然といば当然だが、見張りに立たない時は本当に何もすることが無い。長い夜が暇なのもさる事ながら、ここで寝ておかないと明日がしんどくなる。
何とか眠ろうと寝返りをうち、
あ……まず……
俺はそっとテントから抜け出して、見張りの目を盗んでいそいで森に入った。
月明かりは木々に遮られ、昼間とはうって変わりのっぺりとした闇に塗りつぶされたその姿に、ようやく気を抜き近くの木に手をついて――
「お前抜け出して何してんねん」
!?
背後からの声に驚いて見れば、僅かな月光の下に青年の姿があった。
「昼間も寝とって叱られて、見つかったらまた――」
いつもの説教が始まると思いきや、青年はやおら俺の肩を掴んだかと思うと無理やり座らせた。
あ、ちょ……今は……
抵抗する事も出来ず、俺はえずいた。
何度も何度も、止める事が出来ずにえずいた。
血の気が失せた身体に、背中をさする青年の手だけが暖かい。
「……何て顔してる。辛かったならはよ言え。昼間も夜も、飯食べれへんほど辛かったなら休むぐらいさせて貰えるやろ。無駄に平気なふりするな」
「なんで……」
「お前のとこは具が他と違ってたから目立ってたんや。お前ずっと入れるだけしとって、ほとんど食ってなかったやろ。言わんからそこまで辛いと思わんかっただろうが、この阿呆が」
ため息交じりに呟かれたが、俺に返す余裕はなかった。