第三十六話 初めての共同作業は
多少血なまぐさいところがあります。
苦手という方はお気を付けください
さくさく続ける軽作業。
山菜を仕分け、二年が持っていた鍋に魔術で水を入れてもらい、切ってそれにつけておく。
それが終わってから上級生が狩ってきた獲物を捌いているはずの坊ちゃんのところへ行ってみると、物凄い真剣な顔をしてママンを見つめている坊ちゃんがいた。
ママンはどこにでもいる小動物で、大きさは小型犬ぐらい。
ふさふさの毛に覆われており、危険を感じると丸まってボールのようになる。大きな目はひじょーに愛らしく、短いピンと立った耳と相まって特に女の子には人気。
と同時に、女の子にとってはトラウマ第一号。
何せここは食肉加工の産業は発達していない。
食肉を生の状態で保たせる方法が乏しく、燻製や乾燥させるしかなく、生肉の入手手段は現物を捌く事になる。
大きな街ならそれでも肉屋で捌かれたものを購入する手段もあるだろうが、それをするのは一握りで、俺が知る町や村では普通に主婦が捌いている。
そう。主婦が。
つまり、元女の子が。
女の子なら誰もが克服しなければならない関門であり、それが女へと至る第一の壁となる。らしい。
あくまで俺は地獄耳で聞きかじっただけなので、実際に女の子が苦悩する姿を見たことはないが、真顔の坊ちゃんを見てこんな感じじゃないだろうかと思ってしまった。
どうしよう。声かけるべきなのか?
いやでもなぁ……さっき『お前に捌けるはずがないだろう』みたいな顔されたからなぁ……
現在ママンは絶命しており、丸まる事もなく短い手足をぶらんとさせている。
坊ちゃんは微妙な距離感を保つように腕を伸ばしたままそれを掴んでいるのだが、そこから一向に距離が近づかない。
周りを見てみれば、そこここで同じ状態の一年生が見て取れた。
あ、違った。
なんでもありの少年はその称号にふさわしく、既に捌き終わりトップを独走中の模様。この分でいけばあの班が最速で食事にありつけるだろう。
……いーなー………
「さっさとするんだ」
一年の監督役に残っていた二年の先輩に急かされ始めるが、坊ちゃんは上級生を睨むと、再びママンを一方的に見つめだす。
周りは焦れた二年にどやされ気味に作業を始め出してきているが、坊ちゃんは頼もしい限りのマイペース。
いらん。そんなマイペースいらん。捨てろ。捨て去れ。彼方へ葬り去れ。
祈りを込めて念じるが通じる気配は皆無。
くそー……腹減ってきた。
目の前に食材があるのに作れないとは何の拷問だこれは。
と思っていたら坊ちゃんに動きがあった。
伸ばしていた腕を曲げ、もう片方の手にあったナイフをママンに当てて――――――離すなよ!
喉元まで出かかった突っ込みを呑みこんで視線を逸らす。
ぁー……だめだ。見てたら突っ込む。無茶とはわかってても容赦なく突っ込む自信がある。
でも腹へった。むちゃくちゃ腹へった。今なら棒切れで芋掘れる。芋ほり最短記録だしたろか。もう勝手に掘って食ったろ………いかんいかん。
落ち着け俺。どーどー俺。ただ今団体行動。単独プレイは叱責対象。
だから落ち着け。頑張れ俺。まだ頑張れる。大丈夫だ。うん。
「パージェス」
「まだまだいけます」
「……………………どこに行く気だ」
二年の先輩にちょっとどころではなく、かなり怪訝な顔をされてしまった。
「えぇと…………」
ちょっとそこまで? と、可愛らしく首を傾げてみたかったが、お互いに腹が減っている殺伐とした空気の中でかませる勇気はなかった。
何て答えようと首をひねっていると、二年の先輩はため息をついて顎をしゃくった。
「パージェス、お前がやれ」
坊ちゃんから獲物を取り上げて俺に寄越さないあたり、微妙な遠慮があるのだろう。
権力が絡むと変な人間関係になりそうだなと思いつつ、上級生のお許しを頂いたので俺はさっそく坊ちゃんに手を出した。
「貴様に出来るものか」
低い声で威嚇されたが、いいかげん俺もこの状況は打破したい。
俺と坊ちゃんだけならお互い不干渉で勝手にすることも出来るが、他にも班員がいる。彼らの補給を妨げ続けるのは役立たず以上のお荷物にしかならない。
坊ちゃんが壁を超えるのはまたの機会という事で、勘弁してもらおう。
「出来るか出来ないかじゃなくて、やるかやらないかだ」
言って獲物を取り、毛を寝かして素早くナイフを入れる。
「目を逸らすな」
目を逸らした坊ちゃんを二年が咎めた。
その言葉に坊ちゃんは眉根を寄せて、不快も露わにして俺を睨んだ。
まぁ、その行動は分からないでもない。
俺もここでは捌くような環境には無かったが、幸い前は若干そういう環境に在った。
大物は捌いた事は無いが、鶏をはじめとした小動物なら経験はある。
学校から帰ってみたら、畑に鶏のく……まぁ、子供心に衝撃を受けつつ、夕食の鶏肉をうまうま食べて。中学に入ったら親父が妙にそういう事をさせたがって叱られながら捌いた。
初めて親父が捌いているところを見たときは、手元を直視できなかった。どこへ向けていいのか分からない視線を親父へと向けて、それで見ているふりをした。
何と言っていいのか分からないが、ただ怖かったのは覚えている。自分で捌く時も怖かった。
そんな小心者の俺が坊ちゃんの反応を笑えるわけがない。
今は出来るけど、でもそんなものだ。
さくさくと捌き切り、あく抜きをしていた山菜を水から引き揚げ、鍋を洗ってからもう一度水をはってもらい、坊ちゃんが付けた火にかける。
それに携帯食の乾燥させた穀物を入れて沸騰するのを待つ。
沸騰してきたら肉を切って入れ、火が通ってきたら芋を投入。最後に山菜を入れて軽く煮立つのを待ち、持ってきた調味料で味をつけて山菜雑炊もどき完成。
できたよ~と、上級生に声をかけてやっとこさ鍋を囲んだ時はもう昼を幾分か過ぎた頃。
やっとかよ。という先輩方の視線が周りに比べて具材に彩りがある鍋を見て、何故か俺へとスライド移行してきた。
いや。あく抜きの時間はあったからえぐみは無いよ?
………あれ? そう考えるとこれってある意味坊ちゃんとの共同成果?