第三十二話 気遣い
ぽかん。とした顔で突っ立っている青年。
「おーい?」
「……出来た」
呟いて左手を凝視している。
出来ちゃった事に驚いているようだが、そんなにびっくりする事でもないだろう。
青年から流れた力(?)が右手に集まりかけながら、何でか左にも流れようとしていたのだ。
無意識に利き手に集めようとしてしまうのか、そのせいでうまく収束していなかったので、最初から収束点を左にしてやればすんなりと集まりましたと、それだけの事。
でも、出来たら嬉しいのは分かるかな。
俺の場合は火災発生で焦りまくったけど。
「おめでと~」
青年はまだ鈍い反応で、ゆっくりと首を動かしこちらに視線を戻した。
「なんでや?」
「いや、出来たからおめでと~」
「手」
「て?」
「左って」
「左?」
「言っただろ左やって」
「言ったけど……それが?」
「なんでや?」
「なにが」
「だから手」
「てってなんだよ」
「左だって」
「左がなんだよ」
「言っただろうが左やって」
「だから言ったけど何なのよ」
何この無限ループもどき。飛んでくるボールが明後日すぎてキャッチ出来ない。キャッチボールというのは相手が取れるボールを投げるのがマナーだというのに。
俺がうまく投げれているかは知らんが、内容がほぼオウム返しなので意味わかりませんよ~って事ぐらいは伝わっているだろう。
それが証拠に、ぼんやりしていた顔がもどかしそうな苛立ちかけたものになっている。
「まーまー落ち着こうよ青年。ほらほら座って」
トントン地面を叩くと、青年は大人しく俺の前に座った。
いや、別に目も据わらせなくてもいいんだよ?
正面からそれはちょっと向けられたくないんだけどなぁ。悪い事なんてしてないのに逸らしたくなるというか、ほら、パトカー見たら無駄に緊張するというか、それと似たようなものというか。
「で?」
「青年、もうちょっと説明してくんない? 何が何やら分からないんだけど」
「ほんまに言うとるんか?」
「わりと真面目に」
「………はぁ」
「溜息つかれたー。やだー。この状況やだー。説明早くしてー」
「………………………………………………………はぁ」
長っ。
しかも無性に悲しくなるじゃないか。そんな『あほらし』みたいな顔されたら。
「なんで収束点を左にすれば出来るようになるって分かったんや?」
「そんな事かよ……目が据わってるから何事かと」
「そんな事やないわ。ええから答え」
「えー………うそですごめんなさいなんでもないですこたえますいますぐこたえます」
「ええから、はよ答え」
うう……本当に青年が怖い。全く相手にしてもらえてないよ。
「左でやれば絶対に成功するとは思ってなかったけど、右よりは確率が高いと思っただけだよ」
「なんでや」
「右に力を集めてただろ?」
「………あぁ」
「でも同時に左にも流れてたんだよ。で、青年って利き手が左だったから、無意識にそうしちゃったのかと思って。だったら始めから左でやればいいかと」
「……………やっぱりか」
肩を落として、はははと乾いた笑いをあげる青年に俺は何と答えたらいいのだろうか。
いい加減お尻が冷たくなってきているので帰りたいな~とか思っているのだが、言ったら帰らしてくれるだろうか。
「キルミヤ。言うとくけどな、それは見えるもんやない」
「…………ほ?」
「ほ、やない。収束点なんて本人にしか分からへんし、流れなんて論外や」
「………見えてるってわけじゃなんだが、何となくというか……」
「それでも分かるっていうのは普通やない」
俺はもじもじと体育座りから似非正座にポジションチェンジ。
かれこれ一時間近く座ってたから、もうお尻限界。
「聞いてるんか」
「聞いてるよ。けど、そんな事言われてもな」
「目立ちたくないんやろ? その事は口にせん方がええ。言うたら絶対騒がれる」
「………おぉう。なるほど、そうなのか。お? や。ちょっと待って。
俺決闘した時、たぶん収束点に集まったそれっぽいのを蹴っちゃったんだけど……」
「は!? 蹴った!?」
「あ、でも待てよ。その時はほとんどが昼寝開始してたから……見てたのは教師が何人かぐらいか?」
「ちょっとまて! お前、今、蹴ったって言ったんか!?」
「もー何だよ。声でけーよ。興奮すんなよ血圧上がって血管切れるよ?」
うわー と、青年は俺の言葉を無視して頭を抱えだした。
「有り得ん。有り得なさすぎるわ。蹴るってなんや? 蹴るって発想自体なんや? 阿呆か? 阿呆なのか? せえへんやろそんな考え。出来るなんて思わんやろ普通。そんなんものが着弾爆発だったらその時点で終わりやろ。そんなん誰がしようと思うんや。出来る出来ん以前にやろうとする頭の方がどうかしとるわ」
ひ……ひどくね?
そこまで言わなくてもよくない?
「分かった。お前は出鱈目や」
決然とした表情でいきなり言われても反応に困る。
しかしあれかな。俺が派手なノーコン魔術を黙ってて欲しいと言ったり、とことん実技で出来ないを繰り返しているのを青年なりに解釈して助言してくれたって事なんだろう。
そうだとすると、青年はこの先大丈夫だろうか。
家の再興を目指しているのなら、上へと昇るという事だろう。そうなれば俺からしてみれば楽しいその性格が、どこかで邪魔になるかもしれない。そうなった時、青年はどうなるだろうか。
って余計なお世話だな。そん時はそん時。青年がどうにかするだろう。
俺がじっと青年を見ていると、青年は眉を潜めて怪訝そうな顔をした。
「なんや?」
「いや、教えてくれて有難う。今度から気を付けるよ」
「ぇ……いや………別に」
照れてる照れてる。ほほえましいなぁもう。
青年にとっては気恥ずかしくて勘弁してくれっていうところだろうが、こういう事はちゃんと言っておきたかった。
言える時に言わないと言えなくなることもあるからね。