第二十四話 完敗
「出来ました。試してみてください」
囁きに集中していた俺は我に返り、些か腰が引けつつ魔術を使った。
「其は波動の素 零々のゆえんたる汝をここへ」
ぽっ
手のひらに現れた炎に、俺は目を丸くして少年を見た。
少年は小さくえくぼを作り、頷いている。
「あなたにずっと寄り添っていた精霊に、他に集まった精霊を抑制してもらいました」
「へえ~ こうも結果に出てくるとは」
「力を貸すのも必要最低限にしてもらいましたから」
「そんな事が出来るのか」
何というか、何でもありだなこの少年は。魔術はぽいぽい出来ちゃうし精霊と交信出来る時点で不思議ちゃん決定だったが、ここまで来たらトリッキーだ。これで空も飛べますとか、地中に潜れますとか、水の中で息出来ますとか、瞬間移動出来ますとか、動物と話せますとか言われても不思議じゃない気がする。
「僕がすごいというわけじゃないですよ?」
「………顔読むのやめてくれ」
もう極細だよ。俺の残精神。
「すみません」
「いや、謝んなくてもいいけどね」
少年は目を瞬かせ、あぁ本当だと言うように口に手を当てた。
その仕草が子供っぽくて、こいつは本当に子供なんだよなぁと俺はしみじみ思った。
「暫くはこれで持つと思います。様子は見ますが、なるべく早く戻られた方がいいと思います」
「そのつもりだが、少年も辞めるのか?」
「え……?」
「その口ぶりだと長くここに居ないと言っているように聞こえるぞ?」
少年は一瞬迷うように視線をゆらし、やがて分からないというように首を振った。
視線を俺へと戻した少年は先ほどまでの子供らしい気配など無く、仕事に疲れ切ったサラリーマンのような目をしていた。
「あなたは………どうして知り合って間もない僕を信用出来るのですか? どうして無防備になれるのですか? 何をされるのかも分からないのに、どうして――」
少年は言葉を詰まらせ俯いた。
………ぇえ………今更聞くの?
そういう事は色々やっちゃう前に聞くものじゃなかろーか? やっちゃってからそれはないだろー
内心呆れてしまったが、少年が深刻そうなので流石に揶揄するのは止めた。
「どーしたんだよ。何かあったのか?」
顔を覗き込もうとすると、さっと少年は自分から顔をあげた。
「何もありません。それより、この間の侵入者ですが」
「え? あ? あぁ、それが?」
「何か言われませんでしたか」
「何か? 何かねぇ……問答無用で襲ってきたからなぁ………あ。白のなんとかの仲間かとか何とか言ってたかも」
少年の眼がスッと細められた。
「……なるほど。あなたは何と答えたのですか」
「なーんにも」
カシルは細めた目を開き、呆れたという顔をして溜息をついた。
「どうして関係ないと言わなかったのですか」
「んな事言われてもな。何の事か分かんなかったんだよ。嘘はよくないだろ?」
「…………。分かりました。その事、誰にも言わないようにお願いします」
「それは無理」
「え?」
「だって青年――あいつ何て言ったけ? 俺と補習受けた奴」
「……レライ・ハンドニクスの事ですか」
「それ、レライ。あいつが先生方に話すって聞かなかったから好きにしろって言っちゃったんだよねぇ。その場に居たから白がどうのとかも話してると思う」
「……分かりました。では、あなたからレライにあまり騒ぎ立てないように言ってください。教師陣、その上の人間もうやむやにするしかない事なので」
「上……ね。まぁ了解した。青年も今更騒ぐとは思えないけどそれとなく言っとくよ」
「お願いします」
「話はそれだけ?」
「はい」
「そんじゃ――」
俺は言いかけたまま、自分の腕を掴む少年の手を見た。
「―――なに?」
「なに。ではありません。何をする気ですか」
「聞くまでもないだろ~ もちろん泳――」
「駄目です」
「えー何でー?」
ひくっと少年の頬が引き攣った。
あ。やば。
「キルミヤさん………」
「……………はい」
「あなたは先程歩く事も出来ない程でしたよね?」
「………」
でもね。ここまで歩いてきたじゃないですか。
「ここまで来れたのは僕が補填していたからです」
じゃあ大丈夫って事じゃ? それに精霊とやらが不思議ぱわーをくれているわけだし。
「精霊に力を与えられているとしても、すぐに全快は無理です。
暫くはこれまで同様気を付けてください」
……もういいか。開き直ろう。気にしていても仕方がない。むしろ何も言わなくても顔読みで答えてくれるのは楽チンと考えよう。そうしとこう。……うう。
俺は両手で顔を覆っておいおい泣いた。