第二十話 少年も大概しつこい
「誰にされたんです」
「さあ。初対面の奴だった」
驚きに見張られた目は、既に気のない目に戻っており、驚いた事自体見間違いだったかのようだった。
動揺を即座に沈めるこういうところが、言動から乖離している。
「理由もなく?」
「さあ? 向こうにはあったんじゃない?」
それは、あっただろう。
魔力と同調力を封じる技術は失われて久しい。今では忘れ去られた禁術の一つに数えられていたはず。
それを掛ける者も相当な力を必要とする。二つ目はともかく、一つ目はおそらく命がけで掛けたと思われる。理由もなくそこまでの事をやる者など居ない。
「精霊の声を聞いた事がないと言ってましたね」
「電波を受信した事はないな」
でんぱ? 精霊の言葉をそういうのだろうか?
結構な国を渡り歩いていると思っていたけれど、時々分からない言葉がある。
「それなら、物心つく前に一つ目の封印を掛けられたという事ですね」
「……物心ね」
複雑そうな顔をして呟くキルミヤ。
「物心つくの、けっこー早かった自信があるんだけどねぇ……」
「赤子の時にされては分かりませんからね」
「………まぁそうだね」
「一つ目はともかくとして、二つ目は外しませんか?」
いくら精霊に愛された存在だと言っても二つ目のソレは問題がありすぎる。
療養室の担当者が砂糖を渡していたが、魔力消費の応急処置で誤魔化されるようなものではない。
僕としては至極真面目に言ったつもりだったのだけど、何故かキルミヤは目を点にした。
「……え?」
「ですから、解除を」
「いやいや……『弱み握ったぜ』的な流れかと思ったんだが」
………?
僕も目が点になった。
「何で僕があなたの弱みを握らなければならないんですか? しかも既に弱っているのに」
「……………うぁぁ」
キルミヤは悲愴に顔を歪めると両手で覆った。
「やめてくれよー。もーなんだよー。めちゃめちゃ自意識過剰じゃんか俺」
何だかよく分からないがキルミヤはゴロゴロと悶えるように転がりはじめた。奇行に走り出した経緯が見えないが、体調が戻ったらしいのは分かったので良かった。
「今まで総無視決め込んでた奴がふれんどりーになってんだからフラグだろ? 赤信号以外ないだろ? 面白がってペラペラしゃべった自分が厨二みたいで恥ずかしー」
体調が戻ったのはいいけれど、僕は周囲の揺らぎを感じて慌てて言った。
「あの、取り乱しているところ申し訳ないのですが、落ち着いてください。
あなたが乱れると周りの精霊も引きずられます。魔力も同調力も封じられていると言っても精霊の祝福までは封じれてませんから、人よけの術が破綻してしまいます」
「俺は乱れてないよ!? 清く正しく生きてるよ!?!」
「はあ? あ。いえ、分かりました。分かりましたから落ち着いてください」
「分かってないだろ! そんな生暖かい目で分かりましたとかとりあえず言っとけみたいなアレだろ!
本当だぞ! 俺は誓って清く正しく――」
「分かりましたからっ!」
両腕掴んで迫ってくるキルミヤに若干引きながら、声を大きくすると漸くキルミヤは大人しくなった。
それでもブツブツと「本当にだな」とか「そりゃ意識する事は」とか「でも普通だろ?」とか呟いていたが、さっきに比べれば問題ない。
「それで、どうしますか?」
「なにが?」
切り替えが早いと言えばいいのか、ゴロゴロ転がっていた事など微塵も感じさせない返答を見せるキルミヤ。
この年頃なら、気になる事があったらそれを引き摺って顔に出そうなものなのに、一切それが無い。
思い切りがいい性格なのか、それとも育った環境がそうさせたのか。
「封印の解除です。一つ目はあなたの存在を周囲から守る意味がありますが、二つ目のそれは枷以外のなにものでもない」
「枷………」
「死を選ばせるような者に掛けられたものなど不要だと僕は思います」
キルミヤは口を噤むと、じっと僕の顔を見た。
「少年は何故俺を助けようとする」
「助けられる者を助けるのに理由は必要ですか?」
違う。助けられるのに助けなかった者達の方が多い。
ここでキルミヤに力を貸すのは僕自身の為だ。僕が呵責に苛まれたくないから、過去に囚われたくないから。
耳障りのいい言葉を紡ぐ己の口に怖気がする。なのに、
「…………ないね。確かに全く持って、ない。少年の言うとおりだな」
キルミヤは、僕には勿体ないぐらいの笑顔を向けた。
僕はその顔を見てられなくて視線を逸らしてしまった。
「あー、悪い。ちょっとな、掛けていった奴の仲間かもしれないとか思ったんだよ。
これ分かるのってアイツ等ぐらいだと思ってたからさ」
決まり悪げに頭を掻く姿を見て、心が重たくなる。
彼の疑いは尤もな事で気にする必要はないのだと言えればいいのだけど、それすらも言えなかった。その澄んだ目を見る事が出来ない。
「外してもらえるんなら有り難いが、一つ聞いていいか?」
「なんでしょうか」
「掛けた奴には外したって分かるか?」
内心の葛藤を抑え込んでキルミヤに視線を戻す。
「………分かるようにしてありますね」
そう言うと、キルミヤはへらっと笑った。
「ならいいわ」
清々しく、さっぱりと、一欠けらの迷いもなく言い切った。
何をと思ったのが顔に出ていたのか、キルミヤは続ける。
「いやぁ~ ちょっと相手がね、粘着質なタイプっぽかったから、下手すりゃ外した人間の事までバレちゃうかもしれない。
そうなったら俺にもどーしょーもなくなるから」
あはははは。と笑う。
呑気なその顔に、自分の顔が対照的に固まっていくのを感じた。
「そのままではいつ死んでもおかしくないと、分かって言っていますか?」
「やめてー。わりと真剣に目ぇそらしてんだからさー、事実の再確認とかやめてー」
「ふざけてないで、ちゃんと答えてください」
「えー……………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「わかったよ。わかった」
お前はどんだけ沈黙耐性あるんだと、訳の分からない事を言いながらキルミヤは肩を落とした。
「あのな? 俺だって一応普通の神経持ってるよ?
いつ死ぬかもしれないのはこえーよ。だけど、それが怖いからって他人を死亡フラグ満載なルートに引っ張り込むだけの度胸も無いんだよ」
キルミヤの顔から笑みが消え、一瞬、悲しみがよぎった。だけどそれが何かを突き止める間もなく苦笑いに染まる。
「少年もほいほい命粗末にすんな。母ちゃんはすんげー大変な思いして少年を生んだし、少年も大変な思いして生まれてきたんだ。人生楽しく生きろ」
「それはあなたも同じでしょう」
「だから、それは俺のルートであって少年のルートじゃないの。わかんないかなー」
「わかりました」
「お? ………いやいやいや。その顔はぜってーわかってないだろ」
僕は余裕たっぷりに笑って見せた。
「要するに、気付かれなければいいという事ですね?」