第十六話 クロワッサンではありません
て、たまるか。目の前にメシあるのにそれを放置するような真似はこの俺の本能が許さん。
「んっふっふっふ……」
「な、なによ……」
笑い出した俺に、クロワッサンは一瞬たじろぐような顔をしたがグッとその場に留まった。
俺は平和主義者で温厚な性格。基本的には争いごととか嫌いっていうか面倒くさいからパスする。
が、メシがかかると言うならば辞さない。
ガッ
「だっ」
椅子を蹴立てて立ち上がろうとした俺は頭を捕まれ、力任せに押し戻された。
「ちょ青年? いきなりされると首がぐきってなるんですけど」
「あああああの、こんなところで良ければどうぞどうぞ」
慌ただしく立ち上がり既に空いているところをさらに整頓しようとして意味不明に食器を動かしクロワッサンに席を進める。
「おいこら青年。地味にスルーするな。謝罪を要求する。そして席を勧めるな。面積が減る」
「だああ! お前は黙っとけ!!! 取りに行くから!! 行くから黙れ!!!」
「じゃデザートね。全種類で」
「お……おう」
顔色が悪いままふらふらとデザート取りに行ってくれる青年。なんだかんだ言って根が素直ないい奴だ。
クロワッサンがさも当然の顔で座る結果に対しては減点だが。
「キルミヤ・パージェスよね?」
クロワッサンはトレーを置くと食事に手を付けようとせず手を組んでこちらを見た。
見るのは構わないんだが、お前トレー二つ持ってたのか。ご飯載せてるのと空のと。
片手でごはん持って片手で殴るとか何気に力あるだろ。そして何故空のトレーを持っていた。まさか突っ込み用に常備してますとか? どんな装備品だ? あ、いやでも某RPGでトレーって装備品だっけ? でも見た目から貴族の少女がそんなものを装備するか? あーでもうちみたいな貴族もいるわけだし……
「苦労してるんだなクロワッサンも……」
「は?」
「いや、自衛手段の用意は必須だよな。誰かに守ってもらえるわけじゃなし」
「は??」
「でもな、そのトレー薄いから防御力は対して高くないと思うぞ」
「トレー? ぼうぎょりょく??」
「さすがに炭素繊維で編んだ防護服とかないと思うけど、こんぐらいの太さの鉄棒の方が短くても刃物を受けるには適してるから」
「何の話してんのやお前は」
「お。青年、早かったな……って少なくね?」
青年は肩を落としてトレーからデザートを載せた皿を置いた。
「お前みたいにぎょーさん持てるか」
「えーー? でもクロワッサン二つ持てるよな?」
「え? わ、わたくし??」
「さっき片手でご飯持って片手で殴ってただろ? ってことは二つは持てるって事だ」
「え、えぇまぁそうね?」
「つーか二つ持つぐらい誰だって出来るだろー?」
「持てるとしても片手で持ったまま片手で料理取って皿に乗せてトレーに置けるのはお前ぐらいだ」
「確かに片手が塞がっている状態では難しいわね」
変なところで納得して頷くクロワッサン。
「んな事ないって腕に乗せればいけるいける」
「だからそれはお前だけだ」
「クロワッサンだって余裕だよな?」
「さすがにそれは……給仕の者でもそういう持ち方をしてるところは見たことはないわね」
そりゃまぁね、お貴族様の前でそういう持ち方する必要はないけど街中じゃあ普通だと思うんだよ。ウェイター一人で注文と配膳してたらそうなっちゃうんだって。俺の先輩なんか人間じゃない持ち方してたもん。
「え~~すーくーなーいーぜんぶ~」
「わかっとるわかっとる、まだ取りに行く途中や」
青年は、それからと腰を屈め耳打ちしてきた。
「目の前の方は第三皇女のベアトリス様や、アホな事ゆーてないでちゃんとし」
あそう。皇女様ですか。
俺は食べ終えた主菜の皿を片付けて、青年が持ってきてくれたデザートに手を付ける。
クレームブリュレ、サバラン、木苺のクレープ。青年が戻ってくるまでに無くなりそうだ。
「………こうじょ!!?」
え、え、えええ!!!!???
何でこんなとこにいんの!!!!????? お城は!? お城の機能はどうした!!?? お姫様いこーるイン城だろ!?
「うるさいわね。黙りなさい」
「はい」
言われるがまま沈黙を守るためにデザートを味わう事に専念しよう。そうしよう。
「はぁ……世間知らずと聞いてたけど私の顔も知らないとはね」
「………………」
「まぁいいわ。私はベアトリス・ルイ・セントバルナ。知っての通り第三皇女です」
「………………」
「あなたの事はグランから聞いています」
「……………………」
「聴いていた通りの様子ですが、どうして手を抜いているのです?」
「………………」
「少なくとも、初級詠唱魔術は丸暗記しただけで出来るように見受けられますが」
「………………」
「聞いていますか?」
「………………」
「…………」
「………………沈黙を解いていいですから」
「せいねーん。次はやくー」
クロワッサンは溜息をついて食事を始めた。
「クロワッサン、溜息ついてると幸せ逃げるぞ」
「私はベアトリスです。クロワッサンなどという名前ではありません」
「細かい事気にするなよ~禿るぞ~」
「は、はげ!?」
「ほらほら、今は食事の時間なんだからさ。それともアポなしで人の時間を占有するマナー知らずと言うのかな?」
「あなた………私が皇女と分かってその態度ですか」
うん。まーそりゃ怖いよ。
クロワッサンの目は上の人の目というのか、従わせる事が当然と信じて疑わないそれなので、それで睨まれるとチキンな俺は怖いとなるよ。なるけどね、さっきグランからとか何とか言ってたし? グランがらみとなれば色々とこちらも考える事があるというか。
まぁ八割がた現実逃避なのだが。
俺は完食して、紅茶をすすりながら青年を待つ。
「皇女だろーと何だろーと俺にとっては関係ないの。無礼だ何だと言うならお好きなよーにしてくれたらいーよ」
逃げるから。
そしてかむばーっく! せいねーん、はやくもどってきてー!! 俺の心臓持たないから!! 一人にしないで!!!!
「……………そう。では皇女として聞いても個人として聞いても質問には答えてもらえないという事かしら?」
「さあ?」
バシッ
「っぶね」
後頭部を叩かれて危うく紅茶を零しそうだった。
コトコトと残りのデザートを置いていく青年を睨めば、睨み返された。
いや、いいんです。いいのですよ。きちんと戻ってきてくれただけで殴られようが蹴られようが許容しよーじゃないか!
「申し訳ありません。こいつ田舎者で礼儀も何も無いんです」
おお。青年が標準語になってるよ。
「かまいませんわ。私はここに在籍する間は皇女という身分で扱われる事の無いようにしております」
ほー。その割にはプッシュしてたような気もするんだけど。
「それで、その……こいつが何か?」
不安そうな顔で青年がクロワッサンの顔色を伺う。
クロワッサンは小さな口で意外とパクパク食事をしている。機嫌はいいのか悪いのか。先ほどまでの会話でいけば悪いだろうが、表情だけ見ればそうでもないように見える。
「レライ・ハンドニクス。あなたにも尋ねようと思っていました」
「お、わ、私ですか?」
「ええ。一昨日の昼過ぎ、どこに居ましたか?」
青年は俺を見てきた。
分かりやすい反応をしてくれる青年だ。あんまり駆け引きとか折衝とかやったことがないのだろう。
青年の年でうまかったら、それはそれで怖いけど。
お好きなようにと肩を竦めて俺は新たなるデザートに取り掛かる。
「結界場です。一年は初めての実技でしたから」
「その後は?」
「ちょっとありまして寄宿舎に戻って、次の授業で一棟に戻りました」
青年はあの侵入者の一件は言わない事にしたらしい。
「寄宿舎に戻ったのはあなた達二人だけ?」
「はい」
「その時、誰かに会わなかった?」
「誰か……とは?」
「誰でもいいわ。教師でも生徒でも、それ以外でも」
「いえ、特には……」
「では戻るときに火柱を見なかったかしら?」
「いえ……何も」
「そうですか」
クロワッサンは一つ頷いた。
どーでもいいですが作者はクロワッサン(食い物)好きです。
あの食感と風味がなんかいいんですよ。よくないですか?