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第十五話 クロワッサン

 魔道学院へと放り込まれてただ一つ良かったと言えるのはこれだ。









 肉っ気さいこー!











 パージェス家は財政難。グランがいくら出世街道に乗り始めているといっても、長年積りに積もったものがたかだか数年で振り払えるはずもなく、ガッツリ肉っ気のあるものは殆ど食卓に出なかった。

 飢え死にする事はどうにか無かったが、それでも居候の身としてはちょーっとばかり悪いなぁと思っていた。何の役にも立たない生産性の無いお荷物を抱える程の余裕は無いと分かっていた。

 グランには何でそんな食事しか出さないのだとキレられたが俺にキレられても困るし、てめぇの家の財政状況具合把握しろと突っ込みたい。それにたらふく食える時点で恵まれているので文句の出ようはずもない。


 はずもないが――やっぱり肉っていいねー!


 もしゃもしゃと肉の塊を口の中で砕く。




 肉の、塊を、が重要。




 何? 肉の塊って何? 肉って塊なの? 塊だったの? 塊になっちゃうの?

 まってまってまって、なんかうまうまな汁が口の中に広がるんですけどー!?

 なんすかこれ!? なんすかこれって!!? ―――あ、うますぎて涙出てきた。


「……毎度すごい顔するんやな」


 青年が疲れ切った顔でフォークを置くので、すかさず俺はリッテ――牛に似た生き物で豚の味――の香草ソテーをかっさらい、奪い返されてなるものかと口の中に入れてしまう。


「あ! 何でとるんや!」

「いーだろー ほーせいっはいあるんだし」

「良くないわ! 口に物入れてしゃべんな!」

「どこぞのおかんかおまえは」

「早っ! 呑みこむの早っ! お前の口どうなってんのや!?」

「はっはっは。地元ではまさに歩くばきゅーむかー……もとい、ブラックホール(最終兵器)と呼ばれていたのだよ」


 あっぶね、ばきゅーむかーて真逆だよ。やべーよ俺、脳細胞死んできたか? 通算四十四年も酷使すれば……そういや何で前世の記憶維持してんだろ? 脳細胞が赤子のものならそのなかに前世の記憶が保管されてるなんて事はないよな? 細胞分裂繰り返してる最中に電気的信号がどーたらこーたらで造り上げられたのが前世の記憶だったりしたらかなり恥ずかしいぞ俺。さんざん前の生は~とか繰り返しておいて実は思い込みでした。とか痛い子だろ。


「最終兵器なぁ……」


 三回目のおかわりをしてきた俺は何やら呟いている青年を気にせず、三度目の合唱をしてうまうまな夕食たちを口の中へとせっせと運ぶ。


「お前、身体の調子はいいんか?」

「はにが?」

「だから呑みこんでからに」

「お前のタイミングが悪いんだろー」

「……っ当に早いな」

「なんだよなんだよ。何つっぷしてんだよー。髪がごはんたべちゃうぞー」

「食べるわけないやろ」

「きみきみ、人に注意しておきながら髪がごはんに、おいしそうなごはんに、すごくおいしそうなごはんに、触れてもいいと? それはマナーに反してないと? 人の道に反してないと?」

「お前の突っ込むポイントがわからへん……」


 疲労困憊ここに極まれりという顔で片肘ついて食事を再開する青年。

 そうそう。ご飯は頂くものだ。粗末にするものではない。


「ここ、いいかしら?」


 グリーンサラダとドルト――牛肉っぽい何か――の煮込みをエピ――麦の穂の形をしたパン――を挟みつつバランスよく食べていていると声がした。

 顔を挙げれば、おなじみ貴族(金髪碧眼)の十三四頃の少女が居た。成長途中といった感じで凹凸に乏しかったが自己主張はかなりでっぱっているようで、視線を向けたままノーリアクションの俺を軽い苛立ちを込めた目で睨んでいる。


 ここは食堂で、学生は決まった時間になると適当な席で食事をする。第七学年まである学院の総生徒数は二百弱。従って食堂もかなり広い。広いのは食堂だけではなく魔道学院そのものだが、とにかくわざわざ相席をしなければならない程席が埋まってしまってはいない。現に彼女のご学友と思われる数少ない女子生徒たちがちらちらと近くの席からこちらを伺っており、そこには丁度一席空いている。


「あっちじゃないの?」


 青年もコクコクと人形のように首を縦に振っている。


 奴が何を考えているのかは知らないが、俺としてはバイキング形式を最大限に生かしてウェイターとして培った技術を活用し並べられるだけ並べて置きたい。今は四度目のおかわりに備えてラスト二皿を残し食器は重ねて片付けてしまっているので、空いているように見えるが、俺にとっては空いていない。


「いいのよ私は――」

「っていうか、何でお前も俺の前に座ってんだよ」


 奴がいなければもっと料理を並べられるのに、ちょっと皿から肉をくすねるだけで許している俺はなんと心が広いことか。


「え、今更!?」

「今更もなにもあるか。お前がいるから皿がおけん」

「はあ!? こんだけ置いておいていうんか!?」


 前菜から既に五パターンも存在していたため、全料理制覇するために片っ端から置いた皿の数は八枚。総数は今の所二十一。青年が居なければ一度に十二枚は置けるのでデザート取りに行く一回分ぐらいは損している。


「ちょっと……」

「全然足りん。お前の面積分取ってくると言うのなら許してやってもいいが」

「なんで俺が給仕の真似事せなあかんねん!」

「ちょっと!」


 なんではないだろう。常の俺であれば既にデザートに取り掛かっていてもおかしくないというのに未だ主菜の段階というのは明らかに青年が居座っているのが原因だ。

 俺はビシッとナイフを青年に向けた。


「席料だ」

「んなもんあるか!!」

「ちょっと人の話聞いてるの!?」

「俺がいつお前が座ってもいいよっつった? 何時何分何十秒?」

「毎度毎度ガキかお前は!」

「話題のすり替えか? 罪を認めようとしないとは見苦しいな」

「何の罪!? どこが罪!?」

「俺の食事を阻害する事即ち罪なり。俺を殺す気か」

「そんだけ食べててまだ言うんか!」

「人の……」

「ふっブラックボール(最終兵器)の名は伊達ではないのだよ若者よ」

「お前も若者やろ!」

「話を聞けーーーーーー!!!!!!」


バン ガン


 衝撃が俺達を突如として襲った。

 一瞬静まる食堂だが、少女の一睨みでぎこちなく視線が外された。


 目の前で頭を抱えて涙目になっている青年はまだいい。平な部分だった。

 こっちは角だよ。いてーよ。ふつーにいてー。魔導書に続いてトレーって。今後も続くとかないよな?


 俺はふぅと一つ息を吐き、紳士的な態度を心掛けて少女に向き直った。


「角はね、凶器になるんだよクロワッサン。そもそもなんでそんなに巻いちゃってんのクロワッサン。クロワッサンもびっくりな程のクロワッサンだよすごいよクロワッサン」


 クロワッサンとはパンの一種で、パイ生地に似た触感でくるくると巻かれている前世で見たまんまのアレなのだが、それを再現しているがごとくのくるんくるんの天然ロールを俺は初めて見た。


「く……くろわっさん?」


 俯き加減で呟いたクロワッサンの声は小さく聞き取りづらかったが、何故かザッと周り中で血の気が引く音がした。

 よくわからないが、食事を中断させられている状況は嬉しくないので回れ右をしていただくために俺はさらに丁寧を心掛けて少女を諭した。


「それにねクロワッサン」

「誰がクロワッサンじゃ!!」


 脳天を貫く二度目の衝撃に俺は意識を手放し――

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