第百二十八話 同調力
こちらの心情に気づく様子もなく、おっちゃんは説明を続ける。蒼の民の間での合図だとか暗黙の了解だとか細かなところはあったが、タブー的なものは無かった。あるとすれば家族を大事にというもので、これは決め事以前の話なので除外。内心、これならヘマする事もないかなと考えていると、いつの間にかおっちゃんに観察されていた。何かと思い首を傾げて見返してみると、おっちゃんは躊躇うように口を開いた。
「聞かないのかい?」
「聞かないのかって何を?」
「………エリーの事、何故と」
おかん? 何故って何が? ……あ。
「もしかして、何で助けてくれなかったんだ~って事?」
「……」
あらら正解か。
「何か出来てたらそうしてたんじゃない?」
「それは……」
軽く言ったつもりだったが、おっちゃんは言葉に詰まったように開きかけた口を閉じてしまった。そのまま待ってみても何も言わない。表情も隠すように動きを止め、見た目からは何を考えているのかわからなくなってしまった。
俺は頬を掻いた。こういうのは苦手だ。だけど何だかいろんなものを飲み込もうとするおっちゃんに、何も言わないわけにはいかなくなる。
「あのさ。ちょっとしか覚えてないけど、おっちゃん来てくれたでしょ」
来てくれたというのが『あの時』だと判ったのか、おっちゃんの顏が強張った。だけど俺は構わず続ける。
「これを俺にくれたのも、おっちゃんでしょ?」
首に下げた皮紐の先にある袋を取り出す。
中には青褐色の髪が編まれて入っている。記憶が曖昧な頃から俺はこの袋をずっと握ってきた。あるのが当たり前で、誰がこれをくれたのか敢えて聞きはしてこなかったが、こういう事をするのはおっちゃんだ。デリカシーは無い癖に、こういう大事なものには恐ろしいくらい敏感な人だ。クリスさんが亡くなった後、酷く落ち込んだグランにも形見の首飾りを躊躇いも無くあげていた。おっちゃん自身、それを大事にしていたのに。果たしてグランは気付いているのだろうか。
「おっちゃんが何もしなかったとは思ってないし、おっちゃんが出来なかったっていうことはそういう事なんだろうなって思ってる」
これについては本心、偽りなしにそう思う。蒼の民がとかそんな話を聞く前からずっと、そうだったんだろうと思っている。
「それにしてもさ、その時点でよく緑の民と衝突しなかったね」
おっちゃんは暫くしてから、閉じた口を開いて「……エリーが望んでいなかった」と呟いた。
「それに……私たちは復讐という感覚をあまり持たないんだ」
「そうなの?」
「怒りも悲しみもある。だけど、だからといって何がしたいとも思わない。強いていえば、二度と関わりたくない……と言ったところだろうね」
「へぇ」
好きの反対は無関心とは言うが、憎しみをぶつけることすら拒否して引いていくのは珍しい。
どんな人間でも大なり小なり破壊衝動は持っていると思う。それは怒りなどの感情に触発され、集団となることで思考力を奪われ膨らみ、一人の声だったとしても簡単に矛先を定められ、論ずる余地すら与えず蹂躙し、数百の命の代償に数万の命を奪う。正義や義務、大義名分の名の下に無関係の者の命でも奪う。主義主張の異なるものを排斥する。そして、一片の罪悪感すら抱かなくさせる。
俺にそれがないとは思わない。どろどろした感情だってある。というか、それって生存本能から派生した反応の一つじゃないかなと俺は思っているので、おっちゃん達はそういう意味でもちょっと他とは違うのかもしれない。俺の場合、中身、俺だし。
まあ何にしても、
「珍しいタイプだねぇ」
「臆病なだけだ。復讐をして、また家族を失うぐらいなら逃げた方がいいと考えてるだけだよ」
「あ。それならわかる」
ぽんと手を打てば、やっとおっちゃんは表情を和らげ苦笑した。
俺もそれを見てほっとした。おっちゃんにあんな顔は似合わない。アホな顔して天然でもいいからボケててほしい。
「じゃあ俺も聞いていい?」
ほっとしたところで俺も本題に入ろう。
「なんだい?」
「少年って、蒼の民?」
「……どうして?」
束の間の沈黙に、これは当たりかなと思いながら理由を説明する。
「俺がどうにか手助け出来ないかと思っているから。あと、おっちゃんも協力してくれるって言ったから」
さらに言えばおっちゃんがやけに詳しかったから。そして家族以外には冷静で淡泊で冷淡なら、あんな風に心配そうな顔をしないだろうと思ったから。他にも細かいがいくつか引っかかったところがある。
おっちゃんは手の中にあった小石をテーブルの上に置いた。途端、光を無くし黒に染まる石。
「カシル君の何を知りたいんだい?」
重さが舞い戻った空気に、俺はパタパタと手を振って追い払う。
「じゃなくてさ。聞きたいのは協力っていうのが蒼の民の協力って意味なのか、どこまで何を協力してくれるのか、その辺を聞きたいんだ。個人ができる事なんてたかがしれてるからね、使えるものは何でも使おうと思って」
「少年が蒼の民なら『家族』は協力してくれるよね」と不敵に笑って見せれば、しょうがないといわんばかりの目で笑まれた。こっちが茶化して空気を変えようとしてるのは完全に見透かされているらしいが、効果はあったのだから良しとしよう。
「カシル君に関して言えば、声を掛ければ動ける者が動いてくれる。希望があるなら私から伝えるよ」
「俺から伝える事は出来る?」
「出来るけど……会いたいの?」
「会いたいっていうか、頼むならちゃんと頼みたいから」
さすがに俺も頼みごとをするのに人任せは失礼だという意識はある。おっちゃんは納得したのか一つ頷いた。
「わかった。それなら機会を設けよう」
「ありがと。あと、もう一ついい?」
「うん?」
「精霊を呼んでくれない?」
途端におっちゃんの顔が渋くなった。
ちっ、軽い空気に乗せていったのに流されてくれなかったか。
「……キルミヤ、それはまだ――」
「立つことは出来る。意識もはっきりしてる。体力は戻してる最中だけど待ってられない。無策ではないとだけ言うけど、協力してもらえないなら実力行使でこの部屋を出るよ」
おっちゃんの言葉を遮る。
只でさえ一ヶ月も眠りこけて無駄にしたというのにこれ以上待つ気になどならない。意外と気が短かったんだなと自己分析をしていたら溜息をつかれた。
「その頑固さはエリーに似たのかな……わかったよ」
おっちゃんは立ち上がり部屋を出て行った。俺は一人ガッツポーズ。
暫くして戻ってきた時、その横には目の下に隅を作ったレースがいた。そういえばこの子の存在を完全に忘れていた。何せ目を覚ましてからおっちゃんしか見ていないので、忘れても仕方ないだろうと自己弁論。ちょっぴり悪かったなぁと考えている俺に気付いた様子も無く、レースは俺を見ると表情を明るくした。が、すぐに引き締めておっちゃんを見上げた。
「精霊除けを部分的に解きます。十秒後、再度閉じますが危険と判断されましたら合図をお願いします」
……誰?
淀みなく発言するレースに、俺はぽかんとしてしまった。俺と歩き回るうちに改善された呂律が進化している。二段階ぐらい。何があったというのか。思わずおっちゃんを見たら、特に何も言わず頷いている姿があった。
「ミア。無理だと思ったら右手を上げてください」
「ちょ、ちょいまって。レース、だよな?」
尋ねると、きょとんとするレース。良かった、レースで間違いない。一瞬おっちゃんが何かしでかしたのかと思ったが大丈夫そうだ。
「あー…なんでもない。あ、もしかして、この部屋の精霊除けってレースがしてくれてるの?」
「はい。私とケルトさんの二人で交代しながら維持しています」
「そうなの? ありがとう」
お礼を言ったらレースは項垂れるように首を横に振り、再びおっちゃんを見上げた。が、おっちゃんは俺の方を見て気付いてない。気付いておっちゃん、女の子の視線だよ、貴重だよ。ほらほら。
「ミア、準備はいいかい?」
「あ。うん、ちょい待って」
とりあえずレースの変化に戸惑いプチ混乱の俺を封印。今はこっちが優先と切り替えて、倒れてもいいようにベッドに腰掛け心構えをする。
実際問題精霊避けを外してどうなるのか具体的なイメージは無い。だからこそ考えられる限りの対策を用意してみたが、その予測と対処法が正しいとは限らない。不安要素など山ほどあるが男は度胸。やってみないと始まらない。
「いいよ。お願い」
レースはおっちゃんが頷いたのを見て、両手を胸の前で組んだ。
瞬間、がんと頭を殴られた衝撃が来て視界が白一色に染まり音が途絶えた。構えていた俺は衝撃を受けるとほぼ同時に作戦実行。冗談も余裕も無しの真剣勝負。確かな手応えを感じたが問題が発生、咄嗟に追加機能を設置。これで駄目なら当初の計画棚上げにして切り上げると覚悟したが、幸いにも安定した。この間おそらく数秒。
視界が色を取り戻し、キーンと耳鳴りがするものの聴力も正常に戻った。あとは鈍器で殴られたような頭痛が残ったが、俺は頭を抑えたまま内心空笑いしていた。
「大丈夫かい?」
顔を持ち上げられ目を見られる。
焦点はしっかり合っているし、動揺もしていないから眼球とか瞳孔の動きは普通だろう。案の定、ほっとした顏で放された。
「十秒経ちましたので精霊避けを戻しました」
レースの宣言で肩の力が抜けた。途中から大丈夫だと判断していたが、それでも初回という事で気を張った。それにしても――
「あれだね、精霊ってめちゃくちゃ極端な存在だね」
とりあえず感想はこれに尽きる。というか、これ以外に無い。
「「極端?」」
と、思ったら聞き返された。しかもハモられた。
「え、あれって極端って言わない?」
何て言ったらいいのだろうか。全身全霊全力投球渾身の、好意? ライクよりラブ。恋人っていうより家族。一片のまじりっけの無い純度百パーの、愛?
いや愛ってなんだよって自分でも思うが、他にあれを表現する言葉が無い。慈愛だとか、敬愛だとか、友愛だとか、そういう何かしら他の要素が全く入らないストレートな感情は生まれて初めてだ。
「ちょっと不思議なところはありますけど、極端ですか?」
「そうですね、私も独特だとは思うけど」
前半はレースに同意して。後半は俺を見て首を傾げるおっちゃん。
この世界の人はあれは普通のレベルなんだろうか。だとしたらすごい。実にすごい。比例して俺は自信喪失だ。俺って感情欠落してんの?
「いや、まぁそこはいいか。とりあえず第一段階は突破したよ」
「第一段階?」
オウム返しに聞いてきたレースに、ぐっと親指を立てる。
「ここから出ても、ぶっ倒れる事は無いって事。さっきは初撃にやられたけど、その後は平気だったから」
「何をしたんだい?」
おっちゃんの問いに、立てた親指を顎の下に付けて逡巡。
「んー……と。俺が倒れちゃうのは俺の脳の処理能力を超えた『何か』を精霊が送ってくるからでしょ? だったら俺が処理するんじゃなくて、俺の代わりに処理してくれるものを作ったんだよ」
依頼人の要求に対してサービスを提供するものを。要するにクライアントサーバモデルにおけるサーバーのイメージ。
最大の懸念点は、魔導によりサーバーを構築してもらうまでに俺が潰れるかもしれないというところだったが、そこはまぁ何とかなった。道中レースに「髪が染められない」と聞いてなかったらやばかったかもしれないが、結果論で言えば出来たのだから十分。
「最初は処理云々じゃなくて遮断する壁みたいなものを考えてたんだけど、それだと魔導の阻害になりかねないからなぁ」
アクセス制御なら防火壁だろと真っ先に思い浮かべたが、あれのアクセス制御って条件が必要になる。別に防火壁に限った事ではないが、プログラムで動いているものは大概定められた命令を繰り返しているだけだ。精霊が送ってくる情報を俺が理解しているならまだしも、何もわかっていない段階で制御条件なんて作れるはずがない。
だからサーバー、主にデータ保管に重きを置いたものを作った。一端全てキャッチして保管、見分、総量を割り出して一部を俺に繋ぐ。という予定で作ったら、一発でパンクしそうになったので同一情報と判断したらカットするように変えた。そしたら、がんがんにカットされた。ものが好意なだけにちょっと心苦しさもあったが、沈められるのは困るので手を合わせて謝っておいた。返答らしきものはそれでもやっぱり好意だったが。
おっちゃんは腕を組んで考えるように視線を落とした。
「魔導にアーティファイの要素をいれたのかな?」
「そうそう。出来なかったら諦めて壁に切り替える予定だったけど思ったよりすんなりいったよ。精霊の理解力って想像以上だわ」
精霊に理解してもらえればサーバーの構築は擬似的に可能だろうと思っていた。今までもこっちの希望を理解してもらえれば理屈はどうあれ実現してもらっていたので。
が、あれはもう予想外。理解力と表したが、理解力どころの話ではない。同調力は意思疎通のための力? そんなもんじゃない、本当に同調するための力だ。精霊の思考が読めるし、向こうも俺の思考が読めている。その上で俺の思考に精霊を同調させる事が可能。対話不要で一気にサーバー構築出来たのはラッキーだった。
まだ学院に居た頃ちまちまと精霊さんと言葉によって意思疎通が図れないものかと実験を繰り返していたが、あれは異文化交流にも程があったと今ならわかる。同調してみて初めて気付いたが、精霊は人の物差しを理解出来ていない。物体ならまだいいが、概念だったり、個体差などといったものは理解不能。故に言語による意思疎通を図っていた際、対象者を特定する事が出来ず集団幻覚騒ぎなどをいうものを起こしてしまったのだ。
何とか出来たのが『俺』が持っているもの、触っているもの、周囲、頭上、前方、後方、左右といったように基準を全て『俺』に依存する形だった。『俺』から精霊に向けて発信される願いという事で『俺』を認識出来たというそれだけの話だが。
「そうなのかい?」
おっちゃんはレースに視線を向けた。レースは首を横に振る。
「私にはちょっと……アーティファイに詳しくないので確かな事は言えませんが、そこまで伝える事は難しいかもしれません」
「本人の知識、素質次第というところかな? 私もそこまで同調力があるわけじゃないからよくわからないけど」
素質云々は不明だが知識はもの言うだろう。こちらの認知範囲がイコール精霊の認識範囲の限界となる。少なくとも、こちらが望む事の限界は。
「まあうまくいったから良しとしようよ。と言うことで、精霊除けを外して」
「それはダメ。どうせ試せる事を試そうとして食事も忘れるだろう?」
「…………」
解除してもらえたのはさらに三日後だった。頑張って交渉したが、頑として解除してもらえなかった。解除してもらえば生命力を精霊から貰う事だって出来ると言えば、余計に怒らせたみたいで冷気まで漂い懇々と諭された。曰く、身体を蔑ろにするな。
やっとの事で一人でふらふらせずに歩けるようになって精霊避けを解除された時には、新しい感覚に半分ウキウキする感情を抑えながらいろいろ試してしまった。のだが、次第に頭を抱える事態となった。いや、正確には頭を抱える事態になっていた。
「キルミヤ?」
おっちゃんの声で深く潜り込んでいた意識が浮上した。朝食を終えた後どっかに行ってたみたいだが、いつの間にか戻ってきていたらしい。
いつも通りの落ち着いた様子からは、外がどうなっているのか推し量る事なんて出来なかったが、知らないなんて事は無いだろう。
「おっちゃん、セントバルナがどうなってるか知ってる?」
「一通りは」
「どんぱちしてるって事だよ?」
「そうだね」
やっぱりか。ケルトという位置から考えれば把握していないほうがおかしいが、その割に全く慌てた様子が無い。
「精霊からかい?」
「まぁ」
おっちゃんの反応の薄さはともかく事態が飲み込めない。
今後の為にといろいろ情報集めようとしていたらセントバルナのいたるところで小競り合いが発生している映像があった。何事だと詳しく集めたら火種があのベアトリスっぽい。父親を殺し逆賊として手配され、貴族がそれを認めるか認めないかで真っ二つ?
なんだそれと突っ込まずにはいられない。あのお嬢ちゃんは固いところはあるが、親を殺して逃げるようなタイプではない。もっと不器用で愚直。だから殺すという手段に及ぶ思考回路の持ち主には思えない。それにたぶんだが父親を尊敬している。あの見事な縦ロールも十中八九、父親との類似点として大事にしていたのだろう。王都で王族の姿絵を目にしたとき、そのそっくり度合いにやってしまったと頭が痛くなったのは最近の事。
でもって、グランがベアトリスを援護しているという事実。グランがケルトになるならこれはやばいのではないだろうか。
「ひょっとしなくても、グランの立ち位置的にケルトの事を話せない?」
おっちゃんは頬をかいた。
「お前の事が落ち着けば話すつもりではあったんだけどね」
「俺?」
「グランはお前が大好きだからね、お前が何かに警戒していたのには気付いていたんだよ。だからケルトの知識を引き継いだら家族を巻き込んで原因である緑の民まで特定したと思うんだ。そうなったらもう殴り込みをかけかねないと……」
なるほど。
俺の事が片づくまでと黙っていたが、片付いたら別の問題が浮上して頭が痛いと。前もって中央に深入りするなと言うにしてもあの男は理由がはっきりしてなければ聞かなかっただろう。理由を言うと殴り込み。何というジレンマ。
「しかもあの子がケルトと名乗っているせいで少しばかり混乱する者も出てね……ケルトの名前を使い出した頃から前もって注意してきたんだけど、それでも問い合わせがすごいみたい。今もすごいかも。私の長男には違いなからケルトと名乗っているのも間違ってはいないんだけど、もうちょっと違うところからつけて欲しかったよ」
「いやいやいや、何悠長にしてんの。こんなとこに居ていいの?」
「一応一ヶ月前に四男のところに顏は出しておいたよ」
「それ。丸投げって事じゃないよね?」
おっちゃんは視線を逸らした。
「……さすがに怒られるかな」
「おっちゃん………」
はははと笑うおっちゃん。笑いごとではないが、笑って誤魔化すあたりおっちゃんらしい。
「いや、大丈夫は大丈夫と思うんだ。緊急信号は来てないから最悪の事態にはなってないよ」
「最悪って?」
「家族が意図せず争いに巻き込まれる事」
「……意図して参加した場合は緊急信号が無いわけだ。それはどうなの」
「その辺りはカウがやってくれてるよ。あいつは生真面目だからね。次男の馬鹿が好き勝手やっているだろうけど、それもカウがうまく他と連携取れるよう手筈を整えてるよ――たぶん」
だから、その最後の一言が不安を煽るんだって……
俺は目を伏せ、サーバーに繋ぐ。精霊に依頼して寄せられたセントバルナ各地の映像の解析状況を確認する。
「………」
どうしたものか。このままグランを放っておくのはそこはかとなく怖い。でも何故かお隣の国に居る少年も気になる。
少年は相変わらず我が道を突き進む御仁らしくフーリの都の、それも何やら豪勢な場所に潜り込んでいる。何をしているんだ何をと突っ込みたくても遥か遠く。まさか精霊さんに突っ込みを入れてもらうとかわけのわからない事をやって驚かせて邪魔するわけにもいかず。
そもそも、なんであいつフーリに居るの? 目的からして災厄の種がフーリにあんの?
精霊へ災厄の種についても情報を求めると、少年を探そうとあれこれした時とは違いすぐに回答があった。この辺、まだ精霊が何を判別できるのか掴み切れていないので要調査事項に上げて置いて、もらった情報に意識を移す。
現存する災厄の種は七つ。内一つがフーリに確かにある。というか、他はこの大陸には無い。東と言えばいいのか西と言えばいいのか、緯度がこの大陸よりやや低い位置にある大陸に二つ。真裏の大陸に一つ。で、あと一個は海溝。これは余程の人間じゃないと取れないだろう。
「キルミヤ」
「ん?」
「パージェスに戻ろうか」
「え?」
「顔合わせをしよう。その時に今後の方針を確認出来るし、カシル君の事もどう動くか相談できるだろう?」
「あ……えーと、そりゃ有り難いけど、いいの?」
俺がうんうん唸っているのを見て決めてくれたのだろうが、俺の勝手で呼び出してとか気が引ける。俺が出向く方が筋じゃなかろうか。
「構わないよ。ただ、一つ懸念があってね」
「懸念?」
「フーリに災厄の種があるんだけど、宿主を定めてしまったんだ。その宿主がお前に目を付けているかもしれない」
「え、そなの?」
「カシル君を隠しただろう?」
「隠すって、んな事……」
言いかけて、そういや襲撃の後に嫌な感覚がして外套で隠したなと思い出した。
「したわ。あれがフーリのか」
「カシル君を見失ったから目についたんだと思う。視覚特化の『幻視の恋人』が相手だから生半可な魔術では隠せないんだ。だからお前の事を脅威と見ているかもしれない。もしくは、利用できる力だと見ているかもしれない」
「……今、目隠し――隠すために、何かやってくれてるの?」
「いや、この里自体が見つからない様にいくつも魔術具が重ね掛けされているからそのおかげで見つかってはいない。それと、この里への正規の帰還道を通って来ているからここまでの足取りも掴まれてはいない」
それは僥倖。
「その『幻視の恋人』ってのがどの程度か判らないけど、こっから出る前に目隠ししておく。おっちゃんにも掛けた方がいい? 外套とか物に掛ける形でしか出来ないけど」
「そうだね、お願いしていいかい?」
「了解」
「じゃあ午後にはパージェスに移動するから」
「え、今日?」
「え、伸ばしていいの?」
「いやいや、いいか悪いかじゃなくて現実的な話として準備が要るかと。山降りるには」
おっちゃんは、あぁと思い出したように言った。
「歩いて戻るわけじゃないよ。転位のウンモがあるから、それでパージェスまで飛ぶんだ」
「そんなのがあったんだ……」
俺とレースの徒の旅はなんだったんだろう。歩き損?
「あったというか、調整すればこの大陸の指定地点に飛ぶことは出来るよ。向こうにも転位のウンモがあって、転送許可されていればだけど」
おっちゃんだからね、もう驚かないよ。宇宙人だったっていう事実より遥かに衝撃は少ないよ。医療器具っぽいものを触ってた時点で予想できたしね。
「ちなみに顔合わせは何日後?」
「午後だよ?」
普通、遠方の人間とつなぎを取ろうと思ったら数日から数週間、直接会うとなると数ヶ月必要となるケースはざらにある。だからテレビ会議のごとく「今、暇っすか? 打ち合わせ入れていいっすか?」って電話して即座に会議なんて事は出来ない。
普通ならって注釈付くのがおっちゃんだもんな。
諦念めいた気持ちで眺めていると、おっちゃんは視線を天井へと向けていきなり耳を押さえた。
「おっちゃん?」
思わず腰を浮かしたら、叱られた犬のような顔をしてこっちを見た。
え? なに?
「………すごい怒られた」
精霊を介して連絡を取り合ったのだろう。たぶん『兄弟姉妹』に。
「何て?」
「『連絡切るな、馬鹿』って。複数大音量」
それは……自業自得というか……
思いつつ、俺のせいでもあるなとおっちゃんにつられて苦笑い。二人で「ははは」と笑って――溜息ついた。