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第百二十六話 今年の新色?

 ふわりと浮き上がるような感覚がして、薄い光が視界に入った。


「おはよう」


 小さな声が耳に届き、顔を向けようとして出来なかった。

 身体の感覚がどこか遠い。鉛のように重たいというような感じもするが、動かせているのか動かせていないのか曖昧だった。

 ぼんやりとしたまま首を傾げようとして、やっぱり動かなくてゆるりと瞬く。

 瞬いた後、顔があった。焦点が合って無くてぼやけているが、知った顔に身体の力が抜けた。


「もう少しお休み。私はここに居るから」


 瞼の上に掌が乗せられ、光が遮られる。曖昧な思考は疑問もなくそれを受け入れ俺は目を閉じた。

 何をしているんだろうと考える頭と、暗闇に沈もうとする身体。ふわふわとした不思議な感覚の中を漂い時折何かに引かれて視界に人を捉えるが、その都度眠れと言われて従った。抗うだけの思考も働かず幾度も意識は沈み、反対に積る焦燥に疑問を募らせた。


「おはよう」


 声をかけられて、目が空いている事に気が付いた。

 何度これを繰り返したのだろうかと意識の隅で疑問を募らせた自分が考えるのを感じる。だがそれも一瞬の事で、深く考えようとすると霧散した。


「………(おはよ)」


 口を開いた筈なのに、空気だけが吐き出された。


「気分はどうだい?」


 濡れた布で口を湿らされ、一滴二滴と水を口の中に落とされる。

 動かなかった舌が水を舐めとりようやく口の感覚が戻ってきた。感覚の遠い四肢にそれでも力を入れて何とか身体を動かそうともがくと、頭を小突かれた。


「こら。目を覚まして早々に何をする気だい」

「な……に…って」


 起きる以外に何があるんだろう………二度寝?


「まだ寝ぼけてるか」


 寝ぼけて?


「ここはどこか答えられるかい?」


 ここ? ………パージェス……じゃ、ない…………っ!


「しょ……!」


 「少年は?」と言いかけて咽た。咽るだけで身体のあちこちがぎしぎしと軋みをあげて酷い引き攣りと痛みを覚え眉間に皺が寄った。


「落ち着きなさい。相変わらずせっかちだね」


 音も無く頭の方が動き、座るとまでは言わないが多少身体を起こされると吸い飲みを目の前に出された。


「これを飲みなさい。ゆっくり」


 腕も持ち上がらないので目線でそれに頷くと口に宛がわれた。急いで喉の奥に流し込もうとしても口から零れ、たった少しの水なのに空にするまで時間が掛かった。

 その間、俺は働き出した頭で状況に考えを巡らせる事が出来た。ここは緑の民の里。長とやり合って、少年に助けられて、そこから現実逃避の挙句に変な空間に放り込まれて、黒人形と話をして、目が覚めた。


 ……で、何でおっちゃんがいんの?


「やっと目が覚めたみたいだね……」


 ちょっとばかり疲れた笑いでほっとしたように肩の力を抜くおっちゃん。心なしか顔色が悪い。

 俺は内心首を傾げた。態々グランに絶縁宣言まがいのものを言伝たというのに、なんで当の御仁が俺の目の前に居るんだ。


「ここ……どこ? ……なんで?」


 かっすかすの覇気の無い声が、音とも息とも取れる微妙な音量で出た。何だこの声。


「ここは緑の民の里で、医療室の一つ。医療室というのは怪我人や病人を休ませ治療するための部屋の事だね。『なんで』というのは、私がどうしてここに居るのかということかな?」

「うん」


 腹に力を込めようとして、やっぱり力が入ってない感じでかすかすの声で肯定する。でもさっきよりはましになってきた。


「お前を追いかけたからだよ」


 ……いや、そりゃそうだろうけどさ。


「追いかけないと、ここには居ないだろうけどさ……そういう意味じゃなくて……まぁそれは後でいいか。おっちゃん、髪が白い少年、知らない?」

「私は後回しかい? カシル君ならお前に回復の兆しが見えたから旅立ったよ」

「は? あいつ怪我は?」

「私が確認した時には塞がっていたよ。内部損傷や体力の低下も一週間程で完治していたね。あの子は少し特殊だから。状態から言えばお前の方が酷いんだよ」

「俺?」


 多少の切り傷ぐらいはあるかもしれないが、大怪我など一つもしていない。筈だ。

 意味を図りかねていると手を握られた。


「わかるかい? ここにある機材で頑張ったんだけど、かなり痩せた」


 おっちゃんの手に握られた俺の腕は――細かった。

 エントラスに行って、少年にやっかいな封印を解いてもらってから秘かにつけるよう努力していた筋肉もごっそりと、無い。


「お前が目を覚ますまで一ヶ月かかった」


 腕を見て絶句、というか軽いショック状態の俺におっちゃんは構わず話を続けた。


「お前がこの里の長と敵対して、あの子が間に入った時の事を覚えているかい?」

「……覚えてる」

「何をしたか、覚えているかい?」

「…俺、何かしたの?」


 掛布の下に腕を戻された。


「昔『どうして叔父さんなのに父さんなの?』って聞いた事があったよね」

「……あったけど」

「最初はね、周りの誰かが口にしたのかと思った。あの時はまだ屋敷の中を掌握していなかったからね。それでエリーの子なら『耳』が良い可能性も高い。だから、大人の言葉を拾ったのかと。

 だけどお前を見ている内に違うと感じた。

 唄、頭を撫でられる事、瞼にキスをされる事、お前が過剰に反応したそれは全部エリーに繋がる。そして何よりも血と、庇われる事に対する拒絶。それはもうはっきりとした意識があるが故に精神に刻み付けられた拒否反応としか思えなかった。

 エリーの事、覚えてるね?」

「……」

「その時と『一緒』だからね。相手も。状況も。いや、一つ違うかな? お前は赤子じゃないんだから」


 っ……


「お前が何をどう感じたのかまでは私にはわからない。私にわかるのは、精霊はお前に惹かれお前の心を反映したということだ」


 一瞬乱れた思考をねじ伏せ、小さく息を吐く。現実逃避の夢はもう終わりを告げた。浸っていれば楽だけど、浸ってばかりではいられないと自分で決めたのだから、そこはなけなしのプライドに頑張ってもらう。


「もしかして、すんごく迷惑かけちゃった?」


 少しおどけて言えば、おっちゃんは苦笑した。


「ああ。おかげでこの世界ごと存在を消されそうになった」


 ……はい?


「さすがに焦ったよ。私にはそこまで同調力は無いからね。止められなかった」

「……はい??」

「カシル・オージン君がお前の封印を解いて同調力を戻してくれなかったら危なかった」


 若干、おっちゃんの顏が怖く見えてきた。

 基本的におっちゃんは温厚だ。とてつもなく温厚だ。俺が貴族にあるまじき態度であろうと、館を抜け出そうと、その辺で寝てようと、何も言わない。子供の頃と変わらず接してくれる。だけど例外もあって、何日も館を空けたりすると無言で怒ってくる。グランが居た頃はおっちゃんが怒る前にグランに怒られまくっていたので何も無かったが、グランがパージェスを出てからは怒られた。すげー無言で怒られた。

 その気配が、今そこに在る。気がする。


「……説明お願いします」


 一刻も早い白旗ふりが必要と感じ、全面降伏の意を込めて説明を希望すると、おっちゃんの顏から笑みが消えた。反射的に俺は身構えた。身動き取れないから気持ちだけ身構えた。


「………すまなかった」


 次の瞬間、下げられた頭に俺はぽかんとその頭を見て――束の間そうして、我に返った。


「え、え? え、何? 怒られるの俺じゃないの?」

「私が話していればお前は違う行動を取ったかもしれない」

「どゆこと?」


 おっちゃんは頭を上げると、俺に目を合わせた。


「私はエリーを手に掛けた者の事も、お前に封印が掛けられている事も、その意味も知っていた」

「うん。それで?」


 おっちゃんは間を置いて首を傾げた。


「……それで?」


 聞き返された。どうやら通じてない模様。というか、成人男性というよりナイスミドルなおじさんのおっちゃんが首を傾げる仕草が似合うというのはどんな詐欺だろうか。


 って何を考えてる俺。違う違う。面倒だからって現実逃避するな。


「あー……えっと、ね? 俺の口から言った事は無いけどさ、知ってるかもなぁってぐらいには思ってた。おっちゃんだし。

 まぁ相手の事まで知ってるとは思わなかったけど。俺がリットに出入りしているのを黙認してたのもそういう理由があってでしょ?」


 言葉を探し探し言えば驚いた顔をされた。


「……気付いていたのか」


 そりゃまぁねぇ……


「グランに気付かれない様にしててくれてるのを知っちゃうとね。いろいろ勘ぐったり考えたり? まぁ……そんなとこ」


 息が切れてきた。かっすかっすの声になってきて、ちょと一呼吸。

 少し話をしただけなのに盛大な反応を示す身体に溜息をつきたくなる。一ヶ月寝ているとこうなるのかと新発見だ。


「何をどこまで知ってるのかはわからなかったけどさ、それを知ってて謝られるなんて事にはならないと思うんだよねぇ。早々におっちゃんが話してたとしても、俺は……変わらなかったと思うよ」


 なんせ精神は二十七から始まったのだから。


「そうだろうか。緑の民の考えを多少なりとも知っていれば……」


 暗い表情からは俺の反応に対する不安よりも、俺に対する罪悪感のようなものが見え隠れしていた。

 顏に出る程気に病んでいるのかと思うと、こっちが申し訳ない。俺だっておっちゃんに話していない事は山ほどある。それはおっちゃんの為と思っての事もあるが自己保身で黙っている部分もある。たぶんおっちゃんは、俺とは違い自己保身じゃなく俺の事を考えて黙っていたのだろうと思う。昔からそういうところは不器用な人だ。だからグランにも勘違いされて怒られたりするんだろう。今の奥さんもたぶんおっちゃんを頼ってきた縁者だろうし、三つになるその娘もおっちゃんの血を引いてない。それでもおっちゃんは我が子としてグランや俺と同じように育てている。何より、おぼろげにあるおっちゃんの記憶が、この人は俺のことを裏切らないと確信させる。冷たいのか熱いのか寒いのか苦しいのかもわからない白い視界の中で聞こえた怒声。恐怖を感じてもおかしくない筈なのに、俺を抱く固い腕は小刻みに震えていて――


「聞いていれば俺の接触方法(やり方)は違ったかもしれない。緑の民の長 (あの男)の反応も違ったのかもしれない。

 でもさおっちゃん、可能性の話をしたら限がないんじゃないかな」


 それこそ、緑の民のごとく。


「過去を顧みる事は価値ある事だと思うけどさ、前を見ててもいいんじゃない? それで時々振り返るぐらいで。どうせ考えてる事なんて他人(ひと)にはわかんないんだからさ、もっと気楽にいこうよ」


 振り返るのは未来の糧とするため。後悔も苦しみも全部未来()を開くため――だったらいいなと俺は希望する。所詮そんなものは本人の考えよう。個々人の捉え方次第なのだから、だったらもっと楽にいったっていいじゃないか。俺自身が出来てない気もしないでもないが。


「………そうだな」


 おっちゃんはほんのりと口元に笑みを浮かべた。


「お前は全く……面白い子だよ」


 そうかな? 単純だとは思うけど面白みは無いんじゃないか?


「エリーもあの男も楽天家だったけど、お前の方がそうかもしれない」

「そうなんだ」

「あの二人で大丈夫かと真剣に心配になったからね」

「……おっちゃんに言われるってよっぽどだな」

「よっぽどって……私もそうであると思っているのかい?」

「うん」

「………」


 や、だってさ、グランの事とか俺の事とか今の奥さんの事とか妹とか大事な事はしっかりしてるけど、それ以外ってわりと笑って済ませてるでしょ。ちょっと計算入ってるかな~とかって思ってた時期もあったけどさ、グランの事を自慢してるときは素も少なからずどころか多分に含まれてたりしたでしょ。嫉妬の視線もするーして能天気に笑って、それでよくパージェスが生き残ってるなって、おっちゃんがいろいろやってるって知らなかった時は不思議に思ってたよ。

 え、何、それとも妹にべったりしすぎて嫌がられてるのを照れてると勘違いしてるってはっきり言った方がいい? 何とかなるなるでやってた領地の管理は実は裏で苦労してた執事さんの話をコンコンと語った方がいい? もしそれが計算づくと言うならば俺はおっちゃんに『お気楽者』ではなく『お鬼畜者』の称号をプレゼントしよう。


「それはそれとして」


 おっちゃんは話を沈黙ごとぶった切った。見事だ。露骨だ。


「説明をしよう」

「あ、はい。お願いします」


 何の? とは聞かない。元々何の話をしてて説明プリーズしたのか覚えてないけど聞かない。空気読める俺は聞かない。おっちゃんの真顔が怖かったからじゃない。


「まず、お前はもうこの里の長に狙われることは無い。だからどこへ行こうとも自由だ」

「……そか」


 もしかしなくても、おっちゃんが話をしたのだろう。どういう話をしたのか、経緯と内容が気になったが「まず」と言ったおっちゃんは他にも話したい事があるのだろうと思い、理解した事だけを伝え口を噤む。


「次にお前が昏倒した理由にもなるが、お前は同調力を解放されている。今のところ、お前にとっての死活問題はこれだ」


 ……ん? ………ん?? 俺、同調力使えるの?


「同調力は知っているかい?」


 思いもかけない言葉にちょっぴり動揺しつつ問いに答える。


「えーと、精霊の力を導くものだっけ?」

「そう、それ。その働きを司る器官は頭にあってね。精霊との壁を取り払われた瞬間、精霊の情報がお前に殺到したんだよ。その結果、同調力を扱うことについて長けていないお前の頭は負荷に耐えきれなかった。幸いなのは生命維持の領域には同調力を司る機能が無かった事だね」


 何気なくおっちゃんは言ってくれるが、それはつまりあれか? 延髄とかにあったら死んでたかもしれないってこと?


 おっちゃんが同調力を知っているという事実は一先ず置いておくとして、


「それは……良かった」


 心の底からそう思った。

 もし延髄あたりにあったとしたら一撃だったんじゃないだろうか。恐ろしい。延髄じゃないとしても目を覚まさない可能性だって十分ある。綱渡りをした気がする。


 そんな話少年から聞いてなかったんだけどな……


 ひょっとすると少年もそう詳しくないのかもしれない。どれだけ長く時を重ねていようと知らない事は知らないだろう。見返り無しに知識を享受した俺が何か言う気は毛頭ないが、それより余計に心配になってきた。何でも知っていて何でも出来るというのならそう心配もしないが、現実にそうである人物など居るわけが無いと言われているようだ。


 ……あいつも超人ってわけじゃないもんなぁ……普通に具合悪くなるし怪我もするし…………治るの異常に早いけど。


「多くは感情を司る部分にあるからね。多少運動機能にも重なっているから四肢に影響があるかもしれないが」


 おっちゃんの言葉で意識を身体に戻して軽く動かそうとしてみるが、筋力低下のせいか関節が動かさない事で固まったせいか面白いほど動かない。が、感触はある。あ、指は動いた。


「ん~……感触はあるから半身不随とかそういう事にはならなさそうかな。動かしてみるまでわかんないけど」

「検査ではそちらに影響は無いと出てる。ただ、あくまで神経の反応を見た結果だから実際にお前の感覚に影響が出ていないとは言い切れない。お前の言う通り実際に動かして確認する必要があるね」

「そっか。まぁ大丈夫でしょ。きっと」


 麻痺があったらその時だ。今悩んでも仕方がない。


「問題はもう一つある」

「まだあるの?」

「今この部屋には精霊避けが施されているんだ」

「ん? 今も?」

「今も」


 聞いた俺と言ったおっちゃんの間に沈黙が流れた。


「……って事は、俺この部屋から出たら」


 おそるおそる聞いた俺に、おっちゃんはこっくりと頷いた。


「そう。また精霊の情報を叩きこまれて昏倒する可能性がある」


 うわぁ……


「そりゃまた……困ったな」

「本当なら赤子の防衛反応で適度な緩衝材を作りだすんだけどね。それに赤子の時だと情報を与えられても単なる刺激として情報伝達を促進するだけで成人した頭とは違う反応なんだよね」


 麻疹かおたふくか。子供の時に済ませてしまえば大人になって苦しまないで済むとか。


「慣らすしかないよ。少しずつ精霊を呼んで折り合いをつけよう」


 俺はちょっと考える。

 一度精霊の情報とやらを受けて確認してみる必要があるが、ひょっとするとアレが出来るかもしれない。おっちゃんの話を聞いている途中からアレみたいなもんがあれば無事だっただろうにと思っていたが、今後も危険があるなら作ってしまえばいいではないか。


「おっちゃん」

「うん?」

「何でおっちゃんが同調力とか知ってんのって疑問はこの際放り投げるけど」

「放り投げるの?」


 俺の発言に素で聞き返すおっちゃんに頷き返す。


「まぁおっちゃんだから」


 身内に対して絶対の頑固さを持ってして甘いこのおっちゃんが黙っていたという事は、俺にとって得にはならないと判断しての事だと想像がつく。それよりも今重要なのはいかにして早く動けるようになるか、だ。不安要素にならない事は後に回したい。


「そうかい? それならそれでいいよ」

「ありがとう。で、知ってたら教えて欲しいんだけど、魔導って同調力を用いて精霊の力を導き魔を成すって事だよね?」

「そうだね」

「さっき言ってた精霊の情報とかって言うのが、同調力を用いて導く精霊の力?」

「それは少し違う。精霊の情報――心を受け取らなければ精霊がどう反応しているのかわからないから、魔導師の望む魔を現す事が出来ないとされている。同調力は人と精霊とを繋ぎ互いの心を行き来させる事で、それによって人の望む魔を導いているとも言えるかな」


 なるほど。同調力っていうのは共通認識を持つための力って事で間違いないわけだ。であれば出来る幅が広がるかもしれない。


「おっちゃんって、精霊を呼べたりする?」

「出来るけど今は呼ばないよ?」


 俺はおっちゃんに目をやり、そしてそっと逸らした。


「せめて歩けるまで体力を回復させてから。でないと本当に怒るよ」


 掛布を頭から被りたいな~。突き刺さる視線が痛いな~。

 ……そんなに怒んなくていいじゃん、ちょっとぐらい。たぶん大丈夫だからさ。


「ちょっとぐらいとか思っているなら、わかるまで言おうか?」


 なーんーでー読まれるのー。


「焦っているのはカシル君の事が気になるから?」


 ……。


「そのようだね」


 そろっとおっちゃんの顔を伺うと怒ってはいなかった。ただ、困ったように苦笑していて、どことなく寂しいというか悲しげな空気が漂っていた。


「おっちゃん?」

「あの子を追いかける気かい?」

「え? っと……まぁ。俺、何度か助けられてて……このままは癪に障るっていうか」

「癪に障るって、喧嘩を売るんじゃないだろうね」

「いやいやいや。言葉の綾だよ。そうじゃなくて……その」

「災厄の種の事?」


 それも、知ってたか。


「……水、もうちょいもらえる?」

「疲れたなら眠りなさい。私は逃げないし、お前の身体は休息が必要だ」

「その水何か入ってるでしょ? だから頂戴?」


 始めは何の味も感じなかったが、今は甘味を微かに感じている。


「胃に何も入っていないんだ。いきなりは危ない」

「その量なら平気。てか喉乾いたから欲しい」


 最初に喉を通したのもコップの四分の一にも満たない。一度にがぶ飲みは無理だと自分でも思うが、小分けに摂取するぐらいなら出来るだろう。絶食後の食事としては水分の取り過ぎに注意するところだが、はっきり言って重湯であろうと入る気がしない現状だとそれが一番回復の近道に思える。

 おっちゃんにもう一度飲ませてもらってから、息をつく。目を閉じると今にも寝てしまいそうで、何度も瞬きをして考えを巡らせ意識を保たせる。


「屋敷に、いろいろな本があったよね」


 脈絡なく切り出した俺に、おっちゃんは口を挟まず黙って相槌を打ってくれた。


「最古の書と言われる本よりも過去のものだと思われる本も、いろいろあった。だけど魔術に関する本は一つも無かった。

 なのに、おっちゃんは魔導を知ってるんだよなぁ。災厄の種の事とかも。それって何か意味がある事なの? 例えば俺が少年に関わるのはおっちゃんからしてみれば困った事になったりとか。俺もあいつが厄介な立場ってのは理解してるつもりだからその辺は考えて行動するつもりだけど、それでも問題が出る?」


 もしそうなら俺もちゃんと考える。おっちゃんに迷惑を掛けるなんて事はしたくない。


「そうじゃない。私達が本当に困った事になる事は滅多にない。私が心配しているのはあの子に関わる事がどういう事かをお前が知らないという事だ」


 困った事にはならない。問題は俺が少年に関わる事の意味を知らない事。はて?


 考えようとしたところで『二度寝しようぜ』と言ってくる身体の誘惑にしっしと手を振り、落ちかける瞼に力を入れる。この手の話はきっちりして置かないといつまでたっても終らない場合がある。寝るにしても片をつけて落ち着いて寝たい。

 一通り考え得るパターンを割り出して、おっちゃんが気にしそうな事をピックアップしてみる。


「……それ、あいつにとっても俺にとってもって意味?」

「まぁ……そうなるかな」

「生きる時が違うって事であってる?」


 おっちゃんは目を丸くした。

 この反応は正解だろう。おそらく俺が少年に近づいて親しくしたり手伝ったりしても、俺が先に老いて役立たずになり最後は先に死んでしまう事を危惧しているんだろう。近づけば近づくほど手を貸せば貸すほど、別れが辛くなるから。


「『種』が不老にするって話はそんなに広まってるものじゃないんだな」

「……あぁ。大抵は寿命よりも先に命を落とすからね」


 死ぬまで暴走するってか。なるほど、言われて見れば死んでしまったらそういう前例も無い訳だから誰も気づかないのか。


「ずっと長い時を超えてきた子なんだよ」

「みたいだねぇ。黒い影みたいな奴が教えてくれたからその辺も頭に入ってるよ」


 何気なく言ったら、おっちゃんの反応が遅れた。


「……主人格と、会ったのかい?」

「主人、かく?」

「寄り合わされた魂の中核を成した魂の人格の事。種はたいていその人格の二つ名で呼ばれるんだ、炎獄の貴婦人とかね。彼女はとある王国の守護魔術師だったんだけど……いや、今は関係ないね。あの子が持つ種にも主人格があるはずなんだけど、誰も見たことがないんだよ。どうやって接触したんだい?」


 早口でまくしたてるおっちゃんに、俺は目を瞬かせ首を捻――れないので、目を閉じて視覚を遮り思い返してみる。

 思い返してみても、特別俺が何かしたという事はない。一度目は少年が倒れた時で二度目は俺が寝てた時。共通しているのは少年を助けるという目的だろうか。


「……たぶんけど、探してたんじゃないかな」

「探す?」

「少年を助けられる誰かを。ずっと探してたんだと思う」

「……助けて欲しいと言われたのかい?」

「言われたっていうか、言わせた」

「言わせた?」

「あんまりにもうじうじしてたから、逃げないように捕まえてハッキリ言えと怒鳴ったらやっと言った」


 おっちゃんは言葉を探すように視線を斜め下に落とした。

 あ。これ呆れられてる?


「あのね……お前は……」


 額に当てた手で次第に顔を覆って長く息を吐くおっちゃん。

 そりゃまーね、脅迫は良くないと俺も思うよ。だけどそうでもしないと奴は言わなかったと思うんだよ。俺としちゃ少年の手助けをする気満々だったし、奴は奴で共同戦線張れる誰かが欲しかったんだから結果おーらい。


「何て言われた?」

「災厄の種を全部解放して欲しいって」

「出来ると思うのかい?」

「まだわからない。考えてる事はあるけど、調査してみないと何とも。それに災厄の種を全部解放する事が少年を助ける事と直結してるとも思ってない」

「……そうだろうね。あの子は役目を終えたと思えば――」

「その先は言わないで」

「見て見ぬ振りをしても事実が変わるわけではないよ」

「うん。目を逸らす気はないよ。最悪を考えてるからそれを言葉にして欲しくないんだ」


 ここに言霊の力があったら怖い。魔法や精霊があって、まして俺は言葉で精霊を動かした実績がある。精霊がきくとも限らない。


「考えているんだね?」

「考えて無いように見えるらしいけど、一応考えてるよ」


 へらっと笑うと、苦笑が返ってきた。


「そうか。それなら私が止める理由は無くなってしまったかな」

「信じてくれてありがとう」

「お前は嘘を言わないからね」


 柔らかな笑みで言われると、ちょっと照れる。

 確かに嘘は滅多につかないけど、誤解される言い回しをしている自覚はあるだけに、それを見透かされていると思うと恥ずかしいものがあった。やはりこのおっちゃんは俺よりも上手なのだろう。


「お前がそうすると言うなら、私達もそれに協力しよう」

「へ?」

「これでも世界中に伝手があるんだよ。私は蒼の民の『ケルト』だからね」


 いや、そんなドヤ顏であおの民の長男(ケルト)とかって言われても『だから何?』状態なのですが。っていうかあおの民って何。今年の新色ですか。


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