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第百十六話 どうか、どうか

「お前………確か、少年の」


〝覚えていたか〟


「さっきの映像はお前が見せたのか?」


 顔も何も分からない漆黒に塗りつぶされた人の形をしたそれは首を振り、俺の前に座った。


〝違う。あれは半精霊だ〟


 言いながら、座れと俺に手で示す。

 俺は素直に従いそいつの前に座った。


「半精霊って?」


〝お前ならわかるだろ〟


 いや、わかんないっす。

 表情一つ見えないから本当に俺ならわかると思っているのか、あしらっているだけなのかがわからない。


〝少し、私もお前に同調した〟


「……その同調って、同調力に関係してる?」


〝同調力は心を繋ぐ力だ。私はお前の心に同調した〟


 なんとも俺にとっては嬉しくない発言だ。性別不明の相手ではあるが、勘がこいつは男だと告げている。野郎に心を覗かれるとか拷問だ。

 

〝心配は要らない。同調出来たのは僅かな間だ。すぐにお前の父母に弾かれた〟


 俺の沈黙をどう受け取ったのかフォローのような事を言ってくる。俺が微妙な気持ちになったポイントとはずれているのでフォローになってはいないが……


「おとんとおかん、まだ居るのか?」


 魂の存在は疑っていない。転生()という現象があるのだから。

 ただ、おとんとおかんが俺のせいで留まっているならば、申し訳ない。輪廻転生がこの世界にも在るのか知らないが、この世界は生きていると俺は感じる。生きてるものは得てして停滞を知らない。だから、きっとどこかに流れるか還るか逝くか、そうなるのが普通なのだろうと思う。


〝父親はお前の中に〟


 黒い指で俺の腹を示し、


〝母親はお前の傍に〟


 パーツが見えない黒い顔を俺の周りに向ける。


〝今はもう逝ってしまったがな〟


「………そうか」


 答えてくれた相手にそれだけ返すのがやっとだった。


〝知っているか?〟


「ん?」


〝同調力を封じるには、魂を分割して対象者に与える必要がある。大抵のものは魂を裂いたところで自我崩壊を起こして死に至る〟


 俺は無意識に腹をおさえた。


〝回帰する魂を留めるには、同調力とは別の力が必要だと言われている。懺悔、怒り、愛情。強い感情が鍵となり本来逝くべき道を閉ざす〟


 何も見えない周囲に、今まで居てくれていたのだろうと思うと、出し尽くしたと思った醜態をさらしそうになる。


〝お前は父母の死後も守られてきた。お前を脅かす枷が外れた今、二人はあるべき先へと還って逝った〟


「………」


 何か言おうとすると変な声が出そうで、適当に愛想笑いを浮かべて堪える。

 そんな俺に、黒人形は首を傾げた。


〝私は不思議だ。お前には父母を慕うだけの時間が無かった。父母の代わりとなるような者もいた。普通ならそちらを父母と思うだろうに、お前の中で父母はその二人に固定されている〟


 何故だと問われているような気がしたが、俺も何でそんな事が気になるんだと無言で問い返す。

 黒人形は暫し顔を下に向けて考えるような素振りを見せ、


〝……お前の考え次第では頼む事が出来ん〟


「頼みごと? 俺に?」


 黒人形は答えず、じっとこちらを見ている。

 目も口も何にも無いので見ているとは断言できないが、顔がこちらを向いたまま止まっているので注視されているのは確かだろう。


「えーと…………親だから。って言っても答えになってないんだよな?」


 黒人形は無言で頷いた。


「……あー………もう面倒だから同調でも何でもしてくれよ」


〝出来ん。お前は今眠っている〟


「寝てると出来ないの?」


〝覚醒していなければ線を繋げる事は出来ない〟


「そうなんだ。あれ? じゃ今は? これって俺の夢だよね? なんで入って来てるの?」


〝線を繋げる事と接触は異なる。お前も私の心を感じ取る事は出来ないだろ〟


「………だね。はぁー何かいろいろ大変なんだねぇ同調力って」


〝大変なのは目覚めた時だろ〟


「そうなの? なんで?」


〝そんな事より、答える気はあるのか?〟


「あ、あぁはいはい。無い事も無いけど、どう言ったらいいかわかんないんだよ」


 俺は頭を掻いて、苦笑い。

 別段話してしまってもいいと思っているのだが、俺の中でも明確な言葉には出来ていないので困ってしまうのが正直なところだ。


「んー………確かに普通、生後一週間かそこらの赤ん坊が実の親から離れて別の保護者に育てられればそっちが親だと思うよ。って言うか、赤ん坊ってさ、親に親だよって言われないと判らないでしょ? 何にも知らないんだから」


〝……そうだな〟


「俺の場合は、そうじゃなかったんだよねぇ。

 俺もよく判ってないんだけどさ、今の俺になる前の俺って言うの? その時の記憶を持って生まれてるんだよ」


〝……意味が解らん〟


「ええっと……前世(ラデール)だっけ? 意味通じる?」


〝お前、記憶持ちか〟


「そうそうそれそれ。んで、別の世界でふっつーに生きてたんだけど、気が付いたらおかんの腹の中に居たの。もうね、何がなんだかわかんなくて焦ったよ」


〝別の世界だと?〟


 訝しむ声に俺は笑う。


「だよねー。こっちには別の世界があるっていう概念が無いもんなぁ。俺も本当に別の世界かは判らないんだけど、でも少なくとも魔術とか魔導とか、あと竜だとか存在しない世界だったんだよ。同じ宇宙空間なら物理法則とかって同じだろうから、そうなったらもう宇宙ごと違う完全に別の次元の場所だとしか思えなくてね」


〝………〟


「無理に理解しようとしなくていいよ。別の世界が重要ってわけじゃないから。重要なのは……えーと、それまで暮らしてた場所からいきなり引き離されて、戻る事も出来なかった、って事かな?」


〝……生まれ変わりならば仕方がない事だな〟


「まぁね。仕方ないんだけどさ、生まれ変わったんだって自覚した時、どーしよーもない程苦しかったんだよ」


〝苦しい?〟


「いきなり今までの人生を全部奪われたように思って、どうしていいのかわからなかったんだ。

 腹の中に居た頃はちょっと現実離れしてて夢とかそんな感覚だったんだけど、生まれてからは現実だって否が応でも認識させられて、もう誰にも会えない、誰とも話せないって気付いて、別の世界だとまで気付かなかったけど本気で気が狂いそうだった」


〝……あまりそうは見えないが〟


 忌憚のない意見をありがとう。

 まぁいいけどさ。実際今はそうは思ってないわけだから。


「それはおかんが一杯抱っこしてくれたからね。これでもかってぐらいに大事にしてくれて、すげー暖かかったんだ。だから割り切れた。前は前、今は今、思い悩んだところで仕方が無いってね」


 かなり早くそう切り替えられなかったら、俺という人格も今のようには成っていないだろう。

 だからというか何と言うか、そう思わせるだけの暖かさをくれたおかんしか、おかんと思えない。


〝単純だな〟


「ほっとけ」


〝だが父親はその時居なかったのだろ?〟


「おとんはねぇ……おかんがすげー好きだっていうのが伝わってたからね、付属?」


〝単純だな〟


「同意する」


 微かに笑う気配がして、俺も苦笑を返す。


「この答えで納得出来た?」


〝そうだな……あるいはと思ったが……出来んと解った〟


「頼みごとの事だよな?」


〝……〟


「少年に関する事なら聞くけど。いや、聞きたい」


 立ち上がりそうになった黒人形は動きを止めた。


「俺さ、結構面倒くさがりで小心者で基本的に事なかれ主義者なんだよね。色々覚悟決めて考えてるけど、それでも本質的には小心者のままだとは思うんだけどさ。

 だけど助けてもらってそれっきりっていうのも嫌なんだよ」


 レースに道案内まで頼んで緑の民の里に来たのも、自分の厄介ごとを片付けて身軽になるため。それからでなければとても少年の力になる事は出来ないと思ったから。なのにまた助けられて本当もう俺の精神地の底を這ってる。


「お前が出てきたって事は少年が危険なんじゃないのか? 腹に剣が刺さって――」


〝今は問題ない。回復して通常通り活動している〟


「……そんだけ落ち着いてりゃそうか。てか、その落ち着きっぷりで行動不能だったとかだったらお前に対する意識を変えるわ」


〝………いいのか〟


「何が」


〝関われば間違いなくお前は引きずり込まれる。追われる。親しくした者全てがだ〟


「それ、少年も似たような事言ってたな」


 俺は呟いた後、不敵に笑って親指をグッと立てた。


「問題ない」


〝そんなわけがあるか〟


 黒人形はため息をつくように言った。


〝お前は今の家族を捨てられるのか?〟


「捨てる気は無い」


〝では止めておけ〟


「でも、少年はやってるんだろ?」


 黒人形の纏う空気が揺れた。


〝それは……それしか残されていないと思っているからだ。私達が、そう思わせた〟


 ……ふぅん?


 俺は手を伸ばし、黒い腕を掴んで無理矢理座らせる。

 触った感じは冷たくも暖かくもなく、何か不思議な素材の布を掴んだ感じだ。

 黒人形は怪訝そうに俺と俺が掴んだ腕を見比べていた。俺はその顔を眺め、にやーと笑った。その途端、びくっとしてこっちを見てきたので、視覚以外の感覚を持っているのかもしれないなぁと考えながら口を開く。


「なーんか隠してる、黙ってるのは判ってたけど、何それ。思わせたって、どゆこと?」


 黒人形は顔を俺から逸らして立ち上がろうとする。

 むろん、しっかり腕掴んで立たせない。


「本人から聞いた方がいいならそうするけど、本人に聞いていい内容?」


 ピタリと動きを止めた。


「聞かない方が良さそうだな」


〝いや、そういう事ではないが……お前何なんだ。眠っているのではないのか〟


「は? 寝てるんだろ? その辺は外側(お前)の方が把握してるんじゃないのか。自慢じゃないが俺にはさっぱりだ」


〝その癖に何故私を捉えられている〟


「何故って……腕掴んでるからだろ」


 見りゃわかんじゃん。と言えば頭を振られた。


〝自己と他者の線引きが上手いのか。封じられていた癖に認識能力があるというのも変わった奴だな〟


「いやいや、よくわからん事言って巻くな」


 黒人形は掴んで離さない俺の手を見て、諦めたように座りなおした。


〝巻いたわけではないが……ひょっとして何か聞いているのか?〟


「何かって何を? 誰に?」


〝……記憶持ちだからか? 過去を知っているのは〟


「過去? は、そりゃ自分のは覚えてるけど……何で過去?」


〝…………違うのか〟


「だから何が」


 意味わかりませんと全身であぴーるすると、笑われた。気配じゃなくて、声出して笑われた。


〝お前……やはり変わっているな〟


「お前に言われたくねーよ」


〝私が何か解るのか?〟


 試すような声音に、俺はそういう事じゃなくて見た目の問題だと思ったが、ここは敢えて答えてやった。


「『種』じゃないのか?」


 黒人形はまた声を出して笑い、頭を振った。


〝別に『災厄の種』と呼んでも構わない。原理は同じだからな〟


「へぇ……同じなのか」


〝気付いていた割に落ち着いているんだな。お前は得たいの知れないモノを怖がる性質だろ?〟


「や、それはまぁ……怪奇現象とかお化けとか言われると駄目だけどさ、一度は会って言葉を交わした相手だからそこまでビクビクしないっていうか」


〝炎獄の貴婦人には恐れを抱いていたように見えたのだが?〟


「あぁあれ。だってあれは怖いだろ。会話は成り立たないわ喰われそうな感じがするわ、ほんとにお前も同じなの?」


〝『種』だと言ったのはお前だが?〟


 からかう口調に仏頂面になる。


「それは俺の想像。推論。この世界には魔法があるけど、それって万能なものじゃないって考えられてるだろ?」


〝そうだな〟


「治療系の魔法も無くて、人の命を引き延ばすような事も出来ない。

 だけど、少年は違うだろ? 治癒系の力を持っている事もだけど、俺の見立てだと少なくとも最古の書よりも昔からずっと生きてきたんじゃないかって思うんだよ」


〝………〟


「もちろん突飛な考えだって自覚はあるよ? 俺の前世でもそんな事不可能だって言われてたし、この世界でもそういう事は出来ないっていうのが常識だし。

 でもねぇ、前世と今世で決定的に違う力が今世にあるんだよ。法則を無視した現象を引き起こす力がここにはある。万能ではないと言われてるけど、俺からみれば既に万能に近い力に見えるんだよ。それならやりようによっては出来ない事って案外少ないんじゃないかって思ってね。それに長生きしてるって考えた方がしっくりくるっていうか」


 保有する知識と、取り巻く環境がそれを匂わせていた。

 魔術に関する事も、言語に関する事も、相当詳しいくせに、どこかの組織に所属しているという気配が無く、他人と一線を引いて距離を取る姿はちょっと俺に通じるところがあった。

 俺の場合は生まれ方というか人格がちょっと特殊で、知識には独自の考察が入り込んでいるだけ。他人と深く関わらないようにしてしまったのは単に怖かったというのが大きいが、少年の場合はそういうものではないと感じた。

 明確な目的意識を持ち確固たる意志で突き進む目は、俺のように怯えているとは思えなかった。

 確かにこの世界の人間は若年層でもしっかりしている。たかが十二三歳ぐらい、中学に入るか入らないかのレースでも、自分で考え答えを見つけ歩こうとする強さがある。クロクロに至っては皇族の責務とか重たそうなモノを自分から背負い、レライは家族を支える為にがむしゃらで、フェリアはあれだけプライドが高そうなのに折れた精神立て直して俺を後押ししてくれた。中学から高校。この年代の子供にそれだけの事を俺は求めようとは思わないし、出来るとは思っていない。もちろん、出来る出来ない以前にやらなければならないという状況が否応なくそうさせているという事も理解出来る。それでも、俺にはやっぱり彼らは子供に見える。縛られる事なく自由に笑って遊んで、時々大人から注意されて、そのぐらいの気楽な生活が許される時期だと思ってしまう。

 が、少年にはそれを思わせるだけの隙が無い。落ち着いているという表現よりは、場馴れし過ぎて反応が鈍いという表現の方がしっくりくる。まさか精神年齢が本当に十四とかその辺りであの反応は無いだろう。人に接触しないせいか変なところで反応はあるが、交渉とか一般的な接触については完全にフラット。小波の一つも起きない。

 保護者を名乗る狸の言動も、そう考えれば符号する点がいくつかある。決定的なのはあれだ。


 『常識的に考えて、八十年以上も昔の人物が生きているわけないでしょう』


 それはつまり、非常識ではあるが八十年以上も昔の人物が生きている事を否定していない事になる。

 狸の言葉に嘘はそう無いと感じる。ただ、曲解を招く要素がふんだんに盛り込まれている。見抜けなければそれまででどうという事も無いが、気付けばこちらを試しているとしか思えない。


「少年の知識、技術は目を瞠るものがある。だけどそれだけで命を長らえる事は難しい。じゃあそれに代わる何かがあると思ったんだ。最初にそれだろうと思ったのは『白の宝玉』。大きな力だとカルマが言ってたから、何かの魔術具だと思ってたんだけど……よくよく考えてみればそんなでかい力を持った魔術具なんて今の技術レベルじゃ作れないから、じゃあ似たようなレベルの力だと『種』かって思ったんだよ」


〝………私が欲しいか?〟


 俺は顎に当てていた手をずるりとすべらした。いや、判っている。力が欲しいのかと問われてのは判っているのだが、別の意味に聞こえてしまって激しく萎えた。


「あのなぁ、冗談でも言わないでくれ」


〝いや、お前なら出来るかもしれん〟


 若干身を引く俺に、黒人形は近づいてきた。


〝その反応だ。出来る可能性が高い〟


「Sか。お前ドSか」


〝エスカ?〟


「聞くな突っ込むな流せ、そして話を元に戻すぞ。俺は要らん。お前なんか要らん」


〝……残念だ〟


 大して残念そうでもなく笑う黒人形。いらっとする。


〝冗談ではなく、本当に出来そうなんだがな〟


「出来たとして、俺は何をさせられるんだよ」


〝……〟


「少年に『思わせた』って言ってただろ。そういう事じゃないのか」


〝聡いな〟


「何を言ったんだ? 無理矢理持たせたとかしたのか?」


〝いいや、『種』との契約は互いが認めなければ出来ない……私達は――願ったんだ。私達の罪を贖ってほしいと〟


 罪……か。重たそうだねぇ……


 俺がどうぞと続きを促すと、しばらく黒人形は迷った末に続けた。


〝私達は、黒の民と呼ばれていた。魔術を扱う力に長け白の民に次ぐと言われていたが、一番は魔術具を作り出す力だった。今は廃れ忘れられているが、かつてこの世界は魔術の力で繁栄を極めていた〟


「緑の民の里がその名残みたいな?」


〝そうだ。あれは最後に近い時期の小都市の姿だ。

 大陸中に同じような都市がいくつも存在し、種族ごとに国を持って互いに牽制し合っていた〟


「へぇ……黒とか、白とか、緑とか、色の名前がついてる民がかなり多かったんだ?」


〝そうでもない。最初の頃は一族だけだったが、最後の方は力を持たない千彩の民が大部分だった。私達黒の民のように一族だけで国を成している所もあったが、大国に対抗出来たのは白の民、朱の民、金の民ぐらいだ。そう多くはない〟


「って事は黒は相当魔術具の性能が良かったのか」


〝まぁな……だが今から思えば、蒼の民の選択が一番良かったのではないかと思う〟


「あお?」


〝民として国を保つよりも個としての存在を優先して千彩の民の中に埋没した変わり者の一族だ。私達の時代よりも数百年前に姿を消して、今も様々な国で生き延びているだろう。殆どの者は自分がそうとは気付かずにな。

 魔術の監視を己が役目とする白の民あたりは絶対に取らない選択肢だが、今確固たる一族として残っているものが白の民だけというのを考えれば、力を求めた事は間違っていたと思わざる得ない〟


「へー」


〝私達は白の民のように義務感は無かったが、魔術具を作る事だけには執着していた〟


「存在意義?」


〝そうではない。ただ作る事を楽しむ者が多かっただけだ〟


「技術者馬鹿?」


〝……否定できない〟


 何があったのか知らないが、ポツリと答えた黒人形からは哀愁が漂っていた。


〝精巧な魔術具を作るためには専用の環境が必要になる。それを維持しようと思うとそれなりの力と資金が必要だった〟


「他国に取り入るとかは?」


〝好きなものを作れないという事で選考にも入らなかった〟


 ザ・研究者。と言ったところだろうか。

 偏見だが、偏屈っぽい人間が集まっていそうだ。


〝悲劇の始まりはイリヤという魔術師の思いつきから始まった。

 人工的に精霊を作り出す事は出来ないのか。それが彼女の興味だった〟


「へぇ、それって結構他の人間も興味示したんじゃない?」


 俺はすごく興味がある。


〝示した。人工的に精霊を作りだせるという事は、人工的な魔導師を作りだす事にもつながる。黒の民には然程魔導師が多く居なかったから無限の力を引き出せる魔導師に対しても興味があって、そちらと共同での研究となり、魔術師の半数以上が関わっていたと言われている〟


「国の半分か。それは大事業だな」


〝あぁ。それでも十年の月日をかけてようやく形にするまでに至った。だが、試作品を作ったところで発案者のイリアが死んだ〟


「……熱中し過ぎた?」


〝違う。精霊とは何か、その答えを持っているか?〟


 俺は両手を上げた。


「不明。ただ、個々に存在しているように見えて実際のところは一個の巨大な何かだと思う。人格のようなものがあるかは解らないが、意識のようなものはあるから肉体を持たない生命かもしれないって考えてる」


〝封じられている癖にそこまで気付いたのか……末恐ろしい奴だな〟


「恐ろしいって……解らないままにして置く方が怖いだろ。ぶっちゃけ魔術の原動力になってる魔力も何なのか気になって仕方ないんだよ」


〝では魔術も魔導も根本的には同じものが源になっていると言ったらどうだ?〟


 それは一度考えたことがある。少年に『魔導師は魔を導く者。魔術師は魔を創る者』と講釈を受けた時に、自身と精霊で出どこが違っていても『魔』には変わらないわけだ、と。


 ん? って事は、精霊って魔力の塊みたいなもの? 魔力が集まると意識持っちゃうの?

 うーん。何か違う気がする……魔力が集まって意識持っちゃうなら魔術師なんて多重人格になりかねないよな……感じてないだけ?

 ……違うな。なんかもやもやする………………あ、そうか。『魔』は結果であって動力じゃない。現れる現象が『未知なるもの、不可視のもの、神なるもの』つまり魔であって、それを成し得ている『力』については言及してなかった。あくまで魔術師の力と、精霊の力としか言ってない。


 って事は…………どゆこと?


「人って精霊と同じ力を持ってるって事?」


〝正解だ〟


「でもそれって魔力って意味じゃないよな? いや、魔術を使う為に必要な力を魔力と言うのならそうだけど……魔力を作るもと? 魔力のもと?」


 言いながら、フェリアとのなんちゃって決闘を思い出して納得した。

 フェリアが魔術を使うのに合わせて、力の流れを感じた。あれを魔力と言うなら、やっぱり魔力は何かを元にして作っていたと考えられる。


〝お前は研究者と同じ嗅覚をしているな。

 その考え方で合っている。魔力は心を元として精製されている〟


「………こころ?」


〝発案者のイリアが死んだのは人工精霊の源に自分の心を使ったからだ。正確には心の器である魂を分割して使おうとしたが自我崩壊を起こして死んだ〟


 ちょ、それって……


〝人工精霊には三つの機能が必要とされている。一つ目は力の源となる心を蓄える器としての機能、二つ目は心を力に変換する機能、三つ目はその力を譲渡する機能。

 イリアの失敗を元に、一つ目の機能は器を作成するところから練り直され個人では無く複数の対象から集める事が出来るように改良された。二つ目の変換機能はもともと魔術師の頭に備わっている機能だと知れていたため、魔術師の脳を研究する事である程度の変換が可能になった。三つ目は、難航した。そもそも魔力を移譲する技術は魔術には無く、魔導の基本である同調力にしか類似するものが無かった為、魔導師の少ない黒の民では研究対象に欠いた状態で手さぐりが続いた〟


 こちらの動揺おかまいなしに続ける黒人形。

 おとんが魂分割した技術というのは、ひょっとしたらここから来ているのではないだろうかと思うと、意味も無く鼓動が脈打った。


〝そうして、さらに十年の月日を要して作成された人工精霊は凄まじいものがあった。

 国力としても武力としても他国より遥かに劣る黒の民は、いつ周囲から攻撃を受けてもおかしくない状況だった。偶々均衡が取れていたため手を出される事は無かったが、それが破られた時に作成していた人工精霊の適合者が国を丸ごと結界で覆い尽くして守りきった。

 その偉業に黒の民は酔いしれて、人に宿るその精霊を『種』と呼んだ。最初に生まれたそれは『守りの種』、人に宿り守りの力を芽吹かせる絶対の防壁と呼び讃えた。

 だが、それが切っ掛けで黒の民は狙われるようになった〟


「……製法を知りたがって?」


 動揺を落ち着かせて聞けば、頷きが返ってきた。


〝幾多の民が守りの隙間を縫うように連れ去られ、間もなく人工精霊が生まれた。それは至極あっさりと黒の民が作った守りの種の力を消し去り、さらに多くの地を赤く染めて行った。

 黒の民が作りだした人工精霊とは異なる性質を持つそれに、当初何が起きたのか把握出来た者は居なかった。黒の民の人工精霊は守りに特化していた筈なのに、攻撃的な力に特化してしまった理由が全く思い至らなかったのだ。

 だが、それも製法を知って合点がいった。黒の民は自分達の魂の欠片を使って作り上げていたが、彼らは犯罪者や奴隷、被征服地域の人間の魂を使って作り上げていた。

 黒の民の心には、自分達の国を守りたいという願いがあった。彼らの心には、弑される苦しみがあったのだろうと思う。心のありようがそのまま人工精霊の性質に直結してしまい、そういう結果になったのだろうと〟


「力の供給だけじゃなくて、発現する魔にも差異が出るのか……」


〝その時点では推論だったがな〟


 戦争中だとすれば、武器兵器はどんどん進化しより精密なものより強力なものを求めて開発は進む。そこに費やされる労力も平常時とは比べるべくもないだろう。もちろん費やすモノも。そして研究面での意義と戦時に求められる結果は異なり、制作を担当した者は成果を出す為に無茶もやる。

 そうなれば物理的なものですらどんな化学反応を起こすか読めないのに、抽象的なものを使っていれば予想外の事にもなるだろう。


〝その後も黒の民は人工精霊を作らされ、人工精霊同士での戦争が始まった。規模は今までの比ではなく一瞬で都市が蒸発し、人が住めない不毛の地を作りだしていった。

 歯止めを掛けなければならないと魔術で最大勢力を誇っていた白の民が動き出した時には遅く、戦争で多くの命を奪った人工精霊がその魂をさらに吸収して手を付けられる状態ではなくなっていた。

 ただただ災厄をまき散らすそれは『災厄の種』と呼ばれ、宿主が行動不能になるまで遠巻きに被害を抑えるしか手立てが無かった。

 逃げ隠れ、生き延びた黒の民はその現実に懺悔し続けた。何年も何年も隠れ続け、それでも何も手が出せない自分達を罵り、子供にどれだけ愚かな一族なのかを伝えて息を引き取り、その子供も荒れ狂う災厄の種の力に苦いものを抱えていった。

 代を重ね、数を減らし消え去るのみだと悟った時、一人の民が言った。『このまま災厄の種を残して消えていいのか?』。誰もそれは望んでいなかった。だが、だからと言って何が出来るのかも解らなかった。かつて祖が作りだした守りの種はあっさりと破壊されてしまったのに、今さら何が出来るのか。取り合う者はほとんど居なかったが、数名が協力して打開策を考えた。

 力自体に対抗する事は出来ない。ならば、その源を解き放つ事が出来ればいいのではないか〟


「出来たの?」


〝結果から言えば、出来た。

 ただし、解放するには相応の力が必要だった。もともと器としての機能には受け入れた心を外部に出さないように閉じ込める機能も含まれている。それを無理矢理に解き放つというような事は出来ない。拒絶されて終わる。だから原動力となっている心自体に働きかける方法を探った。

 弑されて苦しむ心が原動力なら、その苦しみを癒す方法が無いかと調べて、同調力に行き付いた。

 同調力は心を繋げる力。それを利用して心を譲渡すれば相殺できるのではないかと考え、その為の種を設計した。機能的には守りの種と同じで、器としての機能、変換機能、譲渡機能。それに加えて足りない力を補う為に精霊から力を受け取る機能、対象の種と接続する機能を付与した。

 設計が終わったあたりで協力者も増え、最終的には一人を除いて生き残っていた全ての民が協力していた〟


「まぁ一人ぐらい非協力的な奴がいてもおかしくはないんじゃない? 逆にそれだけよく協力したと思うよ」


〝いや、その一人には黙っていた。どうしてもやってもらいたい事があったが、話していれば受け入れられないのは判っていた〟


「……穏やかじゃないな」


〝最初から穏やかな話ではないだろ〟


「ごもっとも」


〝黙っていたのは、その一人に完成した種を使って貰いたかったからだ。

 種の力を強めるには、どうしても魂が必要で私達は全て使い切るつもりだった〟


「お前それって……」


〝最期の日、民全てが集まって種を完成させ、その一人に託した。

 ………嫌だっただろうが、私達を受け取ってくれた〟


 少年、だよな?


〝同調力を持っていたのはその一人だけだったのだ。精霊の力を受け取れる素質がある方が成功の確率が高かった。事実、私達の願い通り精霊の力を借りながら災厄の種の宿主を打ち破り、引き離して接続に成功した。それからは休みなく動き続け、活動していた種の殆どを一人で解放していった。破れ命乞いをする相手の命を奪い、或いは希望の力だと災厄の種に縋る騎士を返り討ちにし、民を守る力だと立ちふさがった王を地に這いつくばらせ、何年も何十年も何百年も――千年以上、黒の民に対する怨念といくつもの国を滅ぼして行った恨みを被り続けて〟


「……そんな事、する必要があったのか?」


 努めて静かに聞けば黒人形は黙り込み、やがて一言、零した。


〝自己満足だろうな〟


 ………えげつない。


 引き攣りそうになる顔をおさえて、俯く。

 自分の関係者が作りだしたもので被害が出てしまい気になる気持ちもわからないではない。出来る事ならどうにかしたいと思うのもわかる。だけどそれを一人にさせるとか無いだろ。

 そもそも災厄を生み出したのは黒の民じゃない。危険な技術を生み出した責はあるかもしれないが、それを使おうとした国自体の責の方が遥かに重いと思う。技術そのものに善悪などあってたまるか。


〝どうかしていたと思う。ああすれば私達は救われると思っていたのかもしれない。私達の願いを叶えるために私達が請け負う分の罪業まで背負わせる事になると、考えが回らなかった。

 今はもう……私達の声が届かない程、魂が削れ崩れかけている〟


「………お前を少年から引き離したらどうなる」


〝無理だ。私達がそれを望んでもあれが手放す事を受け入れなければ離れられない〟


「受け入れて、離したらどうなる」


〝…………わからない〟


 俺はわしわしと頭を掻いて、腹立たしさを吐き出した。


「何考えてんのって罵ってやりたいわ。自覚ある奴に言っても胸糞悪いだけだけど」


〝………〟


「俺に頼みごとって、少年をどうにかして欲しいって事? 具体的には何なの?」


〝……………〟


「ここまで聞かせてだんまりってどうよ。言っとくけど、さすがに引けないぞ」


〝………頼んでしまえば、私はまた逃げる事になるのだろうな〟


「うっせーよ!」


 あまりにウジウジした物言いにぶちっと何かが切れた。


「お前さ、何ナノ? 自虐趣味あるならあるでいいよ? 俺を引っ張り込む事に引け目感じるのも勝手にしろよ。だけどお前、少年を解放したいんだろ? 馬鹿な事して、たった一人でめちゃくちゃ生きながらえさせて悪いって思ってるんだろ? 思ってるんだったら俺を巻き込む罪悪感だとか自分の駄目さ加減とか情けなさとか全部自分で飲み込んで腹に収めてやる事やれよ! 少年を解放する事とお前が感じる負い目引け目なんて関係ないだろうが!」


 叩きつけるように怒鳴ると、黒人形は固まった。


「ぐちぐちぐちぐち、お前は子供か! 愚痴る暇があるならもっと頭使え! 足掻け! 動け! この馬鹿が!」


 言いながら、言ってる言葉が自分にも当てはまっていて、ざくざくぐさぐさ切り刻まれ突き刺さる。


「俺だって人の事言えた義理じゃないけど、精神年齢四十超えて逃げの一手しか打たなかったとかどんなへたれだって思うけど! だけどお前、千年ってどんだけだよ! お前の声が届かないって――それじゃあ……誰も居ない事になるだろ……そんなんで生かされるって、どんな拷問だよ………」


 言葉にするのも怖い情景に、俺の声は震えていた。

 人は居れど知った人が居ない。切り離されてしまったあの苦しみを、永遠に味合わされるなど想像したくもなかった。そんなものを味合わされている少年があれだけ真っ直ぐな目をしているのを思うと、息苦しくて仕方が無かった。


 黒人形はおもむろに俺の前に両膝を着くと、両手を抱く様にして身体を丸めた。


〝…………その通りだ。非は私達にある………力を、貸してくれ〟


 俺は腹の底からくつくつと湧き上がってくるものを押さえつけて、黒人形を見据えた。


「何をすればいい」


〝全ての災厄の種を、解放してくれ。同調力を取り戻したお前になら、それが出来る〟


 下げられた頭が床に付き、


〝どうか、どうか――あれを助けて〟


 絞り出された声は掠れて消えそうだった。

書いた……やっとここまで……

黒人形が出ない出ない。お前早く出てこいよ。出てきて言えよ。と、何回悶えたか。

キルミヤもこれでようやく、本来持ってるモノを最大限使える状態に整って……長かった。


さあさあ、やっと第四章。

クロクロ、坊ちゃん、青年、出番ですよー

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