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第百十一話 届かない手

 奥さんは引き攣った笑いを浮かべて屈した俺に、満足そうに唇の端を吊り上げて椅子に座った。


 いや、座らないで開けて欲しいのですが……


 動く気が無さそうな奥さんに『えーどうしよ』とか思っているとまたコンソールらしきものを出した。しかも微妙に椅子が変形して座りが深くなり出現したコンソールも彼女を覆うように広がっている。なんというか、これぞSF。といった感じだ。街を見たとき同様これまで培ってきた世界観がガンガン崩れていく。


「外にはこんなもの無いわよね?」


 俺の微妙な思いを察したわけではないだろうが、奥さんが聞いてきた。


「まあ」

「その割に、本当驚かないわね」


 なんとなくつまらなそうに奥さんは言う。


「驚いてるって。目いっぱい」


 肩を広げ、竦めて見せると半眼で睨まれた。


「外だと家は石造りや木で作っているのでしょ? 見た目から違うとエルフルト様は言われていたけど、それほど違わないの?」

「いやいや違う違う」


 ぱたぱた手を振って部屋に視線を向け、凹凸の無い滑らかな壁面に苦笑が漏れる。

 床も天井も壁から生えたように取り付け垂れているテーブルも同様。見た目から言って椅子の材質も同じだろう。唯一異なるのはベッドぐらいで、全体を見ればどこぞの研究機関の仮眠室のようにも見える。


無機質(クレアドル)とか有機質(アリアドル)ってわかる?」

「ええ」

「外はどっちかっていうと有機質に囲まれてる感じかな。ここみたいに無機質な街は異様に見えると思うよ」

「あなたには異様に映っていないのかしら」

「んー……」


 街の姿を見た時はホントに衝撃だった。黒い箱もだが、一目見て技術の次元が外とは違うのだ。それを向けられたらどうやって太刀打ちしようかと焦りもある。というか、自爆ではあるがそれに早速やられてるし。非常にこの先、気が重い。

 ただそれが異様かと問われると、首を傾げる。その辺はどうしても『前』に影響される。

 そういう意味では、奥さんや旦那さんが着ている服も『前』に近いからするーしてしまったが、この世界の者には奇異に映るかもしれない。紺色のパンツに薄グレーのネックセーター、その上から白衣のようなものを羽織っている姿は女性の服装としてはまず無いし一般的な衣服としても無い。レースが着ていたものはそれほど外との違和感は無かったから、いろいろな服を持っているのだろう。

 などと思考が逸れるのも素地がない人とは驚いているベクトルが違うからだろう。


「そういや訛ってないね」


 前の話を持ち出すのも微妙なので話題を変えれば、コンソールに視線を戻した奥さんは束の間沈黙してから眉を潜めた。


「訛る?」

「レースはすごい訛ってるって思ってたんだけど」

「あぁ、あの子は少し隔離されていたから言葉を覚えるのが遅かったのよ。訛ってるんじゃなくて慣れてないだけ」

「隔離?」

「力のある子供は親元から離されて十三になるまで一か所に集められるの」

「思想統制とか?」

「そうよ。そういう子は里の要職に就くの」

「そりゃまた……しっかりしてることで」


 善悪というか、価値観を形成する幼少期に刷り込みされたら後々変えようと思ってもそうはいかないだろう。

 それにレースは父親も母親もみんな『滅ぶべき』と言っていたと口にしていた。そこを考えると隔離期間じゃなくてもそういう思想で周囲が固められていたのだろうと思われる。目の前の奥さんも含めて。

 表向き周囲に同調しておくことは閉塞したコミュニティでは重要だろう。とは言っても、奥さんの言動を見る限り自身の為にというよりは十中八九、レースの身を守るために。


「環境は囲い込む事で堅牢だと思われていたわ」


 過去形ですか。まあ、そうじゃなかったらレースが外に出る事も無かっただろう。


「エルフルト様が長になってから少し変わった」

「何故外にってやつね。扇動とかしてたの?」

「そうであれば私達だって動けたでしょうね。エルフルト様が私達に呼びかけた事は一度も無いの。問いかけていたのは長老達に対してだけで、私達はそれを漏れ聞いていただけ。結局何も出来ず仕舞い。お笑い種よ」


 鋭くなっていく語気に、俺は何となく笑いたくなった。

 どうしようもない人だと思っていたけど――いや思っているけど――おとんに親近感が湧いた。おかん巻き込んでおっちゃんやグランまで迷惑かけて、どんだけだよと思ってたけど、おとんはたぶんそういう事が無いように努力していたんじゃないかな。と、そう思えた。

 自分の親の事だから嫌いにはなりたくないし、おかんが大事にしていた人を悪し様に思いたくも無かったけど、どうしても目の前の現実が優先されていい感情は持ちづらかった。だから、こんな状況だけど、ちょっと――嬉しかったり。


「何笑っているの」

「いやぁ……もしかしたら似てたのかもって」


 へたれ()に。


 長という立場や力を使えば出来る事もあっただろうにそれをしなかったというのは、ある意味へたれだろう。

 何を思いそうしなかったのか。それはもう知りようが無いが、勝手に想像するのは自由だ。


「似て?」

「内緒。それより何時になったらそこ開くの?」

「もう少し待ちなさい。アーティファイの制御を奪っているところだから」

「そ。じゃあ………は!?」


 今この人何て言った?


 思わず反応した俺に、うるさそうな顔をする奥さん。


「驚かさないでくれるかしら」

「いや驚いてないだろあんた。じゃなくて」


 アーティファイってアーティファイだよね? 俺の意訳だとシステムに近いものなんだけど。制御も制御? だよね?


「アーティファイの制御奪っちゃってんの?」

「そうでもしないとあなたなんかどこへも行けないわよ」

「ばれない? セキュリティとかに引っかからない?」


 具体的にどんなものが存在するのかわからないが、目の前でSFじみた光景を見せられたら単純な代物ではないと連想させられる。セキュリティの一つや二つあってもおかしくないのではないだろうか。


「馬鹿にしないでくれるかしら。これでも制御系のメンテナンス担当よ」


 制御系って……魔術具というかもはや機械じゃないの?

 魔術具って単純に魔術の発動を人から物体に移行した代物だよね?

 ってこの際そこは技術力の差として、奥さんの反応からするとシステム自体にセキュリティあるっぽい? IDとかパスとか穴とかその辺。


 ―――どんだけたけぇんだよ。


 いかん。頭痛くなってきた。

 怖いよこの里。里とか言いながら実態ハイテクの街だよ。


「力がない者は主にウンモの維持管理を担当するの」

「はぁなるほど合理的なこと……あれ? ウンモって作れないんじゃ」


 曖昧に聞き流しかけて、あれ? っと首を傾げる。


「作り出す事が出来ないからこそ、維持しているのよ」

「あぁ維持だけ(そゆこと)


 納得して一人頷いていると奥さんの手が一瞬止まったように見えた。


「ん?」

「なんでもないわ。名前は?」

「名前??」

「名前。あなたの、名前」

「俺? ……ミアだけど」

「ミアね」


 呟く様に言って指をコンソールのようなものの上で滑らせる。

 暫し無言で作業が続き――


「…………俺だけ?」

「何が」

「自己紹介じゃなかったの?」

「何故。あなたは聞きたいとは思ってないのでしょ」

「おーっと。いきなり直球あんどストライク」

「……あなたの言葉はときどき理解出来ないわね」

「そりゃ失礼。当たりって言ったんだけど、どして?」


 どうして聞く気が無いのがわかった?


 奥さんは滑らかに動かしていた手を止め、呟いた。


「旦那を見る眼」

「……眼?」

「殺したがっているように見えた」

「………へぇ……怖いねぇ」


 鋭い視線に、俺はへらっと笑って流す。

 奥さんは興味が失せたというように視線を外して作業に戻った。


「エルグラ様?」


 興味ないのかと思ったら存外あったらしい。

 おとんに拘りあるようだから、俺が敵愾心持った相手イコールおとんを殺した相手と考えても不思議はない。緑の民のルールでは長以外で外に出られる者は居ないのだから、奥さんにしてみれば問うのも馬鹿らしいような質問かもしれないが、敢えて聞くというのは違うと思う何かがあるのだろうか?


「さぁ。あんたらの言う外の人間かもしれないし、そうじゃないかも」


 適当に言うと、奥さんは自嘲した。


「……外の人間になんて無理よね」

「そ? 策でこられたらそうでもないんじゃない?」

「あなたはどう考えてるの」

「あー……俺ね」


 俺は壁にもたれ、ひんやりとした滑らかな人工物の感触に懐かしさを覚えながら答えた。


「その辺の事はあんまし考えないようにしてるんだよねぇ」

「気にならないとでも言うの」

「そうじゃなくて……考えたら行き付く先が見えてるからこそって言うか」


 俺はため息を一つ吐き出し、コツンと頭を壁にくっつけた。


「……知っちゃったらなぁ……ものっそい憎む気がする」

「当然じゃないかしら」

「そうかもね。だけど、俺の中でそれは嫌だと思う自分が居るんだよ」

「それは……復讐と言ったあの言葉に、欠片でも本心は含まれていなかったの」


 落胆という名の冷ややかな声音に、俺は首を横に振った。

 知れば憎む。この言葉に偽りはないと思っている。現におかんを殺したあいつを前に冷静で居られる自信は未だに薄い。


「そうじゃなくてさ……」


 手のひらを目の前に翳し、上へと伸ばす。小さかった身体で必死に伸ばし掴んだ柔らかな感触は――もう朧気な記憶でしかない。


「今、俺が何をしても、何を言っても、求めても望んでも足掻いても……現実って変わらないだよねぇ。ここに残っているのは、俺の心だけ。復讐は誰の為でもない、俺の自慰行為でしかなくて……」


 何も掴む事が出来ない手を降ろし目を閉じる。頭と背中にある冷たさが燻る熱を吸い取ってくれる事を願いながら。


「例え仇を討てたとしても、それで得られるものって俺の満足だけで……じゃあ失うものはって考えたら怖くなるんだよ」

「……怖い?」


 理解出来ないというような顔をして眉を潜める奥さん。

 きっと奥さんは小心者ではないのだろう。俺は生粋の小心者だからどうしても考えてしまう。俺の行為によって俺のような境遇に陥る者が居るのでは、と。

 接した期間は本当に短かった。それこそおっちゃんやグランの方が長い。だけど、この世界へと生まれ出て一番最初に受け入れられて、はっきりと分かる愛情を貰って――いきなり奪われた。その印象は強烈で、自分でも心理的外傷(トラウマ)を自覚する程。

 それを誰かに味あわせる事は、ちょっと……無理だ。俺が旦那さんに向けたと言われた、殺したがっているような眼を、誰かから受けるのはチキンな俺には荷が重い。


「それに、死んでしまった者の想いなんてわかんないからさ、死者を理由(言い訳)に使うようなことはしたくないっていうか」


 おとんやおかんが殺した相手をむちゃくちゃ憎んでいたとしても、そうじゃなかったとしても、それは俺の心じゃなくておとんとおかんの心。俺の行動の是非を問う理由となるようなものではないと思っているし、したくない。だから俺が憎んで行動したとしても、その責も理由もなにもかも俺に由来する。――由来にしたい。復讐という単語を、俺の中に残るおかんに当てはめたくない。


「エルフルト様の無念を、無視するの」

「や、だから死者の想いなんてわかんないから。本当に無念だったのかなんて実際そうだったとしても知る術が無いでしょ」

「………なら、あなた自身は? 知れば憎むのでしょ?」

「俺は小心者なんだよ。基本的にガチンコ勝負なんて嫌だし平穏無事にのほほんと暮らしてたい性分なの」


 誰かに恨まれたり命狙われたりするのはまっぴらごめん。と、少なくとも理性はそう結論を出している。だからこそ、これ以上感情を乱されるような事は知りたくない。奥さんにはさぞかし小物に映る事だろう。


「ここに来る意味を理解している者が小心者? 馬鹿にしているとしか思えないわね」


 ちょっと意外にも奥さんは俺の言葉を笑い飛ばした。


「掌握完了よ」


 奥さんが立ち上がると同時に、自動ドアが開く。

 やっとかと壁から背を離した俺の前を通り過ぎる奥さん。

 いや、まて。


「着いて来るの?」

「場所を知らないでしょ」

「えーと、方向わかってるから大体の場所なら」

「顔は?」

「……分かる」


 背中を踏みつけられ仰ぎ見た顔を忘れてはいない。


 硬い声になってしまった俺に、奥さんは不敵に笑うと先に部屋を出て行ってしまった。

 あわてて追いかけて外に出ると、妙な風が頬を撫でた。何だと思って眉を潜め集中してみるが何もわからない。雑音も無く、少し嫌な感じがする。


「答えてくれるならでいいんだけど」

「何?」

「さっき俺が引っかかったトラップって何なの?」

「上空からの侵入を防ぐために散布している微粒子のウンモ。生物に反応して取り付き微弱な雷撃を加え続けるものよ。痛みを狙うからかなり痛いし、無理に動こうとすれば動きを封じるために電撃を強くして神経組織を傷つけるわ」

「……よく旦那さん感電しなかったな」

「驚くところはそこかしら?」


 え、だって普通そうじゃない? 何で手で触ってたのに旦那さんは被害なしなの。

 と思ったが、まぁ今はどうでもいい。


「他にもそういうトラップってある?」

「あるわよ。だけど止めているから、今この里は全くの無防備になっているわ」


 それ、掌握? テロでしょ。

 あ。ってか荷物置きっぱだ……まぁいいか。どうせ剣持ってても役に立つとは思えないし。にしてもこの人どうすっか……


「……どうして話してくれたの」

「え? あ、ごめん。聞いてなかった」

「あなたからしてみれば私も憎む相手足り得るでしょ。どうしてそんな相手に心情を話せるの」


 速度を緩めず奥さんは言う。


 どうしてと言われても、聞かれたから。というのは嘘だが、深い理由は無い。本心を口に出したのは強いて挙げれば……


「……あんたも関係者だと思ったから。かな」


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