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第十話 どこの世も

 入学式早々欠席してしまったが、結果としてそれ程目立つ事も無く教室の中に俺は埋没していた。

 それぞれ有名な学院に在籍出来た事を喜び、良い成績を修めようという気持ちで高ぶり、他人の事をいちいち気にかける余裕を持ち合わせていなかったのが主な要因だろう。


 こういうテンションは久しぶりに見るか。若いね~


 休憩中は知り合い同士でひっきりなしにあれやこれや話し、授業中は興味津々の顔で齧り付く様に教師の話を聞いている。

 それでも飽き足らず押しかけ女房のごとく質問攻めに赴く生徒まで出ている。俺としては引き気味なのだが、ここではそれが当たり前の反応のようで誰もかれもが当然の事として受け止めている。


 まぁ模範生って事なんだろうけど…… 


 盛大なあくびを噛み殺しつつ、俺は出会って早々変な世話の掛け合いをした相手、カシル・オージンに視線をやった。

 カシルは生真面目な表情で魔術書を開いていた。ざわつく周囲とは完全に断絶された一個の世界を持っているかのような静謐さをたたえて、誰もが踏み入る事の出来ない一線を作り出している。


 一度眠った後、カシルは嘘のように体調を取り戻し、それからは口を開かなかった。

 あれだけしゃべりまくっていたくせに、一つも、何も言わなかった。からかってみても、からんでみても、まるでそこに俺がいないかのような無反応しかなかった。関わりたくないという意思表示であったが、どうにも俺には解せなかった。


 何が要因でそんな態度を取るというのか。最初からその態度なら別段気に止めはしないのだが、最初の反応を見た後では違和感がありすぎた。と言っても、関わりたくないと意思表示をする相手にわざわざ関わるのも面倒なのでただ眺めるだけなのだが。


「キルミヤ!」

「あ、はいはーい。なんすかー」


 教師の何度目かの呼びかけ――だったのだろう。目つきが剣呑だ――にようやく気づき、俺は暢気な返事を返した。

 まだ若い教師は、ご立腹の様子で空に描かれた文字を指して言った。


「この効果を答えよ」

「分かりません」


 即答。

 あまりに早すぎるギブアップに、教師は頬を引きつらせた。


「……キルミヤ、もう少し考えてみろ」

「え、いや、本当分かりませんって。ちっとも」

「…………私の話を少しでも聞いていれば分かるはずだが」

「え? そうなんすかー? あはは。ちっとも聞いてなかった。いやーすいません」


 頭を掻き笑う俺に近付き、教師はおもむろに空をきった。

 その瞬間、俺の身体は縫いとめられたごとく固まった。


 えぇ……学生相手に空切り? それはちょーっと大人気ないんじゃないんですか?


「そうしていれば嫌でも前を見ていられるだろ」


 くすくすと忍び笑いがあちこちでもれる中、変な風が俺をとりまく。


 あ。やべ。と思った時、


“いけない。君たちが動けば彼の立場が危うくなる”


 ふっと風は収まり、誰も気づくことなく授業が再開される。


 後ろを振り向く事は出来なかったが、俺は背中に感じる視線にため息をついた。


 関わるなという意思表示をするくせに、これだ。

 精霊とかいうやからの動きを、どうも少年は抑えている節がある。自分に何らかの魔術を扱われたり、危害を加えられようとすると決まって変な風が生まれ、その都度先ほどのような囁きが紡がれる。


 屋敷に居た頃はこんな事は起こらなかったのだが、どうも周りにいるらしい精霊とやらは魔術に敏感に反応するようだ。

 もし少年がその反応を抑えていなければそうそうに奇異の視線を受ける事になっていただろう。自分一人の事ならば別にそれでもいいのだが、パージェスという名を名乗っている為そうもいかない。


 ……なんか、むかついてきた。今度グランに会ったらぶん殴ろう。よし、そうしよう。


 心の中で固く誓い、俺はスムーズに実行出来るように授業が終るまで只管イメージトレーニングを敢行した。気付いたら授業が終わって術を解かれていたので、驚くほどの集中力を見せたと言って良いだろう。さすが俺。


 それにしても固められたせいで、変に肩がこってしまった。

 ぐるぐると回してこりを解しながら椅子に座ると、俺の周りを取り囲むように同期生が数人集まった。


「お前、パージェス家の人間だそうだな」


 そう言って侮蔑的な視線を隠そうともせず見下ろしてきたのは金髪碧眼のいかにもといった貴族ぼっちゃんだった。それを支持するかのように両翼に展開されるのは同じような色彩を持った、同じく貴族ぼっちゃん。

 年はどれも少年よりは上のようだが、俺よりも若い。


「えーと。あんた誰? 知り合いだっけ?」

「誰が貴様などと」


 金髪碧眼が口を開けば左右が追従した。


「そんなわけがあるか」

「フェリア様は元老院の円卓の一員、サジェス家の方。貴様などが同じ空気を吸うだけでも恐れ多いお方だ」

「そりゃすごい。それで? その恐れ多いお方が俺に何か用?」


 全く意に介さない俺に、取り巻きは鼻白んだ。


「ほう。僕が何者か分かってなおその態度か」

「何者って、ただの学生だろ? 用が無いんなら寝させてくれ。さっきの術のせいであんまし寝られなかったんだよ」


 実際はイメトレに夢中で寝ようとしていた事を忘れていただけだったが、その辺を説明する義理もないので面倒くさいと手を振ると、フェリアなるぼっちゃんは鼻を鳴らした。


 おぉ……鼻を鳴らすという芸風を生で見た。


「グランの弟と聞いたが……とんだうつけだな。貴様は」

「あいつは出来がいーの。俺は出来が悪いの。そんだけ」

「ふん。実の親にも見放されたのならば出来が悪いのは間違いないな」


 実の親? と、内心いぶかしむ俺。

 そしてすぐに納得した。忘れていたが、自分は一応現当主の実子として扱われていたのだ。

 何故に実子なのかと言葉を覚えた直後おっちゃんに聞いたら、ビビられた。生後一週間かそこらの記憶があるとはまさか思っていなかったのだろう。俺だって諸事情がなければ思わなかった。

 それでもビビられながらもおかんが『何かあったら』そうして欲しいと手紙に残していたのだと教えてくれた。


 俺の事を実子ではないと知るのはパージェス家に古くから仕えている使用人ぐらいなものなのだが、パージェス家は財政状況から使用人の新人さんはいない。従って、ほとんどの人間が俺は実子ではないと知っている。

 だが、こうしてそれ以外の人間には実子という事で認識されている。


 のだな、と初めて実感した。


 ……うん。思考力を大幅に使ってしまった。寝て回復しよう。


 机につっぷし、ぐてりと寝る俺に興がそがれた坊ちゃんは背を向けたようだ。


「あーあ……お前サジェスを敵にまわすなよ?」


 隣の席にいた、群青色の髪をした俺と同い年ぐらいの青年が苦笑交じりに囁いた。

 俺は半目だけあけていた目をすぅっと細めた。


「なんだ、お前もそっちの人間か?」


 俺の眠りを妨げんじゃねーとばかりに威嚇したら、パタパタ手を振られた。


「ちゃうちゃう。一応貴族と呼ばれる部類には属されるだろうけど末席も末席。

 あいつらに言わせりゃ貧乏庶民と変わらんさ。

 それよりお前、もーちょい真面目にしといた方がいいぞ。教師にあの態度は将来の職先が無くなる」


 ……似非関西人発見。

 関西弁などこの世界に無いはずなのが、イントネーションがまさにそれで反射的に関西弁に脳内変換してしまった。


「……おい? 聞いとるんか?」

「あー平気。俺、働く気ないし」

「はぁ? ここに来たって事は中央狙いちゃうのか」


 やっべ。本当関西弁にしか変換されん。何だこいつ。


「ないない。あんたはそなの?」

「まぁ、稼ぎ頭として投資されたからなぁ。稼がないと家が潰れる」

「へぇ。そりゃご苦労様」

「お前は? 兄貴に続くんとちゃうのか」

「何で?」

「何でって、グラン・パージェスは出世頭やろ。そうなりゃ当然、家の人間がさらに登用されるんちゃうんか」

「やだよ。そんな面倒くさいの」


 青年は目を丸くした。


「お前、珍しい奴やな」

「あんたはそーなの?」

「俺? そりゃ家の再興を期待されて送り込まれたさ。実際は難しいやろうけど夢を見させるのも息子の勤めや」

「やるねー。俺なら逃亡してる」


 青年は手を叩いて笑った。


「してないやろ。やる気がないくせに、逃亡せずに残ってる」


 俺は頬を膨らませた。


「……かわいくない。むしろきもい」


 ええ!? そこだけ標準語ってどゆこと!?


 内心の動揺を押し殺す俺。


「…………難しい年頃に向かってそれは傷つくぞ。どーすんだ、傷が残ったら」

「野郎の傷は勲章だ」

「うわー。汗くさー」

「はいはい。冗談言ってないで移動するで」

「あれ? 移動だっけ?」


 身体を起こして周りをみれば、残っているのは二人だけだった。


「お前次が何か分かってないんか?」

「メシ?」

「…………分かった。興味が無いってのは本当なんやな。

 次は初の実技や。場所は結界場、寝てないで行くで」


 襟首つかまれ、俺はずるずると引きずられていった。


 それにしても、この青年も物好きだ。

 さっきのような貴族の坊ちゃんたちの方が理解しやすいし、納得のいく言動を取ってくれる。が、この青年はわざわざ面倒な自分の相手を買って出ている。

 お人よしを超えて馬鹿じゃなかろーかと思うのだが、軽口を叩きつつも真面目に面倒を見ようとするのでそれは言わないでいた。


 遅れずに行くと――正確には引きずられて――、各々緊張した面持ちで整列していた。

 俺と青年は後ろに並び――並ばされ――、教師の登場を待った。

 俺が二つ目のあくびをして青年に殴られたとき、ようやく教師は現れた。


 黒いローブを纏い、樫の杖をつきながら現れたのはいかにもそうですと言わんばかりの魔導師だった。

 30代ぐらいの男は、前置きも説明もなく唐突に蝋燭を取り出し、それに火をつけて見せた。もちろん、魔術で。そして蝋燭を配ると、同様の事をして見せるように言った。


 生徒達は慌てて教科書を開いて炎を灯す術を探し始め、既に暗記しているものは早々に蝋燭に火を灯し始めていた。

 見れば、早々のメンバーにはカシルも含まれ、彼は火を灯すと蝋燭を地面に置き、無表情でどこかを見つめていた。


 壁を見てて楽しいのかねぇ。


「おい、お前も早く探せよ」


 こずかれ、俺は隣で必死に教科書をめくる青年に気づいた。


「まだ探してるの?」

「何やってんだよ。お前もさがせよ」

「無理だって。俺、教科書持ってないし」

「はあ!?」

「まあまあ。こすれば付くさ」

「アホか!」


 怒鳴られ、俺は肩を竦めた。


「わかったわかった。真面目にすりゃいいんだろ」


 仕方がない。


 俺はおもむろに蝋燭の前にしゃがみ込んだ。


 青年は俺がようやく真面目に蝋燭に向き直った事でホッとしたらしく、改めて魔導書を開いた。


カチ カチッ


「かちかち?」


 青年が俺の手元を覗き込んできた。


「お前、何やってんの」

「何だよ、話しかけんな。結構難しいんだぞ。よっ」


 何度目かのカチカチの末、俺の手元に小さな炎が灯った。


 よし、ついた。さすが俺!


 どうだとばかりに青年を見上げたら、顔面に魔導書がめり込んだ。


「!!!」


 顔面抱えてごろごろ転がる俺


 君……君ね、本の角って痛いって知ってる? 千ページは下らないぶっとい魔導書だよ? その角だよ?


「誰がそんな方法で火を付けろって言った!」


 いやーはっはっは。さすがに俺でもカチンとくる。人生二度目の俺でもきちんときた。


「知るかボケ! 方法なんか指示されてねぇだろ!」

「阿呆か!? 魔術でに決まってるだろこの馬鹿!」

「あ、馬鹿って言った奴が馬鹿なんだぞ。やーいばーか」

「お前はガキか! さっさと真面目に火をつけろ!」

「真面目にやっただろ! 普通火打石っていったらおが屑とか枯葉とか、そういうのに火の粉を移して火を付けるんだぞ! 蝋燭にじかに付けるのって結構難しいんだぞ!」

「だーーー! この馬鹿ガキ! いいから魔術で火を付けろ!」


 子供の喧嘩を始めた俺達の周りには、いつの間にか一定間隔の間が取られていた。

 そして、いかにもといった魔術師の教師は俺達に歩み寄ると片手を挙げた。


「其はやすらぎの源 零々のゆえんたる汝をここへ」


ばっしゃん


「………………」

「………………」


 突如頭から水を浴びせられ、俺達は沈黙した。


「キルミヤ・パージェス。

 レライ・ハンドニクス。

 着替えなさい。後で補習の日時を伝えます」

「はーい」

「……はい」


 俺はこれ幸いにと、青年は歯噛みしてその場を立ち去った。



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